8月のIBSAワールドゲームズを初制覇し、同時にパリパラリンピックへの自力出場も決めたゴールボール男子日本代表。開催国枠で初出場し、5位に入賞した東京パラリンピックをステップに、パリ大会でのさらなる躍進に向けチーム強化を進めている。その途上、10月22日から28日まで開催された「第4回アジアパラ競技大会」で、日本は27日の決勝で中国に9-3と敗れ、優勝は逃した。だが、日本にとって同大会での銀メダルは過去最高の結果であるとともに、「中国と決勝で戦えたことが大きな収穫」と、パリ大会に向けて貴重な経験となったようだ。大会後の選手やコーチ陣からはさらなる躍進を期待させる力強い言葉が聞かれた。
パリでは初のメダル獲得、さらには表彰台の頂点も見据え、その弾みの一つにしようと臨んだのがアジアパラ大会だった。日本は出場4チームずつに分かれたグループBのリーグ総当たり戦で、イラン(13-8)、イラク(12-4)、カタール(10-0コールド)といずれも大勝。全勝で1位通過した準決勝でも韓国を10-5と危なげなく退けた。
迎えた決勝戦、相手の中国は昨年12月の世界選手権で準優勝し、早々とパリパラ出場権を得ている強豪だが、国際大会にあまり出場しない。昨年の世界選手権でも組み合わせの関係で日本は対戦がなく、ワールドゲームズも不参加だったので、直近の直接対決は東京パラの準々決勝。そのときは日本が4-7で敗れている。
それから約2年、日本はフィジカルトレーニングで身体能力を高めながら、攻守にわたって強化し、パリパラの出場権もつかんだ。自信も実績も積み重ねて迎えたアジアパラ大会は中国との真剣勝負でその差がどう変化したのか、日本の現在地を知る絶好の機会だった。
パリパラで表彰台を狙う日本にとって、アジア王者の中国はどこかで倒さなければならない壁の一つだ。工藤力也ヘッドコーチ(HC)は決勝戦について「攻守にわたって中国が1枚上手だった」と振り返ったが、だからこそ、センターの田口侑治(リーフラス)は、「強い中国と戦えて、次につながる一戦になった。敗因は技術の差なので詳しく振り返って今後、強化していきたい。チームの雰囲気はとてもよかった」と手応えを語った。
「中国の強さ」については田口以外の代表選手にも大会後に話を聞いたところ、共通の答えがいくつか返ってきた。それは裏を返せば「中国攻略のポイント」でもある。
例えば、守備面では「中国チームの球際の強さ」が挙がった。守備力にも定評があるウィングの佐野優人(日本国土開発)は、「中国選手は体が大きいこともあって守備範囲が広く、手先や足先も強いのでボールが当たっても上や後ろには弾かず、前や横に出す強さがあった。他国には通じた日本の攻撃が中国には通じにくかった」と話した。
キャプテンでセンターの川嶋悠太(久米設計)は「僕たちもフィジカルを作り直し、球際の強さを高めたい。日本の攻撃も球種の多さや移動攻撃などは負けていないので、精度や強度をさらに高めて中国の守備を崩したい」と前を向いた。
攻撃面の強みとしては「助走の音さえしないボールに驚いた」という声が聞かれた。ゴールボールではボール内の鈴の音を頼りに守備をするため、攻撃時に鈴の音を鳴らさない投げ方の工夫は当たり前に行われているが、中国チームはさらに、投球前の助走の音も消していたという。投げ出しの位置がより分かりにくくサーチが遅れるため、佐野は「ボールがパーンと来る感じで守りにくかった」という。
だが、このタイミングでこの難しいボールを経験できたことで今後、じっくりと対策に取り組めることになる。川嶋も「日本は瞬発力があるので、決して獲れないボールではない」と話す。「相手のよいところは自分に吸収すればいい」と話したのはサウスポーのエース、金子和也(Sky)だ。すでに金子や佐野はこの「助走の音がしないボール」の練習を始めているという。
金子はまた、最近取り組んでいる新戦略への手応えも話した。本来はレフトの金子がライトに入り、レフトの宮食行次(コロプラ)と組む新しいシフトで、決勝戦では劣勢からこのシフトで自ら得点するなど「流れを変えるプレーとして自信になった」と話す。今後はさらに精度を高め「僕がどこでプレーするのか、ワクワクしながら観戦してほしい」と話した。
工藤HCは選手層の厚みを挙げた。今大会初の日本代表に抜擢された鳥居陽生(国立障害者リハビリテーションセンター学生)について「予選から決勝まで臆することなく自分の力を出し切り、攻守に期待以上の結果を残した」と評価し、さらなる成長で「先輩たちを押し上げていってほしい」と期待を寄せた。
鳥居自身も「日本では体験できない(種類の)ボールなど学ぶことが多く、新しい目標もできた」と緊張感のある舞台で貴重な経験を積めたようだ。今後は球種を増やして持ち味の攻撃力に磨きをかけるとともに、サーチ力を高めて守備力を上げたいと話した。
少し違った課題を挙げたのは宮食で、無観客開催だった東京パラと違い、今回は中国のホームで満員の観客から1プレーごとに歓声が響いた。「あんなに声の圧を感じたのは初めてでやりにくかった。プレッシャーではなく、うるさすぎてチームメートやベンチとのコミュニケーションが取れず、日本の強みであるチームワークを発揮できなかった。ずっとストレスだった」と振り返った。
視覚を閉ざしたゴールボールでは周囲とのコミュニケーションは重要だ。例えば、失点の際はベンチから球種やコースなどの情報が伝えられ、コート上でも選手間で守備範囲を確認し合うなどで修正し、次の失点を防いでいく。今回はそうした情報を得にくい状態だったわけだが、パリ大会も有観客開催なので同様の状況も予想される。宮食は「あの環境を経験できたのは個人的に良かった」と話した。
金子も「課題が多いのはいいこと。それをクリアできれば、成果として次につなげられる。パリでの金メダルのためのステップとして今回の銀メダルは十分だった」と力を込めてうなずいた。ゴールボール男子日本代表は、アジアでの悔しさをパリパラでの成功へのプロセスにする。
写真/吉村もと・ 文/星野恭子