今年で54回目を迎えた伝統の防府読売マラソンが12月3日、山口県防府市で開かれ、実業団選手から市民ランナーまで約3,000人のランナーに混じり、日本ブラインドマラソン協会(JBMA)の強化指定選手たちも出走、42.195kmの国際公認コースに挑んだ。
7人が出場したIPC(国際パラリンピック委員会)登録の部男子は、高井俊治(D2C)が2時間29分25秒の自己新記録で大会3連覇を飾った。スタートから3位につけてマイペースを刻み、後半にペースアップして順位を上げた。
高井は「10月に故障して練習を少し休んだため、(大会前)約1カ月で仕上げた。レース序盤はいい集団を見つけてペースを維持。風が強かったが、走り込みの成果で終盤にペースアップできた」と会心のレースを振り返った。
今年は高井にとって躍進の年だった。2月には5日の「別府大分毎日マラソン」視覚障がい男子の部を初制覇すると、19日の「高知龍馬マラソン2023」で当時の自己新(2時間29分28秒)をマーク。8月の北海道マラソンを制覇後、両ハムストリングを故障したが、リハビリを経て練習復帰。11月にはクロカンの起伏で50㎞走などに取り組み、「距離と時間をかけて、もう一度作り直した」ことで後半に粘れ、自身初となる1年で2度の自己新につながった。
大きな転機もあった。高井は中学時代の、野球部の練習中の事故での外傷性視神経委縮による弱視だが、障がいが徐々に進み、今年4月のクラス分け検査でT13(軽度弱視)からT12(重度弱視)に変更になった。パラリンピックの視覚障害者マラソンは2008年北京大会から、それまで実施されていたT13が除外され、T11(全盲)と12が混合されて実施されている。クラス変更によって高井もマラソンでのパラ出場を目指せるようになったのだ。
とはいえ、持ちタイムでは同じくパリ出場を目指す堀越信司(NTT西日本)や和田伸也(長瀬産業)とはまだ開きもあり、「これからも1秒を大切に、自己ベスト更新を目指して頑張っていきたい」と、これまで通り地道な姿勢で挑み、「その先にパリがつながれば」と話す。
パラ出場は大きな目標だが、高井はもう一つライフワークとして「地域に貢献すること」も大切にしている。例えば、生まれ故郷の徳島県で正月の風物詩として知られる「徳島駅伝」に地元、三好市チームの代表として、高井は中学2年だった14歳から今年まで23回連続出場(市町村合併前の旧三好郡時代も含む)を果たしている。
「いつも地元の皆さんからたくさんの声援をいただいているので、私も駅伝などを通して少しでも地域貢献できるよう、パラアスリートとしてこれからも頑張っていきたい」と力を込めた。
2位には18秒差で、東京パラリンピック銅メダルの堀越が入った。スタートから飛び出し、40㎞すぎまでずっと先頭を走っていたが、最終盤で高井に交わされた。自己ベストから8分以上も遅い2時間29分43分のタイムに、「練習もしっかりできピークも合っていたのに、(失速の)理由が分からない」と悔しさをにじませ、連続出場を目指すパリパラに向けては、「あきらめることなく精一杯頑張り、必ず復活して結果を出す」と前を向いた。
3位 はマラソン3回目のT12、大石航翼(JBMA)た。2時間47分43秒の自己新をマークしたが、「目標は2時間40分だったのでかなり悔しい結果。(来年2月の)別大(別府大分毎日マラソン)でリベンジしたい」とさらなる成長を誓った。
「第24回日本視覚障がい女子マラソン選手権大会」も兼ねていた女子の部は、東京パラ金の道下美里(三井住友海上)などケガによる欠場者が出て、出場は5人にとどまったが、終盤に逆転劇も見られる熱戦となった。リオパラ5位入賞の近藤寛子(滋賀銀行)が3時間16分56秒で今年の日本チャンピオンになった。
T11の近藤は住谷卓也ガイドと走った前半は「思ったより入りの調子が悪く」4位につけて「体力を温存」。後半、永濱祐樹ガイドに交代後、「前のランナーが見えてきたタイミングでスイッチが切り替わった」と徐々にペースを上げ、「1人抜き、また1人と追いかけることが楽しくなり、気がつけば優勝だった」と防府読売マラソンでは初優勝となったレースを振り返った。
近藤はリオ大会後、故障や体調不良に悩まされた時期もあったが、マイペースで調整を続け、復調の手ごたえを得た。「ガイドとのチームワークや沿道からの応援も力になり、次につながるレースになった」と話し、2大会ぶりの出場を目指すパリパラに向け、「ここからです!」と意気込んだ。
2位は2時間17分28秒で自己記録を約4分縮めたT12の和木茉奈海(JBMA)。パリパラも見据え、「目標としていたタイムには惜しくも及ばなかったが、自己ベストを更新する走りができた。自分の課題と向き合って、来年はさらに成長した姿を見せられるよう頑張りたい」と話した。
3位には前半を奥村直樹ガイド、後半を高田裕之ガイドと2時間20分58秒で走ったベテラン、金野由美子(T11/JBMA)が入った。約2年ぶりのマラソンで、初の3時間15分切りを目指し35㎞まで2位と粘りの走りを見せた。「失速してからも諦めずに最後まで走り切れたので、次のレースに活かしたい」と前を向いた。
若手有望株の力走も印象に残ったレースだった。男子3位の大石は23歳で、今年4月のかすみがうらマラソンで初マラソンに挑み、8月の北海道を経て今大会まですべて自己新という伸び盛りだ。今回は前半から積極的に飛ばしたが、25kmから失速。「記録、内容とも到底満足できるものでない」と悔しさをにじませたが、序盤から怖がらずに積極的に攻めたことや苦しくなって以降もなんとか粘れたことは「いい経験であり、競技を続けていく上でプラスになる」と前を向く。
先天的な弱視の大石は中学・高校では陸上部で中長距離を専門としてきたが、大学では陸上から離れ、ロービジョンフットサルで日本代表も経験した。3年時に東京パラを見て自身の障がいの程度もパラ出場対象だと知り、再び走り始めた。JBMAの強化指定選手にも選ばれ、今年4月からは理学療法士として勤務する病院の理解も得て、仕事との両立を図りながらパラ出場を目指している。
「マラソンは走れば走っただけ結果につながる、継続が重要なところが魅力。周囲への感謝を忘れず、これからも精進していきたい」と気を引き締めた。体の使い方やケアなど職業の知識も活かしながら強化を重ねている。
女子2位の和木もまだ24歳。中学時代から陸上を始め、先天性の弱視のため高校2年から伴走者と走るようになった。「視覚障がいがあっても負けたくない」と健常者とも競い合えるマラソンに挑戦し、今年で6年目になる。
今大会は「前半から突っ込み、後半は耐える」を目標に、スタートから柳澤威臣ガイドとともに攻めの走りを見せ、後半のきつい局面も丸一晃子ガイドの絶妙な声掛けもあり、「粘り切れた」と手応えを口にした。「まだ(パリ)パラには遠いが、次は別大で3時間15分を切りたい」と意気込む。
着実な成長ぶりを示す二人はともに、パリやその先を見据え、さらなる進化が期待されるホープだ。
自己記録更新から世界での活躍も見据えながら、ブラインドランナーたちは一歩一歩、それぞれの高みに向かって走り続けている。
写真・ 文/星野恭子