10月に行われた第4回アジアパラ競技大会。車いすバスケットボール男子日本代表は、準決勝でイラン、決勝では韓国と、アジアのライバルたちを撃破し、2010年の第1回大会以来となる優勝を飾った。来年1月にはパリパラリンピックの切符をかけてアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)に臨む男子日本代表。その大一番に向けてチームの現在地が垣間見られたアジアパラをふり返る。
グループリーグで唯一の黒星を喫した韓国とのリベンジマッチ。3カ月後にAOCを控えているなか、チームとしては因縁の相手に二度も土をつけられることは絶対に避けたかったに違いない。その韓国との決勝は、イランとの準決勝に続いて激戦の様相を呈した。
「おそらく我慢の時間帯が続くはず」。前日、京谷和幸ヘッドコーチ(HC)がそう予想していた通りの展開だった。1Qは両者ともに一歩も譲らずに12-13。続く2Qはスコア上では19-27と引き離されかけていたものの、決して韓国に流れが傾いていたわけではなかった。1Qでは43%だった韓国のフィールドゴール(FG)成功率が、2Qを終えた時点では39%となっていたことからもそれは明らかだった。最も警戒すべき相手のエース、キム・ドンヒョンをわずか2得点に抑えるなど、ディフェンス面では成功していた。
リードを許した原因は、ただただオフェンスにあったと言っていいだろう。日本は2QのFG成功率が20%だったのだ。それでも1ケタ差に抑え、完全に相手の流れにしなかったのは、日本のディフェンスがいかに強いかを物語っていた。
3Qに入ると、さらに日本のディフェンスが機能した。開始早々にローポインターにレイバックシュートを決められたが、その後は約6分以上もの間、韓国に得点を許さなかった。その間、日本は苦戦しながらもじりじりと点差を詰め、残り4分でついに30-29と逆転した。すぐに連続得点を奪われて30-36と再びリードを許したが、準決勝で初披露した新ディフェンス“フィストパワー”で流れを引き戻し、35-38で3Qを終えた。
そして一進一退の攻防戦が繰り広げられた4Q、勝利を呼び込んだのは古澤拓也(3.0)と丸山弘毅(2.5)だった。大会期間中に調子を上げていた古澤は、3Qの終盤にコートに入り、この日最初のシュートを決めると、スタートから起用された4Qでは中盤に3連続得点でチームに勢いを与えた。
本人も「久々に東京の時の感覚を思い出した」と語っていたが、それは東京2020パラリンピック以来とも言える“シューター古澤拓也”の姿だった。ようやく復活の兆しを見せた古澤に対して、待ち望んでいた京谷HCもこう語った。
「ディフェンスが本当にいいので欠かせない一人であることに変わりはありませんでしたが、シュートに関してはずっと調子が良くなかったので本人もずいぶんと悩んでいました。それがこのアジパラの決勝という舞台であれだけシュートが入り、彼にとっては大きな自信につながったと思います」
しかし、韓国も最後まで粘りを見せた。残り1分半で3ポイントシュートを決め、45-45としたのだ。そんな激戦に終止符を打ったのが、丸山だった。武器とする0度からのシュートを決め、47-45。それは思うようにシュートを打つことさえできずにいた丸山が、この日唯一ネットに沈めた1本だった。
内容からすれば、チームとして決して誇れる試合ではなかった。イラン戦に続いて、日本の得点は40点台にとどまり、オフェンス面で課題が山積していることは言を俟たない。ただ、この韓国戦での勝利には、ようやく見えてきたものがあった。
近年の男子日本代表は若手が次々と台頭し、チーム内競争が激化したことで選手層が格段に厚くなった。スタメンとベンチとに実力の差はなく、誰が出ても、どのラインナップが起用されても、戦力が変わらない強さが日本にはある。
