過去最大の厳しい戦いとなるパラリンピックの切符争奪戦が刻一刻と近づいてきている。来年1月12~20日、タイ・バンコクで開催されるアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)だ。パリパラリンピックの予選を兼ねて行われる同大会に向けて、男子日本代表は12月1~5日、強化合宿を実施。3日には専門コーチを招へいするなどしてシュートにフォーカスされた合宿の一部を取材し、自力での切符獲得という意味では8年ぶりに迎える大一番を控えたチームの今に迫った。
10月に中国・杭州で行われたアジアパラ競技大会で、日本は準決勝で世界選手権3位のイラン、決勝ではグループリーグで唯一の黒星を喫した因縁のライバル・韓国からも勝利を挙げ、優勝。2010年以来3大会ぶりにアジア王座を奪還した。
そのアジアパラで、日本がつかんだものがある。一つは、ディフェンスに対する大きな手応えと自信だ。京谷和幸ヘッドコーチ(HC)も高く評価している。「ディフェンスに関しては90点くらいあげられるかなというくらい頑張って粘り強く、辛抱強くやってくれたなと。集中力を持って40分間やりきれる力がついたと感じています。その結果として優勝というチームの目標を達成したという部分で、AOCに向けて弾みがつきました」
その一方でチームが抱える大きな課題が浮き彫りとなった大会でもあった。シュートの決定力だ。最も顕著だったのは、グループリーグ第2戦の韓国戦で、韓国のフィールドゴール(FG)成功率が42%だったのに対し、日本は21%。3ポイントシュートにおいては12本を打って1本も決めることができなかった。
この試合、日本にはあることが起きていた。“2本柱”がコート上にいなかったのだ。1人は、04年アテネから5大会連続でパラリンピック出場を誇る最年長40歳の藤本怜央(4.5)。ドイツリーグでプレーしていることもあり、今回のアジアパラへの招集は見送られていた。もう1人は、08年北京から4大会連続でパラリンピックに出場の香西宏昭(3.5)。今大会はチーム最年長としてメンバー入りしていたが、直前に左肩を負傷し、グループリーグの最初の2試合は出場しなかった。
長い間、男子日本代表の顔としてプレーしてきた彼ら2人が、重要な日韓戦にいずれもコートに姿を現さないというのは、少なくともこの10年間では一度も目にしたことがなかった光景だった。しかし、だからこそ日本にとっては大事な一戦とも言えた。特に得点力においては2人の存在は未だに大きく、試合の強度が高ければ高いほど、彼らは威力を発揮する。その彼らに並ぶ若手の台頭を、京谷HCは強く望んできた。日本がさらに強くなるために、そして強くあり続けるためにはどうしても必要だからだ。
「藤本、香西のように、コンスタントにシュートを決める選手が出てくることを期待しています」。アジアパラ直前、京谷HCはそう語っていた。しかし、それぞれに成長の跡や復活の兆しなどは見えたものの、指揮官の期待に十分に応えるだけの選手は現れなかった。ある選手は日本のシュートがリングに嫌われ続けた予選の韓国戦中、こんなことが頭をよぎったという。
「2人がいなくなったら、日本は誰が点を取るのだろうか……」。指揮官はもちろん、同じように危機感を抱いた選手は少なくなかったに違いない。
「一にも二にもシュート力。選手たちがしっかりとこのことに向き合うかが大事になってくる」と決勝後に語っていた京谷HCは、その言葉通りアジアパラから1カ月後に行われた12月の強化合宿ではシュートをテーマとした。合宿3日目には、シューティングスキルの指導を専門とするの関谷悠介コーチを招いて講習会も行われた。
実は関谷コーチが男子日本代表のコーチングをするのは、今回で2回目。東京パラリンピック前、19年にも一度、行ったことがあった。そして当時個人でも指導を受けていた香西はこう語る。
「もともと僕自身、シュートを決めたいのに入らなくて、どうしたらシュートって入るだろうというところからスタートしていて、関谷さんのおかげでヒントを得ることができました。ただ、今も悩むことがあるのは同じです。シュートなんて急に入るわけはなくて、感覚を自分の中に落とし込むのは時間がかかる。だからとにかく反復練習をするしかないと思っています」
今や世界トップクラスのシューターであるベテランの香西でさえ、道半ばにあるという。それだけシュートを安定的に決めるというのは至難の業なのだ。“水もの”とはよく言われるが、関谷コーチもシュートが入らない事態は常に起こり得ることだと語る。
