ロサンゼルス五輪でマラソン女子日本代表として出場した増田明美さんが、日本パラ陸上競技連盟の会長に就任したのは2018年。それまでパラ陸上には取材で関わっていたそうだが、今ではすっかり魅了されて「選手たちの応援団長」を自称するまでになった。大きな大会があると時間の許す限り自費で現地まで行き、選手たちに声援を送っている。来年8月28日に開幕するパリ・パラリンピックまであと約1年。選手たちのニッチなエピソードを紹介する解説でおなじみの増田さんに、パラ陸上の面白さや選手たちの素顔について語ってもらった。
増田さんが日本パラ陸上連盟の会長に就任したきっかけは、知り合いの車いすマラソンの選手に声をかけられたことだった。「マラソンの選手を取材しているなかで、同じ場所で練習している車いす陸上の選手たちと仲良くなる機会が多かったんです。そんなご縁もあって2018年に連盟の会長に推薦されました。当時の日本のパラ陸上の大会は観客が少なかったのですが、その時にはすでに東京パラリンピックの開催が決定していて、選手たちの応援団長になりたいと思い、会長を引き受けることにしました」
陸上に限らず、パラスポーツの競技団体は資金面での苦労が絶えない。毎日新聞が昨年8月に実施したアンケート調査によると、東京パラで実施された全22競技計26団体のうち74%にあたる17団体が選手強化費や運営費について「不足している」「不足傾向にある」と回答した。どのパラ競技団体も経営が厳しいなかで、自称・応援団長の増田さんは大きな大会があると自費で現地に駆けつける。7月にパリで開催されたパラ陸上の世界選手権にも、忙しい合間をぬってフランス入りした。
「パラの選手たちは、先天性の病気や事故にあった経験などがある人ばかり。アスリートであると同時に、人生でいろんな困難を乗り越えた経験があるので、チャーミングな人が多い。それがとても魅力的で、日程の許す限り大会には参加して、少しでも日本の人にその魅力を伝えるようにしています」
増田さんといえば、マラソンや駅伝のレース解説で披露する選手のエピソードトークが人気だ。もともとは、マラソンの解説をしているときに、コンディションやレース展開だけではなく、マラソンで重要となる精神力をどのように鍛錬しているかを伝えたくて、選手の日常生活を紹介したのがきっかけだった。それが次第に「細かすぎる解説」「増田明美の小ネタ集」として話題と集めるようになった。もちろん、その取材対象はパラ陸上のアスリートにもおよぶ。
「男子T46の100mで日本記録を持つ石田駆選手はピアノがとても上手。Official髭男dismの曲をよく弾いているそうです。車いす陸上の鈴木朋樹選手は哲学者的なところがあって一人キャンプが趣味で、食べ物は激辛ラーメンが大好き。パラ陸上では有望な選手もたくさん出てきているので、今後はそういった人たちの話を聞くのが楽しみです」
もちろん、日本パラ陸連会長という立場で選手たちを応援しながら、スポーツジャーナリストとしても競技を見ている。興味を持っている分野の一つが、技術革新がアスリートに与える影響だ。マラソンでいえば、ナイキの厚底シューズの登場でこの10年でレースの高速化が一気に進んだ。車いすや義足など、アスリートのパフォーマンスと道具の関係が深いパラ陸上の世界では、新しい技術やトレーニング法の登場でそれまでの常識に革新的な変化が起きるのは日常茶飯事となっている。
「たとえば、車いす陸上ではアルファロメオやホンダなど、F1の車を製造しているメーカーが車いすの製造に協力しています。新しい道具が登場すると、アスリートの体の動かし方も変わります。技術の進歩とアスリートの身体が融合すると、まったく違う世界が生まれるんです。体の動かし方については、すでにオリンピックの選手が参考にするレベルまできています」
一方、パラ選手の場合は障害の特性に応じて“支える人”の属性も変わっていく。そういった人との物語も見逃せない。
「視覚障害のクラスでは、選手と伴走者が一緒に走る競技もあります。現地で見ると、二人の足の動きがきれいにシンクロしている。目が見えなくても伴走者を信頼して走る姿に、勇気をもらえます。パラリンピックの創設者であるルートヴィヒ・グットマン医師は『失ったものを数えるな、残されたものを最大限生かせ』と言いましたが、選手たちは“今あるもの”を使い切る覚悟でトレーニングをしているところにも注目してほしいですね」
国内でいえば、パラ陸上の世界選手権が2024年5月に神戸で開催される。世界選手権は通常2年に1回で、神戸大会はもともと2021年に開催予定だったが、新型コロナウイルスの影響で延期になっていた。念願の東アジア初の世界選手権開催でもあり、大会組織委員会の会長として、またパラ陸連の会長としても大会を成功させることが重要な仕事となる。
「2021年の東京パラリンピックは無観客の開催だったので、世界のトップアスリートと子供たちが触れ合う機会を持つことができませんでした。なので、神戸では選手と人の触れ合いをもっと実現できればなと思っています。パリの大会の運営でも、MCの人たちが会場を盛り上げて観客を楽しませていました。欧米では、陸上の大会を音楽やダンスで盛り上げることが増えています。日本の陸上の大会とはまったく違う雰囲気でした。そういったところも参考にして神戸大会を開催するので、ぜひ多くの方に会場に足を運んでもらいたいですね」
神戸大会にはアスリートや関係者など世界約100カ国、1300人が参加する予定だ。パリ・パラリンピックの3カ月前の開催でもあり、パラリンピック前に熱い前哨戦が繰り広げられることになるだろう。増田「応援団長」の声援にもますます熱が入りそうだ。
写真/越智貴雄[カンパラプレス] ・ 文/西岡千史