10月22~28日、中国・杭州で開催された第4回アジアパラ競技大会。2010年の第1回大会以来、3大会ぶりの王座奪還を狙った車いすバスケットボール男子日本代表は、グループリーグを3勝1敗で2位通過となった。26日には準決勝が行われ、今年6月の世界選手権で銅メダルを獲得した強敵イランと対戦。まさに“死闘”というべき壮絶な戦いを繰り広げ、日本が43-40で競り勝った。アジア勢初の銀メダルに輝いた東京2020パラリンピックのチームから継承した“ディフェンスで世界に勝つ”を体現した戦いをふり返る。
「何よりカギを握るのはディフェンス。まずは最初の1Qの入りでイランを勢いに乗せないこと。日本が得点を取れなくても、いかにイランをロースコアにおさえるかが大事になってくる」
前日のグループリーグ最終戦後、イラン戦についてのポイントを聞くと、京谷和幸ヘッドコーチ(HC)はそう語っていた。そして、こう続けた。「きっと、やってくれると思うよ」
その言葉からは、選手たちへの厚い信頼感がにじみ出ていた。そして実際、選手たちは指揮官の期待にしっかりと応えてみせた。
スターティング5は、キャプテンの川原凜(1.5)、鳥海連志、赤石竜我(いずれも2.5)、秋田啓(3.5)、髙柗義伸(4.0)というそれまでのグループリーグ4試合と同じラインナップだった。5人はフロントコートで一列のラインを作り、ゆっくりと下がっていく 「フラット」と呼ばれるディフェンスをしいた。その連携の取れたディフェンスに、イランは攻撃の時間を削られ大苦戦。イランにこの試合初めて得点が入ったのは7分を過ぎてからのことで、いかに日本のディフェンスが効いていたかがわかる。
一方、日本もなかなかシュートが決まらずに苦しい展開となるなか、チームに貴重な得点をもたらしたのが髙柗だった。どの試合でもディフェンスからオフェンスへと切り替わるたびに、真っ先にゴール下へと走り、ディフェンスを崩し、得点チャンスの基盤を最初につくる役割を担う髙柗が3連続得点を挙げた。このプレーに京谷HCも「髙柗がしっかりと走って得点したことで、チームに勢いを与えてくれたし、選手たちも少し心に余裕ができたはず」と高く評価した。
終盤、守備のスペシャリストでもある赤石が早くも2つ目のファウルとなり、ベンチに下がったタイミングでイランに連続得点を奪われたものの、指揮官との約束通り1ケタに抑えて10-7。しっかりとイランの勢いを止めてみせた5人を、京谷HCは「本当にいいディフェンスをしてくれたので、とてもいい入り方ができた」と称えた。
この1Qなくして、日本の勝利はなかったと言っても過言ではない。指揮官が最たる勝負のポイントと考えていたのは後半だったが、それは出だしでイランを勢いに乗せないことが大前提とされたプランだったからだ。
2Qに入るとイランが次々と得点を挙げ、逆に日本は丸山弘毅(2.5)の2得点にとどまっていた。そしてついに残り3分、12-13と逆転を許した。すると京谷HCは、ある決断を下した。「日本で最も速いユニット」とされる鳥海、赤石、丸山、古澤拓也(3.0)、香西宏昭(3.5)とミドルポインター5人のラインナップを送り出したのだ。
本来は来年1月、パリパラリンピックの予選を兼ねて行われるアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)まで取っておきたいと考えていた、とっておきのカードだった。しかし、東京2020パラリンピック以降、公式戦の舞台を踏むことができずにいた日本にとって、世界3位のイランに勝ち、自分たちの強さを証明することは新メンバーも加わったチームにおいて非常に重要だった。その自信が、AOCへのいい弾みになるからだ。
指揮官が全幅の信頼を寄せてコートに送り出した“最速ユニット”は、イランに主導権を渡すことなく、2Qを14-17で終えた。しかし、ここではまだ本領を発揮したわけではなかった。“最速ユニット”が真の強さを披露したのは、3Qに入ってからだった。
3Q、京谷HCはまず先発ラインナップで再スタートを切った。しかし、開始直後に髙柗がミドルシュートを決めたのを最後に、日本の得点は髙柗のフリースロー1本のみ。6分もの間、フィールドゴールでの得点はゼロに終わった。
一方、日本のフラットディフェンスにアジャストし始めたイランは、苦戦をしながらも少ないチャンスを確実にモノし、得点を重ねていった。残り3分半の時点で、17-25。イランとの差が2ケタになろうとしていたその時、再び“最速ユニット”がコートに送り出された。
そして初めて「フィストパワー」という最新のディフェンスを披露。フロントコートで5人全員がマンツーマンでプレスをしかけ、相手をバックコートに入れさせないという“最速ユニット”が最大の武器とするスピートを駆使したディフェンスだ。実際にイランは8秒バイオレーションを取られるなど、フィストパワーに翻弄され、2分以上も得点できなかった。
その間、逆に日本が得点を伸ばした。独壇場としたのは、今大会はチーム最年長だった香西だ。2分間で、3ポイントシュートを含めて3本のシュートを100%の確率で決め、7得点を叩き出した。結局26-29と追いつくまでには至らなかったが、この3Q終盤での攻防が、日本に勢いをもたらしたことは間違いない。
続く4Qはスタートから“最速ユニット”を起用したが、さすがは世界3位のイランだった。最も大事な最終Qでギアを上げ、開始早々に連続得点を挙げてリードを広げた。そんな嫌な流れを払拭したのが、またも香西だった。連続で3ポイントシュートを決め、あっという間に1点差に迫ったのだ。
その後は一進一退の攻防が続いた。香西のほか、丸山、鳥海、古澤も得点を挙げると、赤石はディフェンスでチームに貢献。相手を押し上げて、バックコートバイオレーションを奪ってイランの攻撃の芽を摘んだ。
そして最後に5人が見せたのが、やはりフィストパワーの威力だった。1人はバックコートへの侵入を許したが、それでも4人をフロントコートでつかまえてパスコースを消すと、イランの2人めがバックコートに走り抜けてパスを受けようとした瞬間にスティールに成功。すぐさまオフェンスへと切り替えた日本は、丸山がレイアップを決め、リードを広げた。
最後はファウルゲームにかけたイランの反撃をかわし、リードを死守。「最後までとにかく忍耐強く粘り強く」という指揮官の指示をしっかりと遂行した日本が、4大会連続での決勝進出を決めた。
これで2010年の第1回大会以来となるアジア王座奪還まで、あと1勝となった。迎えた決勝は、グループリーグで唯一の黒星、しかも2ケタ差という悔しい敗戦を喫した相手、韓国とのリベンジマッチとなった。“因縁のライバル”というにふさわしい壮絶な戦いのなか、ある選手の数年ぶりとなる復活劇がチームに勝利を呼び込むことになる――。
写真/越智貴雄・ 文/斎藤寿子