スポーツライターすしこが、日本や世界を旅して車いすバスケットボールの魅力を伝えるシリーズ連載「すしこが行く!車いすバスケの旅」。記念すべき第1回は、昨年11月26、27日に「すぽっシュTOYOHAMA」(香川県観音寺市)で行われた「2022 jキャンプ mini TRIAL in 四国」をレポートする。キャンプの講師を務めたのは、東京2020パラリンピックで男子日本代表が銀メダル獲得した立役者の一人、香西宏昭。主催するNPO法人Jキャンプの再スタートともなったファンダメンタル(基本技術)キャンプについてお届けする。
Jキャンプとは、“車いすバスケットボールの真の楽しさを伝え、人間の可能性を追求する”を理念とし、2001年に設立された団体。同年7月には北海道札幌市で日本で初めて車いすバスケットボールのファンダメンタルキャンプを開催し、15年まで主要事業として開催してきた。
このJキャンプ設立の発起人となったのが、及川晋平氏だ。13~19年まで男子日本代表ヘッドコーチ、東京パラリンピックでは監督として男子代表チームをけん引し、現在はJWBF(日本車いすバスケットボール連盟)専務理事を務める。キャンプでは、その及川氏がアメリカ留学時代に師事したマイク・フログリー氏(男子カナダ代表を2度のパラリンピック金メダルに導き、米イリノイ州立大学では多くのパラリンピアンを育てた名将)から受けた指導をもとに作成した日本版のカリキュラムが活用され、これまで多くの日本代表を輩出してきた。東京2020パラリンピックに出場した男女24人の日本代表のうち、Jキャンパー(キャンプ参加者)が13人にものぼったことからも、いかに日本車いすバスケットボール界の発展に大きく寄与してきたかがわかる。
及川氏をはじめ、Jキャンプスタッフの多くが日本代表活動に深く関わるようになったことから、16年以降はキャンプ開催をストップした状態が続いていた。しかし、東京パラリンピックという大イベントも成功裏に終わったのを機に、ファンダメンタルキャンプを再スタート。その大きなきっかけとなったのが、香西だった。
実は、香西は01年に札幌で行われた第1回キャンプに13歳で参加している。その時に出会ったフログリー氏の指導を受けたいと、高校卒業後に渡米し、短期大学で編入のための単位を取得しながら英語を猛勉強。その間も練習生としてイリノイ大の練習に参加していた。渡米して2年半後の10年1月に晴れてイリノイ大に編入を遂げ、フログリー氏の指揮のもと3シーズンでプレー。12、13年にはキャプテンを務め、いずれも全米大学リーグのシーズンMVPにも輝いた。
卒業した13年秋からはドイツ・ブンデスリーガ(1部)でプロとしてプレーした。常にチームの主力として活躍し、19-20シーズンにはドイツカップ、21-22シーズンにはドイツリーグの優勝に大きく貢献。しかしチームからの熱烈なオファーを断り、昨シーズン限りで海外生活にピリオドを打ち、日本に完全帰国することを決意。昨年5月からは、日本代表活動をしながら日本の所属チーム「NO EXCUSE」でプレーし、キャプテン、エースとしてチームをけん引している。
香西が帰国を決意したのは、こんな思いがあったからだった。
「僕がここまでやって来られたのは、子どもの時に晋平さん、マイクに出会い、自分の可能性を広げる機会に恵まれたからだと思っています。でも考えてみると、それって単に僕が運が良かっただけのことなんだろうなと。これからは一人でも多くの子どもたちが可能性を広げる機会に恵まれてほしいし、今度は自分がそれをサポートしていきたいと思ったんです」
そして香西の脳裏に浮かんだのが、現在は自分自身がスタッフとして関わっているJキャンプの理念だった。それが自分がこれからやっていきたいことと一致することに気付いた香西は、Jキャンプのファンダメンタルキャンプの再スタートという形で自分自身の新たな活動を始めることにした。
四国ブロックからの依頼により、11月26、27日に「すぽっシュTOYOHAMA」での開催が決定。補助講師の経験はあるものの、講師としては初めて、それもたった一人で講師を務める香西にとっても、まさに“挑戦”という意味合いも強かったことから参加費は無料とし、名称も“J”(大文字)ではなく“j(小文字)”を使用した「jキャンプ mini TRIAL」とした。HPやSNSなどで募集をかけたところ、四国に限らず、関東、近畿、中国、九州からも希望者があり、全国から16人の選手が集まった。
これまでのファンダメンタルキャンプは4日間の日程で行われてきたが、今回はわずか2日間。それも1日にかけられる時間も限られていた。そんななか、香西が最も大事にしたかったのは“ベーシックス”。そして、もう一つあった。“成長できているという感覚がある楽しい体験”だ。それは四国ブロック連盟のメンバーの一人で、今回のキャンプでは補助講師を務めた山本大からのリクエストでもあった。
「キャンプを開催するにあたってマサルと話すなかで、キャンパー自身や一緒にチームになった者同士の様子やプレーが変わっていく経験をしてもらいたいと彼は言っていました。というのもマサルも元キャンパーで、彼自身がそういうことを経験できたことが大きかったようなんです。特に競技人口も少なくて、なかなかイベントもない四国の選手には、そういう経験を通じて、さらに車いすバスケットを楽しいと感じ、やる気になってくれたら嬉しいと。僕自身もJキャンプでそういう経験をしていたので、すごく共感できましたし、ぜひそういうキャンプにしたいなと思いました」
それは、次のようなJキャンプのルールにもあてはまる。
①100%全力でプレイする(Effort)
②学習する→質問する(Learning)
③チームワークを大切にする(Teamwork)
④楽しむ(Fun)
では、実際はどんなキャンプとなったのだろうか。まず初めて取材をして驚いたのは、非常に考えられたカリキュラムということだ。今回の2日間では「シューティング」「1on1ディフェンス」「2on2ピック&ロール」「2on2ディフェンス」「3on3ディフェンス」という5つのセッションが用意され、それぞれまずは香西がホワイトボードを使って講義する。ここでは単にプレーの説明だけではなく、一つ一つに意味があり、細かい動作の組み合わせ、あるいはいくつかのポイントがあるということを丁寧に教えていく。まさにアカデミックな要素が詰まっていることこそが、ほかの体験会やイベントにはない特徴の一つと言えるだろう。それはある若手キャンパーのこんな話からもうかがい知れた。
「プレー自体は知ってはいたし、教えてもらったこともあるものでした。でも、こんなにも一つ一つ細かい要素が含まれているとは知りませんでした。これからは本当の意味で理解したうえでプレーできるかなと。そういう発見が多かったです」
次に講師の香西と補助講師、モデルプレーヤーがデモンストレーションを行った後、キャンパーたちが2チームに分かれてドリルを行う。そして午前と午後の最後には、それぞれゲーム形式の紅白戦が行われた。それは実戦のなかでトライしながら成長する喜びを感じることに加え、キャンパー同士の結びつきを強め、チームワークの重要性を学ぶ時間でもあった。
さて、このキャンプで感じた“充実”は、カリキュラムの内容だけではない。わずか2日間にして、選手たちにはある大きな変化が生まれていたーー(第2回につづく)
写真・ 文/すしこ