6月29日~7月2日、パリ2024パラリンピック地域予選を兼ねた「三井不動産 2023ワールド車いすラグビー アジア・オセアニア チャンピオンシップ」が東京体育館(東京都渋谷区)で行われた。日本(世界ランキング3位 ※大会開催時)、オーストラリア(同2位)、ニュージーランド(同8位)、韓国(同15位)の4か国が出場した今大会で、日本は予選ラウンドから決勝まで7戦全勝の完全優勝を果たし、団体競技として日本勢初となるパリ・パラリンピック出場権を獲得した。
車いすラグビー日本代表にとっては、パラリンピックへの切符がかかると同時に、もうひとつ、大きな意味を持った大会でもあった。2017年から6年間、代表チームを率いたケビン・オアーヘッドコーチ(以下、HC)が、健康上の理由から今大会を最後に退任することが決まっており、世界の強豪国としての地位を確固たるものとした指揮官への「恩返し」として、自分たちの「最高のラグビー」をしようと大会に臨んだ。
オアーHCの在任期間を通してキャプテンを務めた池透暢は、オアーHCが目指し、また自らが体現してきた日本のラグビーをこのように説明する。「『チームラグビー』ではあるけれども、その中に自分のラグビーをきちんと持つことがすごく大切です。自分のラグビー観を持っている人が集まって、その集合体が描いているものがベストな状態になることが、オアーHCの目指しているラグビーだと考えています。オアーHCが就任して間もない頃、『あなたたちは私の操り人形じゃない。自分自身がプレーするんだという意志を持ってやらなければいけない』と言われました」
「自分の中にしっかりとした日本のラグビーというものを持っていなければ強くなれないし、人任せなラグビーではだめなんです。自分の思い描いているものを全員とシェアして伝えながら、さらに高めていく。そういうことをやってきたからこそ、今の日本チームのラグビー、強いラグビーができていると思います」
池の言葉を裏付けるように、今大会に向けチームとして一番高められたものとして選手たちが挙げたのが「メンタルの強さ」と「コミュニケーション」だった。
とことん話し合い、細部にまでこだわって精度を極め、お互いの頭の中にある絵をすり合わせて同じ絵を描いた。試合でのあらゆるシチュエーションを想定し、あらゆるドリルに取り組んだ結果、後手にまわって相手のプレーに対応するのではなく、「これは合宿で何度も練習した場面だ」と相手の2歩も3歩も先を行く主導権で試合を支配した。
仲間への信頼、自分たちのラグビーへの自信は「チーム全員、自分たちが一番強いと思っている」との島川慎一の言葉に象徴される「強靭なメンタル」を作りあげた。
日本の初戦となった、予選ラウンド第1戦のニュージーランドとの試合。日本は強いボールプレッシャーをかけ、相手のパスコースを徹底的につぶし、上々の立ち上がりを見せた。会場に駆けつけた大勢の小学生たちの大歓声が響くなか、湧き上がる熱い思いはあったが、パスの受け手の体勢が整うまで一瞬待つといった冷静さも、決して失うことはなかった。ラストは試合時間残り0.3秒で、池からのインバウンド(スローイン)を一番障がいの重いクラスの倉橋香衣がキャッチして、そのまま後ろ向きにトライを決めてみせ、会場を沸かせた。
今大会、日本にとって最大のライバルとなるオーストラリアは、世界最強プレーヤーと呼ばれるライリー・バットを擁し、ロンドンとリオの2大会連続でパラリンピック金メダルを獲得、昨年10月の世界選手権ではチャンピオンに輝いた車いすラグビー強豪国だ。その強豪国を相手に、日本は予選ラウンドでの2試合とも前半をビハインドで折り返したが、後半を強みとする日本は相手のパスミスからターンオーバーを次々と奪い、53-46(1試合目)、57-52(2試合目)と圧勝した。
「後半が強み」とする所以は、ラインナップ(コート上4選手の組み合わせ)の充実さにある。今の日本ほど多彩なラインナップを持つ国は他にない。数の多さに加え、ラインナップごとのレベルの差がなくなってきたことで、どのラインナップが出ても、どの選手が出ても戦える強さが備わった。これは体力温存にもつながり、各プレーヤーがつねに良い状態でいられることになる。疲労により細かいミスを連発するオーストラリアはメンタル面でもイライラが募り、ライリー・バットが「アァッ…」と悔しがる声が何度も聞かれた。
そうして迎えた、最終日の決勝戦。日本の相手はオーストラリアだ。試合前、予選ラウンドの6試合に比べるとやや硬い表情も見られたが、日本は立ち上がりから気迫のプレーでリードし続けた。次々と、時には1分も経たないうちにラインナップが入れ替わる日本に、オーストラリアは打つ手がなかった。オアーHCのしびれる采配にメンバーは全力で応えた。55-44。これぞ「日本ラグビー」という自分たちのラグビーで、勝利を、そしてパリ・パラリンピックへの切符を掴み取った。
勝利の喜びは、やがて感謝の涙へと変わった。互いに自身のすべてをかけて戦ってきた者たちだけが分かち合える、羨ましいほどの固い絆は、人々の心を熱くし、会場は大きな大きな拍手に包まれた。
「パラリンピックで金メダルを獲ることはできなかったが、金メダルを獲れるチームを作ることができました」。全身全霊をかけて最後までファイトし続けたオアーHCは誇らしげに語り、日本の車いすラグビーと歩んだ6年間に終止符を打った。
パリ・パラリンピックまで1年
「オアーHCから受け継いだこのラグビーを世界でさらに発展させて、パリでの金メダルを目指して歩んでいきます」と池キャプテン。悲願のパラリンピック金メダル獲得に向け、新たな挑戦がいま始まった。
写真・SportsPressJP 文/張 理恵