しかし、強度の高い試合において得点力という点では、指揮官から絶大なる信頼を得ていたのは、やはり長年日本代表をけん引してきた藤本怜央(4.5)と香西宏昭(3.5)のベテラン2人。東京パラリンピック後も、チームはその状態から脱却したとは言えなかった。
そのため、京谷HCはアジアパラを戦う意義の一つとして、こう語っていた。「藤本と香西のほかに、波がなくコンスタントに得点する選手が欲しい。アジパラでそういう選手が出てくることを期待したい」
結果的には大会全体を通して該当する選手はいなかった。しかし、韓国戦の4Qはコート上に藤本と香西がいないなか、平均年齢26.8歳の5人で凌ぎ、競り勝った。優勝という結果にも決して劣らないほどの大きな意味がそこにはあったと、京谷HCは見ている。
「チームの一番の課題という部分では、(コート上に)藤本と香西がいない中で最後勝ち切れたというのは非常に良かった。もちろん香西がチームに欠かせない存在であることは今大会でも証明済みで、藤本が戻ってくるAOCではラインナップも増える。そうしたなかでアジパラでああいう勝ち方ができたのは、チームにとって大きかったですね」
今大会の成果として挙げられるのは、やはりディフェンス面だろう。京谷HCも「90点台を与えてもいい」と語っているが、その手応えの大きさはスタッツからも見てとれる。
現在、アジアでは男子は日本、イラン、韓国が群を抜く存在だ。そんななか今大会では、イランと韓国の直接対決はなく、いずれも日本との試合にフォーカスした形となった。一方の日本は予選で韓国と同じグループに入り、さらに敗れて2位通過だったために準決勝でイラン、そして決勝でもう一度韓国と対戦した。つまりトップ3同士の直接対決は、日本が3試合と最も多かった。そんな厳しい条件だったにもかかわらず、全6試合での総失点は最少だった韓国の207に次ぐ208、1試合平均失点も同様に韓国の34.5に次ぐ34.7だったのだ。
なかでも強さを発揮したのが、準決勝のイラン戦だった。イランは6月の世界選手権では銅メダルを獲得した世界トップクラスの強豪。メンバーも12人中11人が世界選手権と同じで、新加入した選手が今大会ではチームのトップスコアラーだったことからも、フルメンバーで臨んだことは明らかだ。
特にオフェンス力に自信を持つイランは、今大会も1試合平均得点は74.3点と他を圧倒し、出場10カ国中最多を誇った。その得点力は世界レベルで、6月の世界選手権でも1試合平均得点は出場16カ国中4位の70.1点だった。そのイランを日本は、わずか40点、FG成功率28%に抑えた。
これがいかにすごい数字かは、世界選手権と比較するとよくわかる。まず、世界選手権でイランと対戦したチームの中で、唯一40点台に抑えたのは準決勝でのイギリスだった。しかし、そのイギリスも予選リーグでは59点を奪われ、イランのFG成功率は47.4%だった。さらに東京パラリンピックに続いて世界一の称号を手にしたアメリカでさえも、イランには74点、FG成功率は48.4%にのぼり、1ケタ差での勝利だった。
こうしたことからも、日本のディフェンスは“世界最強”と言っても過言ではないだろう。銀メダルを獲得した東京パラリンピックの時と比べても、精度の高さ、バリエーションの豊富さの両面で上回っているという自信が、チームには今ある。
だからこそ、課題の大きさも浮き彫りとなった。シュート力だ。京谷HCも「もっと意識を持って、しっかりとトレーニングしていかなければいけない」と語気を強めた。
アジアパラ後に初めて行われた12月の強化合宿ではシューティングコーチを招へいするなどして、今、男子日本代表はシュート力強化に余念がない。1月のAOCではパリへの切符はわずか1枚、さらに世界最終予選への切符も1枚だ。つまり、準決勝で敗れた時点でパリへの道は閉ざされる。そんな厳しさは過去最大と言っても過言ではない大一番、日本のシュートが炸裂するシーンが数多く見られることを期待したい。
写真/越智貴雄・ 文/斎藤寿子