10月3~9日、タイ・バンコクで車いすバスケットボールの女子U25世界選手権が開催された。過去最多の10カ国が出場した今大会、日本はグループリーグを2勝2敗とし、3位通過で決勝トーナメントに進出。しかし準々決勝では今大会銀メダルのイギリスに敗れ、目標としていた初のメダル獲得には至らなかった。さらに5-8位決定戦予選ではドイツ、そして最後の7-8位決定戦でも開催国タイに敗れ、白星で締めくくることはできなかった。それでも8位という結果の裏にはさまざまな“収穫”があった。
車いすバスケにおいて、特に女子の競技人口は世界的にも厳しい状況にある。2011年からスタートし、4年に一度開催されてきた女子U25世界選手権は今回で4回目を迎えたが、そのすべてに代表チームを派遣しているのは、イギリス、ドイツ、オーストラリア、そして日本の4カ国のみ。東京2020パラリンピックで金メダルに輝き、今年の世界選手権でも連覇を達成するなど無敵の状態にあるオランダは、今回も含めて一度も出場していない。国内の競技人口が少なく、強化指定選手にまで引き上げるのに非常に苦労しているのだとオランダのヘッドコーチが明かしている。
その点、日本は今回12人そろわず9人と少人数だったとはいえ、毎大会に代表チームを派遣し続けていること自体が、他国からすれば恵まれた状況にある。国内での選手発掘・育成に努力を重ねてきた結果だと言えるだろう。
前回大会の19年、日本は過去最高の4位とメダル獲得まであと一歩のところに迫る快挙を成し遂げた。当時チーム最年少で出場したのが、今大会で共同キャプテンを務めた江口侑里(2.5)と畠山萌(4.0)だ。だからこそ、2人は「先輩たちの分も、絶対にメダルを持って帰る」という強い思いがあった。
その江口、畠山を中心として、U25日本代表の活動がスタートしたのは、昨年8月のことだ。2021年の東京2020パラリンピック以降もコロナ禍が続いたため、予定よりも遅いスタートを余儀なくされた。
当時、強化合宿に招致されたのは7人で、競技レベルや、競技に対する思いには選手間で大きな差があったという。競技を始めたばかりの選手もいたため、パス、ドリブル、チェアスキルといったベーシックな部分の強化から始まった。
そんな中、チームを一つにしようと、自分自身を変えていったのが江口と畠山だ。もともと2人は先頭に立つタイプではなかったというが、チームでたった2人の国際大会経験者であり、「自分たちが引っ張っていかなければいけない」という自覚と責任感の芽生えが劇的な変化をもたらした。コートでもベンチでも、常に2人の声が響き渡る姿は、4年前には想像することができなかった。それは本人たちも同じで、共に「キャプテンという役割を与えたもらったことで、自分が変われた」と語っている。この2人の存在があったからこそ、チームが少しずつ一つになっていったのだ。
そして大きかったのは、15歳、中学3年生の小島瑠莉(2.5)と、17歳、高校2年生の西村葵(1.5)が今年度に新加入したことだった。2人は現在、女子日本代表を指揮する岩野博HCが指導し、今年の世界選手権メンバー4人を擁する女子クラブチームのカクテルに所属している。普段から高いレベルで練習し、ここ1、2年ではプレータイムも延びている彼女たちが入ったことにより、人数が増えたことはもちろん、格段に戦力がアップした。
今年8月にはカナダに遠征し、U25カナダ代表と練習試合や合同練習を行うなどして、でき得る限りの準備をしてきた女子U25日本代表。チーム内に戦う姿勢がしっかりとあったことは、選手たちだけで決めたという「金メダル獲得」という目標にも表れていた。9人という少人数、そのうち7人が初の国際大会、そしてクラス3が不在のなかハイポインターが2人のみと、厳しい条件を挙げればきりがない状況ではあったが、それでも敢えて“金メダル”を掲げたことに、大きな意味があった。江口はその理由をこう語っていた。
「もちろん金メダルがどんなに難しいことかはわかっています。でも、上を目指さなければ、そこで成長がストップしてしまう。だからみんなで話し合って、金メダルを目指してやろうと決めました」
挑んだ結果は8位と、世界の壁にはね返されたが、それでも数々のアクシデントをものともせずに戦い抜いた経験は、今後の大きな糧となるはずだ。
