フランス・パリで10月18~22日に開催された「国際車いすラグビーカップ」(International Wheelchair Rugby Cup Paris 2023、以下IWRC)。アメリカ、カナダをはじめ各国が選手層の拡大を図る中、日本もパリ・パラリンピックとその先を見据えた新戦力の強化に努めている。世界のトップ8が集結した今大会で、フル代表デビューを果たしたメンバーがいた。海外のトッププレーヤーたちと対峙し、彼らが世界の舞台で感じたこととは――。安藤夏輝と草場龍治、2人の若き車いすラガーマンに迫る。
自分の思いに正直に向き合い、決断した道をまっしぐらに突き進むのは安藤夏輝だ。高校1年生のときに首の骨を折るケガを負い、数年後、地元・福岡で行われた車いすラグビーの体験会に参加すると、心が動いた。小学生の頃からアイスホッケーに励んでいた安藤は、その激しさに「自分が探していたものだ」と直感した。
車いすラグビーを本格的に始め、2019年には強化指定選手に選出。強化合宿に参加するなかで、パラリンピックに出場してみたいという思いを抱いた。福祉関係の仕事にも大きなやりがいを感じていたものの、世界で活躍する車いすラグビーの先輩たちの背中を追いかけるうち、仕事との両立に限界を感じた。ちょうどその頃、仕事関連の資格を取得したことが転機となった。この資格があれば、またこの仕事に戻れるかもしれない…そう思うと、気持ちがまっすぐラグビーに向いた。
「まずは自分が一番やりたいことをやろう。パラリンピックを目指したい」。競技に打ち込める環境を求め転職することを決意、そうして今年の夏、ラグビー中心の生活が始まった。
精力的に取り組んでいるのは、車いすのこぎ方だ。急ぐあまりに「こぎ幅」が短くなってしまい、思うように進めていなかったという。スピードを上げ、また、疲労の軽減にもつながると、「こぎ幅」を大きくすることに努めた。日本代表のトレーナーに動画を送り、フォームの調整も行っている。
大きな決断から2か月が過ぎ、チャンスが訪れた。日本代表としてIWRCに出場することが決まり「ついにきたか!」と気を引き締めた。ハイポインターとローポインターを組み合わせた「ハイローラインナップ」を強みとする日本代表にとって、一番障がいの重い、クラス0.5のローポインターである安藤の役割は大きい。安藤はいくつものラインナップに自身の動きをフィットさせ、コートを見渡しプレーの先を読みながら車いすをこぎ続けた。
初めての大舞台とは思えないほど堂々としたプレーを見せたが、予選ラウンド2戦目となるアメリカとの試合を終え、安藤の表情は冴えなかった。「コート内の声が通らない状況で試合をしたのが初めてで、会場の空気にのまれてしまいました。合宿でやってきたことができず反省だらけです」
聞けば、今大会で一番楽しみにしていたのが、このアメリカ戦だった。日本にとって“大事な試合”で対戦することの多かったアメリカ。これまで何度も動画で見てきたチャック・アオキ(米国代表のエース)や、ジェフ・バトラーといった選手を前にして「画面で見た人たちだ」と頭が真っ白になった。ペナルティーボックスを出るタイミングを忘れたほどだった。
それでも、32分(8分×4ピリオド)の試合時間のうち、12分39秒コートに立ち、「ミスもしっかり経験できた。今日できなかったことを修正すれば、チームとしても個人でもさらに戦えるところはある」と手応えを感じた。そして、学ぶ機会にしようと、海外勢同士の試合も食い入るように観た。世界トップレベルのプレーに、大きな刺激を受けた。スピード、チェアスキル、得点に絡むプレー…、世界との“差”を痛感した。と同時に、「このレベルで、日本代表として、戦っていけるようになりたい」と、胸が高鳴った。
「今回うまくいかなかった悔しさや課題、それらを乗り越えた姿を国際大会で見せたい」。この思いが今、安藤の原動力となっている。「パリ・パラリンピックの日本代表に選ばれるような選手になりたい」。アップデートした目標に向かって、成長スピードをあげていく覚悟だ。
「自分のスピードが世界にどれだけ通用するのか試したい」IWRCへの意気込みを聞かれた草場龍治は、迷わずこう答えた。
車いすラグビーを始めたのは3年前。「自分と同じ障がいがある乗松聖矢選手が日本代表として活躍しているのを見て、自分にも可能性があるなら頑張ってみたいと思った」。地元・福岡のクラブチームで、目標とする乗松とチームメートになった。
草場はクラス1.0のローポインターとして、世界トップクラスのスピードを誇る。持ち前のスピードは、自身初の国内公式戦となった2021年11月の日本選手権・予選でも遺憾なく発揮された。「育成合宿に呼ばれて、上を目指したい」(2021年)。「2028年のロス・パラリンピックで(乗松)聖矢さんと一緒に戦いたい」(2022年)。自身が定めた目標を上回る勢いで、一気に駆け上った。
なぜそんなに速く走れるのか、「自分でも分からない」と真顔で話す。コートの中で考えるのは、「絶対に自分に負けたくない」ということだ。「苦しくなった時こそ、もう一段階あげられる自信はある」。飛び級並みの成長の裏には、“根性”という文字通りの強い精神力と、誰も見ていないところでも決して手を抜かない実直さがある。
パラリンピックや世界選手権にも匹敵するレベルの今大会で、初の海外遠征にして、草場は初戦のスターティングラインナップという大役を任された。指名されて「自分ですか?」と、岸光太郎ヘッドコーチに思わず聞き返してしまったと言うが、スタートを任されたからには思い切りやってやろう、と試合に臨んだ。
ところが最初のプレーでいきなりの転倒。「ヤバい、やってしまった…」と、天井を見つめた。だが、この転倒によって「いつもの自分だ」と吹っ切れた。乗松と組むラインナップでは息の合ったコンビネーションプレーで相手を追い込み、1点を競り合う緊迫した展開でコートに出されても、表情ひとつ変えず必死にくらいついた。
全5試合、世界の強豪と戦う中で感じたのは、コミュニケーションの重要性だ。周りをしっかり見て、仲間とアイコンタクトをとること、2対2のディフェンスといった細かい部分でも2人の連係の中で動くことが大事だということを、身をもって経験した。
最大の目的だった“スピード”においても、収穫と学びのある大会となった。「最後まで走り切る、相手のハイポインターに脅威を与える、トライラインのギリギリまでディフェンスをする、という部分ではできたところもありました。大会を終えて感じたのは『スピードを活かすためには、チームの戦術や戦い方をもっと理解しなければいけない』ということです。試合中、これは合宿で練習したのと同じシチュエーションだ、と思いながら、考えすぎて体が動かなくなってしまい、中途半端なプレーをした場面がありました。迷っていては、スピードに乗ることもできません。迷わずにもっともっと持ち味であるスピードが生きるプレーをして、チームの戦力になりたいです」。
“世界”を経験した2023年、草場には新たな目標ができた。「仲間とみんなで切磋琢磨して、もっともっと日本のレベルを上げて、最後は自分もパリ・パラリンピック日本代表のメンバー入りを狙っていきたい」。
ひたむきな努力と向上心が拓いた、世界への道。不安を退け、失敗を恐れず、世界に全力で挑んだからこそ、新たな目標が見えた。その目標を達成し、次なるステージへと進む、新たな挑戦が始まっている。
写真・ 文/張 理恵