6月9~20日、UAE・ドバイで開催された車いすバスケットボールの世界選手権。2大会ぶりに出場した女子日本代表は、最後の7、8位決定戦でスペインに54-51で競り勝ち、最終順位は7位。6位だった2年前の2020パラリンピックから順位こそ下げたものの、当時は果たせなかった最終戦を勝利で締めたことの意味は大きい。約2週間にわたった闘いの日々に、女子日本代表が印した“成長の跡”に迫る。
スペイン戦は、まさに“死闘”というにふさわしい壮絶な戦いとなった。最初に流れを引き寄せたのは、スペインだ。1Qの出だしで3連続得点を挙げると、その後も日本のプレスからシャドウへとスイッチするオールコートのディフェンスをブレイクし、得点を重ねた。続く2Qの出だしでも2連続得点を奪ったスペイン。日本にとっては9点のビハインドを負う苦しいスタートとなった。
しかしその裏で、実は日本がスペインを上回っていたものがあった。トランジションなどのスピードとキレだ。そのためスペインは1Qからファウルを積み重ね、2Qの前半にもファウルトラブルが立て続けに起こった。エースが早くもパーソナルファウルが3つ目となり、交代を余儀なくされたのだ。エース不在となったスペインは得点力がダウン。1Qには61%だったフィールドゴール(FG)成功率が2Qでは48%にまで落ちた。日本はこのチャンスを逃さなかった。柳本あまね(2.5)、網本麻里(4.5)の得点で猛追。25-25とし、試合を振り出しに戻した。
スペインのエースが戻った3Qは、スコア上では一進一退の攻防が続いた。だが、実際に主導権を握っていたのは日本だった。ターンオーバー(TO)だけを見ても、日本がわずか2だったのに対し、スペインは6。1Qから数えると17にものぼっていた。そしてやはりファウルも多く、3Qは前半の5分間ですでにチームファウルが5つにのぼった。ただ、日本のシュートの確率が上がらなかったために得点は競り続けた。
40-37となんとかリードを守り切って迎えた4Q、残り3分半で48-48とついに同点に追いつかれてしまう。そして両チームに得点が入り、残り2分で50-50。萩野真世(1.5)のミドルシュートが決まり、2点をリードした日本だったが、勝負はまだ終わらなかった。残り19秒、スペインのエースにフリースローが与えられ、2本決めれば同点となる場面が訪れたのだ。しかし、ネットを揺らしたのは2本中1本だった。最後は残り0.8秒でフリースローを与えられたキャプテン北田千尋(4.5)が、2本ともに決めてみせてダメ押し。日本が54-51で逃げ切った。
スペインは、世界選手権から2カ月後の8月に行われたヨーロッパパラ競技大会ではパリパラリンピックの切符獲得とはならなかったが、来春の世界最終予選につながる銅メダルを獲得。3位決定戦では東京パラリンピック4位のドイツに1点差で競り勝つなど、脅威を増している。そのスペインからの勝利は、日本に大きな自信を与えたに違いない。
今回の世界選手権では課題もあった。しかし、間違いなく言えるのは、東京パラリンピック以降、女子日本代表が停滞することなく、着実に成長を遂げてきたということだ。その象徴的存在と言えば、やはり柳本の名を挙げないわけにはいかないだろう。
国内では「全日本女子車いすバスケットボール選手権大会」(18年より皇后杯を下賜)で16、17年と2年連続で「3ポイント賞」を獲得するなど、すでにアウトサイドシュートを得意とするプレーヤーとしても知られていた柳本。しかし、世界ではスピードこそ強い印象を残していたが、シューターとして警戒するまでには至っていなかったに違いない。
そんななか今回の世界選手権で柳本は、ハイポインター陣と並ぶ“スレット”(警戒すべきプレーヤー)と化した。それは数字からも明らかだ。チームにおける3ポイントシュートでの得点は、日本はカナダの18本に次ぐ2位の12本。そのうちの7本が柳本で、個人ランキングでも2位だった。
