6月10日から11日にかけて、岐阜メモリアルセンター長良川競技場(岐阜市)で「2023ジャパンパラ陸上競技大会」が開催され、標準記録を突破した344人(男子245、女子89)が全国から出場した。曇りがちの天候で、2日目は大半が雨模様のなか、2日間でのべ3000人以上の観客が選手の挑戦を後押しし、アジア新記録7、日本新記録14、日本タイ記録1、大会新記録48が誕生した。
7月8日にパリで開幕する「パリ2023パラ陸上世界選手権」の日本代表選手たちもそれぞれのペースで調整状況を確認した。
T13(視覚障がい)の福永凌太(中京大クラブ)は200mで22秒00をマークして優勝。約20年破られていなかったパキスタン人選手によるアジア記録も0秒1更新し、歴史を動かした。100mは大会新となる11秒12で2位だった。
福永は初出場となる世界選手権は400mと走り幅跳びにエントリーしているが、「6月は練習時間に当てている」とし、今大会は短距離2種目にエントリーしていた。200mは「400mのスピードアップやシミュレーションにつながればと思って」出場し、「最低限、アジア新が出たのはよかったが、21秒台を出したかったので、全然」。見据える目標はもっと高い。
世界選手権では4位以内に入れば、来年のパリ・パラリンピックの出場枠が得られる。「400mと走り幅跳びはメダル圏内なので、しっかり獲りたい」。パラ陸上に転向し約3年での初めての“日の丸”に、「自分の姿や名前が外にでる大会に、やっと出場できる。活躍して、パラ陸上やパラスポーツを盛り上げていきたい」と意気込みを語った。
T11(同)の1500mと5000mで代表入りを決めているベテラン、和田伸也(長瀬産業)は今大会、800mで2分04秒55のアジア新をマークし、1500mと合わせ二冠を達成した。2レースとも若手のライバル唐澤剣也(SUBARU)をラスト250mから200m付近で抜き去る会心のレースだった。東京パラで1500mは銀、5000mは銅を獲得後、「これからはマラソンに注力」と表明したが、マラソン向けのスピード強化としても取り組むトラック種目で再び代表をつかんだ。自身6度目となる世界選手権では、「海外勢にも若手はいるのでレースを楽しみたい。経験を生かしてトップを獲りたい」。闘争心は健在だ。
今大会では敗れたが、唐澤も和田と同じ2種目で自身2度目の世界選手権出場を決めている。5月には海外レースの経験を積もうと、イタリア遠征も敢行。「(1500m、5000mとも)競り合いながら勝ち切れたので、パリ(世界選手権)に向けていいレースができた」と振り返り、この日、和田に敗れた経験も、「世界選手権につなげたい」と言葉に力を込めた。
世界選手権代表組以外も、それぞれの目標を胸に大会に挑んだ。女子T11の井内菜津美(みずほFG)は中長距離で二冠を達成し、記録も“自分越え”を果たした。1500mは5分30秒41で日本記録を3秒13、5000mは20分28秒06でアジア記録を9秒48も短縮。1500mは約3年ぶりに、5000mは約5年ぶりの更新だった。
「ここまでいろいろ悩んだり、ケガで走れない期間もあった。いろいろあったからこそ、ここで(記録を)出せた喜びを感じている」
マラソンで来年のパリ・パラ初出場を目指している。例年はマラソンだけの世界選手権が実施されるが、パリ・パラ予選を兼ねたマラソン世界選手権の開催はいまだ発表されていない。選手としては少しでもよい記録を出し、世界ランキングを上げておくしかない。
目標を見据えにくい状況のなか、井内は地道な体幹トレーニングやきついスピード強化に励んできた。悪天候を想定し、あえて雨中の練習にも取り組んできたという。「トラックの集大成」と位置付けて臨んだ今大会でつかんだ自信を糧に、まずは8月末の北海道で、夏マラソンに挑む。
男子400mでは、T47(上肢障がい)の鈴木雄大(JAL)が約1カ月前に自ら樹立した日本記録をさらに0秒2縮める50秒03で優勝した。それでも、「世界で戦えるように、49秒台を目指していた。レース展開もよく手応えはあったが届かず、悔しい気持ちのほうが大きい」と悔しがった。
サッカー少年だった高校3年時にバラ陸上と出会い、パラアスリート奨学生として日本体育大学に入学。本格的な陸上人生がスタートした。短距離と走り幅跳びで東京パラを目指したが、コロナ禍や就職などで競技から離れることに。テレビ観戦した東京パラで活躍する仲間たちの姿に刺激され、「僕もこの舞台に立ちたい」と復帰した。
競技活動を支えてくれる所属先や、練習拠点として迎え入れ、変わらぬ指導を授けてくれる母校には、「感謝しかない。自分一人のためじゃなく、皆さんの期待に応えられるように、がんばりたい」。持ち味は、持久力を生かしてスタートから飛ばす積極的な走りだ。今後はトップスピードをあげて、さらなる記録向上を目指す。
今年のパリは惜しくも逃したが、まずは10月のアジア大会でメダルを獲得し、来年5月の神戸世界選手権でパリ・パラの切符を狙う。
「何もないところから、少しずつ形になってきた」と安堵の表情を見せたのは、T64(下腿義足)の100mを11秒47で優勝、200mを24秒58で2位に入った、大島健吾(名古屋学院大AC)だ。4x100mリレーで銅メダルを獲得した東京パラ後、右アキレス腱を損傷し、1年以上も苦しんできたが、ようやくトンネルの先が見えてきたようだ。2種目とも自己ベストには届かなかったが、「あとは走りの完成度を高めていきたい」と前を向く。
悩みの原因は左脚に着ける義足だ。生まれつき左足首から先が欠損しており、「他の選手に比べて特殊なので、自分に合う義足を探していかなければならない。僕の場合、ピタッとはまるのが、かなり狭い」。参考データも正解もないなか、自身の感覚とアイデア、周囲のアドバイスなどをもとに手探りで組み立て、トライ&エラーを繰り返す地道な作業と向き合ってきたが、「やっと抜け出しつつある」。
T64男子100mは世界のレベルがどんどん上がり、国内のライバルたちも多い。大島は直近の目標に、10月のアジア大会出場を置く。「そこで10秒台を出さないと、今の苦しみが無意味になる」。努力が実を結ぶことを信じ、ただ突き進む。
なお、パリ2023世界選手権は7月8日から17日まで、第4回アジア選手権は中国・杭州で10月22日から28日まで開催される。また、来年5月には2024世界選手権が東アジア初開催となる神戸市で予定されている。それぞれの目標に向け、選手たちはもがき苦しみながら、自身を磨き高めていく。
写真/吉村もと ・ 文/星野恭子