WTA(女子テニス協会)ツアー公式戦「木下グループジャパンオープン2023」に車いすテニスの部が新設され、9月15日から3日間にわたり、大阪市のITC靭テニスセンターで開かれた。ATP(男子プロテニス協会)公認の男子大会は2019年から車いすテニスの部を実施しており、男女のトーナメントがそろった形だ。ATPやWTAのツアーで車いすテニスの部を同時開催する大会は世界でも数えるほどしかなく、画期的な取り組みといえる。大会を振り返る第1弾のレポートは、この記念すべき第1回大会に出場した選手たちのそれぞれのコメントをお届けする。
シングルス決勝は、世界ランキング2位の上地結衣(三井住友銀行)が田中愛美(長谷工コーポレーション)を6-1、6-2のストレートで破り、初代女王に輝いた。兵庫県出身の上地にとって、今回の会場は小学生のときから試合をするなど「地元」といえる場所。今大会がその地元で開催されると発表されたときから、出場への想いを抱いていたという。
「男子が東京開催なので、女子もそうかもと思っていたから、大阪と聞いてすごく嬉しかった。立地的にもアクセスしやすいし、いろんな人に観に来てねと声をかけやすい。(全米オープンの直後なので)自分が出られる日程なのか、すごく気になった」
今年2月、ATP公認大会「ABN AMRO OPEN」(オランダ)で男子に続き、女子の車いすテニスの部が開かれ、上地も参加。世界ランキング1位のディーデ・デ フロートをはじめとする強豪オランダ勢とのマッチはもちろんのこと、上地は会場の雰囲気や大会運営にも心動かされたという。
「メインコートの観客席は、観客でほぼ満席だったと思う。会場には健常のオランダ人選手のバナーやパネルが飾られていて、そこに当たり前のようにディーデのパネルも並んでいた。車いすテニス選手の、といった紹介もとくになく、でもそれがすごくいいなと感じたし、会場全体がお祭りみたいな雰囲気で観客も楽しいだろうなと思った。こうした自分が見てきたものを積極的に共有させてもらって、日本での大会も面白い大会になればいいなと思う」
今大会、会場正面入り口やテニス関連の出店ブースには健常の選手と並んで上地のポスターやパネルが飾られていた。上地は大会のシンボルのひとりとして大きく集客に貢献した。シングルス決勝のセンターコートは満員とはいかなかったが、期間中は多くの観客が訪れた。優勝を果たしたあと、上地はこう振り返る。
「誰が来てるかなって私も観客席を見まわしていた。半分は言い過ぎかもしれないけれど、ざっと100人くらいはいたかもしれない。本当に小さいころから関わりがある方ばかりだから、ちょっと恥ずかしい感じ(笑)。でも、一度開催して選手も観客も大会の認知ができたと思うので、来年までの一年間はもっとアピールして集客につなげたい」
国内では車いすテニスの大会が少ないこともあり、出場する選手にとって今大会は車いすテニスと自身のプレーをアピールする絶好の機会になった。田中愛美は、大会前から自身のSNSなどを活用し、積極的に大会関連の情報を発信。家族や高校時代の同級生、多くの友人たちが現地で応援してくれたという。そのなかで、田中には集客以外にある狙いがあったという。
「多くの観客に観られるというシチュエーションをあえて自分で作り出し、自分が緊張する場面でどうなるのかを試したかった。いいプレーをするのはもちろんだけど、テニスに執着して勝ちあがる姿をどうしても見せたかった。この部分だけは譲れないと思っていた」
その言葉のとおり、田中は船水梓緒里(ヤフー)と組んだダブルスで真髄ともいえる粘りのプレーを発揮し、見事優勝を果たした。船水もまた、大学時代の同級生らが会場で応援してくれたといい、こう振り返る。
「友人や先輩たちが大阪まで足を運んで応援してくれて、刺激になった。まずは自分の身近な人にプレーを観てもらい、それが広がって、多くの人に車いすテニスを観てもらえるようになったらいい。この大会は、そのきっかけになる大会になったと思う」
船水は初開催だからこそ気づいた魅力と課題についても、こう語ってくれた。
「ジムで本玉真唯選手がアップする場面に遭遇した。試合前なのにめちゃくちゃウエイトをしていて、あれほど下半身にプレッシャーをかけているのかと驚いた。だからこそ強いんだな、と間近で見たからこそ感じることができた。また、初開催で分からないことなどは国枝慎吾トーナメントディレクターに随時確認した。選手の気持ちをわかってくれる心強さがあるし、メールの返信がはやくて助かった(笑)。ハード面ではシャワールームに階段があって、車いすの選手は利用しづらいといった問題点があったけれど、これから改善に向けた話ができればいいと思う」
今大会、ワイルドカードで出場を叶えた若い選手にとっては、健常の選手はもちろん、普段はなかなか接することがない上地ら車いすテニスのトッププロ選手と試合や交流をするまたとない機会になった。
19歳の岡あずさは、シングルス1回戦で上地と初対戦。センターコートに次ぐ規模の第1コートでの試合だ。観客席がほぼ埋まるなか、セットを奪えずストレートで敗れたが、岡は「得るものが多かった」と振り返る。「上地選手は小さいころからの憧れの選手。本戦で戦い、大事なところで確実に決めるプロのすごさを感じた。たくさんの人が観に来ていて、ショットを決めれば自分にも拍手を送ってくれた。それも初めての経験だったし、応援を力に自分なりの全力を出せた」
シングルス1回戦で須田恵美(DC1)と2時間半を超えるタフマッチを繰り広げた20歳の佐原春香(浦安ジュニア車いすテニスクラブ)も、上地についてこう語る。「上地選手が長年トップに居続けるのは並大抵のことではないので、本当にすごいと思う。車いすテニスの歴史を切り拓いてきた先輩たちのすごさ、覚悟を感じながらプレーできたことは本当に幸せ」
来年以降は今回実現しなかった海外勢の参加やドロー拡大など、さらに魅力あるトーナメントになることを期待したい。レポート第2弾は、トーナメントディレクターを務めた国枝氏に、運営面や収穫、課題をどう見たか、大会を振り返ってもらう。
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写真/植原義晴 ・ 文/荒木美晴