ちなみに世界選手権連覇を果たしたオランダは、3ポイントシュートでの得点は0。もちろん、それだけゴールに近いインサイドでのシュートチャンスを作り出しているということではあるが、高さだけでなく、スピードやトランジションの速さ、連携など、攻防にわたって世界トップレベルにある最強国オランダが、未だ武器としていないのが、3ポイントシュートだとも言える。
世界を見ても女子では3ポイントシュートを強みとしているのは、カナダくらいだろう。8月のヨーロッパパラ競技大会では、3ポイントシュート部門で個人ランキングトップに立った選手の成功本数はわずか2本。少なくともヨーロッパでは2ポイントシュートが主流だ。つまり、海外勢がまだ持ちえていない3ポイントシュートで日本が世界トップの力を持つことができれば、勝機はさらに拡大する可能性がある。
もちろん、言うは易く行うは難しだ。実際、世界選手権でのオランダ戦で日本の3ポイントシュートのアテンプト数はわずか3にとどまり、成功はゼロだった。ただ全体的には日本の3ポイントシュート力は前進している。東京パラリンピックでは13.3%だった成功率は、今大会は18.5%にアップした。アテンプト数も、1試合平均5本だったのが、8本に増加している。個人でも柳本のほか、網本が7位タイにランクイン。ベスト10の中に2人以上が入ったのは、カナダと日本の2カ国のみだった。今後日本が3ポイントシュートで世界をリードできるかが、ますます重要ポイントとなりそうだ。
さて、柳本のほかにも存在感を示した選手は少なくなかった。そのなかの一人が、網本だ。言わずもがな日本を代表するシューターである。19歳で初出場した08年北京パラリンピックでは7試合で133得点を挙げて得点王に輝き、22歳の時には女子U25世界選手権で1試合51得点というワールドレコードを樹立するなど、世界に名を轟かせてきた。
今大会もそのシュート力を遺憾なく発揮し、チームに大きく貢献した網本だが、以前にも増して力をつけてきたのがガードとしての働きだ。もともとボールハンドリングに長け、アウトサイドだけでなくドライブで切り込む力があった網本。キープ力がある彼女がガードの役割も求められるようになったのは、15年にリオパラリンピックのアジアオセアニア予選で敗れた後のことだ。当初はガードの仕事を意識するあまり、本来のキレのあるプレーが影を潜め、“らしさ”が失われていくように感じられた時期もあった。
網本自身、迷いを口にすることもあったが、変化の兆しが見えたのは17年の大阪カップだ。試合を重ねるたびにプレーに勢いとキレが戻り、さらにアシストでもチームに大きく貢献する姿は堂々としていた。「自分でいくべきか、それとも味方を生かすべきか、その判断が明確になってきた」と手応えを口にしていた網本は、それを機にチャンスメイクの面でも存在感を示すようになっていった。
東京パラリンピックでは6試合で33アシストを誇り、9位にランクイン。そして今大会ではさらに磨きがかかり、8試合で74アシスト。2位・ヘレン・フリーマン(イギリス)の58を大きく引き離し、アシスト王に輝いた。自らドリブルで突破する力があり、アウトサイドシュートも強みとする網本。その彼女がまた一つ世界トップクラスの武器を持ったことで、日本のオフェンス力が引き上げられたことは間違いない。
そのほか東京パラリンピック後に代表復帰した大津美穂(2.5)や、新戦力として加わった江口侑里(2.5)、立岡ほたる(2.0)、石川優衣(1.0)といった若手など、今回は各選手が大きな爪痕を残した大会となった。その一方で東京パラリンピック前から指摘されてきたシュート成功率が、引き続き喫緊の課題であることも浮き彫りとなった。
今後、10月にはアジアパラ競技大会、来年1月にはパリパラリンピックの切符がかかったアジアオセアニアチャンピオンシップスが控える。果たして今大会で見せた成長に拍車をかけることができるか。女子日本代表の今後に注目したい。
写真・ 文/斎藤寿子