5月14日から15日にかけて、第92回全日本自転車競技選手権大会トラックレースのパラサイクリングの部が静岡県伊豆市の伊豆ベロドロームで行われ、東京パラリンピック代表など10選手が出場した。14日にはタイムトライアル(TT)が、15日には個人パーシュート(IP)が行われ、日本一の座や自己記録更新に挑んだ。
パラサイクリングは障害の種類と使用する自転車によって大きく4つのクラス(C、B、T、H)に分かれ、クラスごとに障害の程度によってさらに細かく分類されて競う。各分類には係数が設定され、実走タイムに係数を加算した係数タイムが最終結果となる。なお、トラック競技ではC(切断・機能障害/二輪自転車)とB(視覚障害/二人乗りタンデム自転車)クラスが、ロード競技ではT(脳性まひなど/三輪自転車)とH(下半身不随/ハンドサイクル)を加えた4クラスすべてが実施される。
今大会では出場人数の関係で、男女C2とC3クラスはそれぞれ混合されて実施され、順位は各選手の実走タイムに係数をかけたタイムで決定された。
2選手が出場した男子C2-3混合レースでは東京パラ代表の川本翔太(C2/大和産業)が1kmTTを1分8秒432(実測1分12秒831)で、4㎞IPを3分23秒940(実測3分37秒050)で、ともに大会新をマークして2冠に輝いた。
4月から5月にかけ、イタリアとベルギーでのロード・ワールドカップ2戦を転戦し、帰国したばかりだったが、「コンディションは良くないなか、大会新が出せてよかった。自己ベストは出せなかったので、そこは反省して次に生かしたい」と、さらなる進化を誓った。
1996年に生まれ、生後2カ月で病気により左脚を切断した川本は右脚一本でペダルをこぐ。そのテクニックの高さは世界トップクラスと言われ、競技歴わずか8カ月でリオパラリンピックに出場。ロードにも取り組むが、「メインはトラック」で、東京パラではトラック2種目で入賞を果たし、来年のパリ大会ではメダル獲得を目指している。
昨年10月のトラック世界選手権(フランス)では3種目で銀メダルを獲得。そのうち1kmTT(1分10秒404)と4㎞IP(3分34秒134)の2種目で自身のもつ日本記録を塗り替える快走を見せ、大きな手ごたえを得た。銀メダル獲得により、「次は金メダル」の思いが強まったという。「モチベーションというよりは、やらないといけないという気持ち」と力強く、目標達成のためにはロードで持久力も養いながら、「(本番までに)世界記録を出せるくらい鍛えていきたい」と意気込む。
世界選手権の会場が来年のパリパラで使われる会場だったことは大きく、「(楕円でなく)円いバンクで、めちゃくちゃ相性がいいと感じた。あそこで走ることをイメージしながら、しっかり練習していきたい」。照準はすでに定まっている。
女子C2・C3混合レースには全3選手が出場し、東京パラでロード2冠の杉浦佳子(TEAM EMMA Cycling/総合メディカル)が500mTTを大会新となる39秒600で、3㎞IPは4分00秒471で2冠を果たした。
杉浦は250mのトラックを12周する3㎞IP後、「いい走りではなかったので反省している。日本記録(3分59秒521)更新を狙って前半から突っ込みすぎて、最後はたれてしまった。最近の高強度の練習のおかげで、前半は楽に入ったつもりだったが、(トップスピードを維持する)筋持久力が足りなかった。自分の課題が分かったのが今日の収穫」とレースを振り返った。
25秒で入る予定が1秒ほど速かった。直前にロード・ワールドカップがあったため、トラックの強化練習ができず、25秒のペース感覚が身についていなかった。原因が分かれば、あとは練習あるのみだ。「ここがゴールではない」と前を向く。パリ大会ではロードでの連覇だけでなく、「出場全種目でメダル」を目指し、トラックでの成長にも精力的に取り組む。今大会では、直前のロード・ワールドカップで落車して打撲し、その痛みがまだ残るなかで、自己新に迫る好タイムで優勝を果たした。来年への弾みとなる一歩としてポジティブにとらえている。
1970年生まれで、45歳のときに自転車レース中に落車し、記憶力などが低下する高次脳機能障害と右半身のまひが残った。だが、リハビリの末、2017年にパラサイクリングで競技に復帰して以来、世界で活躍を続ける。昨年12月に52歳になったが、「技術もフィジカルも上がっている」と力強い。経験と自信を手に、大目標のパリ大会へ、ただ邁進する。
