1月7、8日、豊田スカイホールでは「TOYOTA U25日本車いすバスケットボール選手権大会2022」が開催された。男女あわせて67人がエントリー。初出場の選手も多かった中、すでに世界を相手に活躍している東京2020パラリンピック日本代表3人を擁した関東選抜Aが圧巻のプレーで優勝。そのキャプテンを務め、全3試合で7本のスリーポイントを決めた赤石竜我がMVPに輝いた。今大会には、次代を担う10代の選手も16人参加し、粗削りながらもポテンシャルの高さをうかがわせるプレーを披露。そのうちの一人、18歳、高校3年生の磯井秀人(2.0)に迫る。
12人中7人が10代のプレーヤーと、今大会最もフレッシュなメンバーが揃ったのが、近畿選抜だ。そのうちの一人、磯井は若手にはよくある勢いよりもどちらかというとスマートさが印象に残るプレーヤーだ。「シュウト」の名前通りシュート力もあり、冷静さはポーカーフェイスによく表れていた。磯井自身も「スピードを生かしたプレーとアウトサイドシュートが強み」と語る。
聞けば、昨年の1月から6月までの半年間、アメリカで武者修行をしてきたのだという。そのきっかけは、今から4年前にさかのぼる。
「中学2年生の時に大阪カップ(毎年2月に開催されている国内で唯一の女子の国際大会)を観戦に行ったんです。それが車いすバスケを見た初めての経験で、始めるきっかけでした。と同時に、海外にも興味を持ったんです。海外選手のプレーもかっこよかったですし、日本人選手を見て海外の選手と対戦できるってすごく楽しそうだなと。それで、いつか海外で車いすバスケをしたいなと、その頃から考えていました」
初めての海外は、アメリカ・サンディエゴ。日本で所属するクラブチーム「LAKE SHIGA BBC」のキャプテン三元大輔に相談したところ、三元がアメリカの大学留学中に知り合った人たちを紹介してもらい、いろいろと情報を集めた結果、アメリカのリーグ1部に所属する「ウルフ・パック」というクラブチームで練習することが実現したのだという。近くの高校に通いながら、磯井は異国の地で大人たちに交じってバスケットを楽しんだ。
「自分には高さがないので、はじめは思うようなプレーができずきつかったのですが、練習を重ねていくうちに気付いたのはスピードは日本人の方があるということ。僕自身スピードを強みとしているので、そこを生かせばいいということがわかりました。シュートするにしても、レイアップなら相手のディフェンスをかいくぐるようにしてシュートできるので、ブロックされにくい。そういうことに気付いてからは、思い切りプレーできるようになりました」
一方、シュート力のレベルの高さは「さすがアメリカ」だった。クラス2.0の磯井よりも障がいが重いクラス1点台の選手でも軽々と3ポイントシュートを決めるレベルの高さに、大きな刺激を受けた。時折、練習には現在アメリカ代表の候補に入っている選手が参加するなど、磯井にとっては貴重な経験ばかりだった。
今大会で近畿選抜の指揮官を務めた山崎沢香コーチに聞くと、磯井はこれまではとても大人しいタイプだったという。しかし、アメリカから帰国後は「積極性が増した」と山崎コーチも彼の成長ぶりに目をほそめる。磯井自身「少しだけ自信がついた」と語る。
「シュート力も上がったと思いますし、何よりアメリカではめっちゃごっつい選手たちとばかりやっていたので、自分よりも大きな選手とのマッチアップでも、当たり負けしない構えができるようになったことが一番大きいです。どんな選手がきても、自信を持ってプレーできるようになりました」
現在は、新たな目標に向かっている。アメリカの大学でプレーし、各国からトップクラスの選手たちとしのぎを削りあう環境に身を置くことだ。今年3月に日本の高校を卒業する磯井は、まずは9月に2年制のコミュニティ・カレッジへの進学を目指す。そこで英語の勉強をしながら単位を取得し、大学編入を狙う。そして大学卒業後は、ヨーロッパのリーグでプレーしたいと考えている。
それを実践してきたのが、東京2020パラリンピックで銀メダル獲得の立役者の一人となった香西宏昭だ。東京パラリンピックの決勝で日本と熱戦を繰り広げたアメリカには、香西と大学時代やドイツリーグで一緒にプレーした仲間や対戦したライバルが何人もいた。大学時代から世界のトップ選手たちとしのぎを削り合うという厳しい世界に身を置きながら、香西は心技体を磨き上げてきたのだ。その結果、大学時代にはキャプテンを務め、全米学生選手権で優勝。年間MVPにも輝き、卒業後はドイツのブンデスリーガ(1部)でプレーし、海外生活の集大成とした昨シーズンにはついにリーグ制覇を達成。数々の功績を残し、現在も日本人唯一のプロプレーヤーとして活躍している。
そんな香西の存在は、本格的に海外での挑戦を決めた磯井にとっては目標そのものだ。
「香西さんにめちゃくちゃ憧れているんです。以前連絡をしたら、香西さんから“めっちゃ厳しいけど、頑張って!”というふうに応援のメッセージをもらいました。すごく嬉しかったです」
実は、アメリカにはすでに磯井に興味を持っている人物がいる。アリゾナ大学のコーチだ。昨年6月に帰国後にアメリカでの様子や今後についてSNSで発信していたところ、コーチから連絡が来たのだという。そして昨夏には、アリゾナ大学のキャンプに招待され、参加した。
「その時コーチからは“うちの大学に来ることを考えてみて”と言ってもらいました。アリゾナ大学に入れたらいいなと思っていますが、いずれにしても、大学に入るには英語や学力が必須。今はとにかく必死で勉強しています」
アメリカの大学で、まさに文武両道の生活をやり遂げることは、決して簡単なことではないだろう。相当な覚悟と強い信念が必要であることは間違いない。それでも自ら厳しい世界に身を投じようとする磯井のような選手の出現もまた、日本車いすバスケットボール界にとっては明るい材料だ。今後も磯井の挑戦に注目していきたい。
写真・ 文/斎藤寿子
写真・文/斎藤寿子