今大会は、豪雨の影響で会場が急遽変更となり、試合スケジュールもグループリーグの4試合が2日連続でのダブルヘッダーとなった。それでも添田智恵HCは「影響はなかった」と語る。初戦こそ緊張からか実力が出せずに終わったが、約2時間後に行われた第2戦はしっかりと気持ちを切り替え、勝負することができていた。結果的には連敗を喫したものの、翌日には連勝し、グループリーグを3位通過。第一関門の決勝トーナメント進出はしっかりと果たした。
しかし、ここである事態が起きていた。グループリーグ終了後、3選手へのクラス変更の通達があったのだ。小島と増田汐里が2.0から2.5へ、西村が1.5から2.0へといずれもクラスが上がったのだ。最終的に西村は1.5に戻ったが、大会期間中は上がったままで戦わざるを得なかった。9人しかいないことに加えてクラス3が不在のなか、それまで固定していたスターティングメンバーをはじめ、よりラインナップのバリエーションが限られてしまった。
それでも準々決勝以降、西村に代わってスタメンに抜擢された青山結依(1.0)や田名部寛乃(1.0)が、しっかりと自らの役割を果たし、戦力の衰えを感じさせなかったことは大きな成果だった。実は指揮官がローポインターに手応えを感じた試合は、グループリーグにもあった。第2戦のカナダ戦だ。4Qの中盤でハイポインター2人が立て続けにパーソナルファウル5つ目を数え、ファウルアウト。日本は5人の合計が10点にも満たないラインナップでの戦いを余儀なくされたが、ハイポインター2人を揃えたカナダに対し、全く競り負けなかったのだ。添田HCは「しっかりと相手の足元に入ってコンタクトしていて、素晴らしいディフェンスだった」と語り、ローポインターへの信頼をさらに強くしたことを明かしていた。
振り返れば初戦から少しずつ上がっていたチームの状態は、準々決勝がピークだったのかもしれない。ドイツとの5-8位決定戦予選、そして最終戦となったタイとの7-8位決定戦は、傍目から見てもギアが上がりきらず、それがなぜなのか、どうすればいいのかがわからずに選手たちも苦しんでいたように感じられた。小島も「他のチームが最後に状態を上げてきたなか、それに自分たちがついていけなかったのが悔しかった」と語っている。
その点について、添田HCはこう分析する。「初めての国際大会で2日連続でダブルヘッダーをこなしながら、よく頑張ったなと思います。ただ、代表を経験している選手は、大会期間中に疲労で一度落ちても、絶対に勝たなければいけない終盤に向けてまたギアが上がっていくんです。でもU25の選手たちがそれができなかった一番の原因は、体力的にも精神的にも土台がまだないということ。これからもっとトレーニングを積んでいかなければいけないなと改めて感じました」
8位という結果は、金メダルを目指していた選手たちにとって悔しかったことだろう。そして、ともすればA代表のプレーとも思えるほど高いレベルでバスケットをした金メダルのアメリカをはじめ、随一の高さを持った銀メダルのイギリス、そして精度こそ違うものの戦略・戦術自体はA代表とまったく変わらなかった中国など、同世代の世界基準の高さを目の当たりにし、自分たちの不甲斐なさも感じたに違いない。しかし、それこそが今大会を経験した何よりの財産となるはずだ。添田HCもこう語る。
「選手たちにとってはここからが本当のスタート。今大会を通して、自分自身に課題が沢山見つかったと思います。それこそ見つけた課題が多ければ多いほど、その選手はきっと伸びていくはずです」
選手たち自らが「パワーガールズ」という愛称をつけ、「Enjoy!&Power~withとびきりスマイル」というスローガンを掲げて臨んだ世界の舞台。すべての戦いを終えて、選手たちから共通して聞こえてきたのは「このチームで楽しむことができた」という言葉だった。それは一見、勝負とかけ離れているようにも聞こえるが、もちろんそうではない。全力を出すための“Enjoy”であり“とびきりスマイル”だった。それを体現してみせたからこそ、成果があり、収穫を得られたのだ。
すべてはここからだ。今大会の経験をどうつなげていくのか。可能性しかない9人の今後に注目していきたい。
写真・ 文/斎藤寿子