日本代表の権丈泰巳監督は世界選手権で好結果を残した川本について、「(本番会場で好タイムを)これだけ出せたという経験はプラスに働く」と話し、杉浦については「周囲の期待に応えようと、つい頑張りすぎてしまいがち」と言い、オーバーワークに気をつけながら、「1年後のメダル獲得に向かってサポートしていきたい」と、両エースのさらなる活躍に期待を寄せた。
なお、川本や杉浦をはじめ、選手たちが目指すパリ大会の出場枠は昨年12月時点でアジア枠から男女1枠ずつ獲得しており、今後は来年6月末までに開催されるワールドカップ(ロード)と世界選手権(ロード/トラック)で獲得したポイントに応じて各国に割り当てられる。さらなる枠の上積みを目指し、日本チーム一丸で強化に励む。直近の大きな舞台は8月にイギリスで開かれる世界選手権(ロード/トラック)になる。
東京パラでの杉浦の2冠が記憶に新しいが、日本パラサイクリング陣はこれまで、少数精鋭ながらパラリンピックで複数のメダル獲得の実績をもつ。そうした歴史を継承するためにも、競技力強化と並び、競技者を増やすことは大きな課題であり、日本パラサイクリング協会でも各地で体験会を開催するなど選手発掘にも努めている。
そんななか、今大会では2人の新人が今後の可能性を期待させるパフォーマンスを見せた。一人は男子C5の亀田琉斗で、全日本初出場ながら3人が出場した1㎞TTで1分18秒056をマークして初優勝を飾った。もともとアメリカンフットボール選手だったが、「自転車競技がやりたい」と新たな世界に飛び込んだ。C5クラスは障害が最も軽いクラスのため、世界で活躍するには健常者と並ぶようなパフォーマンスが必要になってくるが、権丈監督は「まだ若く、アメフト選手の体形から少しずつ自転車の身体つきに変化してきた」とさらなる成長に期待する。
もう一人は2000年生まれの女子C2の中道穂香(テレビ愛媛)だ。小学2年から水泳を始め、パラリンピック出場を目指していたが、将来的なトライアスロン挑戦を見据え、自ら体験会に足を運び、2001年秋頃から自転車競技を始めた。
生まれつき右脚が股関節からなく、自転車のペダルは左脚一本で踏む。筋力的に不利なことは理解しているが、「自分が強くなればいいだけ。できるところまでやろうと思っている」と前向きだ。水泳でも長距離が得意で、自転車でもトラックだけでなく、持久力が生かせるロードにも挑戦予定で、体の使い方を工夫するなどでカバーしながら高みを目指していく。
全日本出場は昨年に続いて今年で2回目だった。3月に大学を卒業し、地元テレビ局に就職したばかりで、昨年よりも練習は不足気味。とくにトラックでの練習機会はほとんどなく、「トラックバイクに乗るのも久しぶり」だったが、大会出場の経験を少しずつでも積もうと出場を決めた。
14日の500mTTも15日の3㎞IPも杉浦、東京パラ代表の藤井美穂(楽天ソシオビジネス)につづく3位に終わり、「去年よりタイムは落ちてしまった。でも、いい経験になった」。とくに3㎞IPではレース序盤に左脚のクリート(ペダルにシューズを固定する部品)が外れるというアクシデントに見舞われ、初めての事態に「パニックになった」と明かす。だが、「ゴールすることが大事」と少しずつスピードを落としてタイミングを見計らってクリートをはめ直し、レースに戻った。
今後は勤務先とも相談しながら、より本格的に競技に取り組むつもりだ。アスリートとして競技結果を求めたり、パラリンピックも大きな目標だが、「同時に、一人のスポーツ好きとしていろいろな競技で、いろいろな目標に向かってやっていきたい」と話す。
自転車では同じC2クラスで片脚選手の藤井や川本といった先輩がいる。「皆さんが声をかけて、輪の中に引き込んでくれるので、ついていきたいなという気持ち」。藤井はライバルになるが、アスリートとして「お世話になった人には戦いを挑むことで恩返ししていきたい」と話し、ペダリングの技術に定評ある川本は「理想の最終形なので、近づいていきたい」と意気込む。
なお、6月23日には「2023全日本パラサイクリング選手権・ロード大会」が静岡県伊豆市の日本サイクルスポーツセンター(CSC)周辺の特設コースで開催された。起伏の激しい難コースで脚力や持久力が試されるレースとなったが、川本や杉浦は順当勝ち、ロード初出場となった中道もしっかり完走し、今後の可能性を示した。トラックでの実施はないT(脳性まひ/3輪自転車)クラスは日本代表の福井万葉(T2/バタフライ・エフェクト)が優勝。また、5選手が出場した男子C3はパラリンピック4大会連続出場でメダリストの藤田征樹(藤建設)が貫録勝ちを収めた。
写真/吉村もと ・ 文/星野恭子