「例えば朝と夜、食事前と食事後、あるいは体調によっても人の感覚は常に変わります。それに加えて試合では会場も違えば、当然、緊張感や高揚感など練習とは違う心境が生まれてきます。それによって感覚にズレが生じてくることはあり得ること。だから私はシュートタッチが変わらないようにするのではなくて、変わりやすいということをベースにして練習することが大事だと思っています。必要なのは自分自身の基準となる“いつもの感覚”。これさえ持っていれば、シュートを打っていくうちにズレを修正することができるんです」
そこで、手のひらでのボールの転がりやスピード、リングに対する体や手首の向き、そしてリリースする瞬間の指先など“いつもの感覚”を磨くうえで、大事な要素を伝授。そのうえで選手それぞれに合った“いつもの感覚”が模索された。
19年以来となった関谷コーチの講習に、京谷HCも手応えを感じたようだ。「この短時間でシュートの技術を格段に上げるということは難しいでしょう。ただ、意識づけとして何かいいきっかけになってくれればなと。いつまでたっても藤本、香西に頼らざるを得ないというチームではダメですからね。きっかけさえつかめば、という選手たちはたくさんいます。そういう意味では、今回専門家の関谷さんに改めて教えていただいたことで、みんな意識が変わったかなと。ただ大事なのは合宿以外のところでやれるかどうかです」
3大会ぶりに王座奪還を果たしたアジアパラでチーム最長のプレータイムを誇ったのが、鳥海連志(2.5)だ。リバウンド(59)、アシスト(56)、スティール(23)の3部門でもチーム最多の数字を残した。初戦のクウェート戦では16得点、13リバウンド、13アシスト、11スティールでクアドルプルダブルという快挙を達成。そのほかトリプルダブル1回(タイ戦)、ダブルダブル1回(決勝・韓国戦)とまさにチームの中心的役割を担った。
だが、鳥海自身の理想にはまだ到達していない。アジアパラはそのことを痛感する大会だったと振り返る。「アジパラは僕たち若いメンバーがいかに自分たちで乗り切れるか、それが試される大会だというふうに僕自身は位置づけていました。そうしたなかでディフェンスは東京の時よりも格段に成長していることを感じることができました。一方でオフェンスは地力が足りないことを痛感しました。僕自身、まだまだ課題があるなと」
最大の課題として浮き彫りとなったのは、シュートの決定力だった。今大会は試合によって波が大きく、特にグループリーグでの韓国戦、準決勝のイラン戦と強度の高い試合ではいずれもFG成功率は10%前後にまで落ち込んだ。全6試合での被ファウル数がチーム最多だったことからも、鳥海へのマークは確実に厳しくなっており、タフなシチュエーションは少なくなかっただろう。だが、そのタフショットを決めていく力がこの先、必須となる。世界最高峰のファイナルを経験した鳥海には、それが痛いほどわかっているに違いない。
東京パラリンピックで日本は、男子ではアジア勢初の銀メダルを獲得した。しかし、それで終わりということはない。銀メダルを獲得したからこそ、日本には新たな使命が生まれた。東京での快挙を一過性のものにしないことだ。現在、日本が掲げる目標「2大会連続でのメダル獲得」は、その使命に対する決心の表明でもある。
鳥海自身もまた東京パラ直後から言い続けてきたことがあった。「勝ち続ける姿を見せる」――それは2年経った今もまったく変わってはいない。そして、さらなる高みを目指す彼が東京パラ後に取り組み始めたことの一つが、まさにシュートだった。
「これまでは自分がガツガツと点を取りにいくのではなくて、ガードとして僕以外の4人の力を120%引き出すためにはどうすべきかということをメインに考えながらプレーしていました。でも、今は僕自身もシューターの一人にならなければいけないと考えています。ガードである自分がシュートを決めていければ、より周りを生かすことができる。だからアウトサイドのシュートをより積極的に狙いにいくという部分は、東京の時とは違うマインドでプレーしています」
ガードとして選択すべきシューターが4人ではなく、自分自身を含めた5人であれば、それだけチームとしての得点力が上がり、戦略のバリエーションも増えるというわけだ。実際、鳥海のプレーに変化が見て取れたのは、今年5、6月に約2週間にわたって行われたヨーロッパ遠征のことだ。アウトサイド、とりわけ3ポイントシュートの成功率が格段に上がっていたのだ。そのことについて訊くと、鳥海はこう振り返った。
「あの時はボールの質とかリングやボード、いろいろなものの感触がすごく自分に合っていたので、ある程度確率良く3ポイントを決めることができました」。そして、こう続けた。
「ただその一方で、アジパラでは3ポイントをあまり決めることができなかったし、シュートの本数自体増やすことができずに終わりました。ガードとしての自分が、自分にシュートを打たせるという選択ができなかったんです」
オフェンス時、鳥海には“司令塔”と“得点源の一人”という二役の自分が存在する。アジアパラでは“司令塔”の自分が信頼してボールを預けるだけの“得点源の一人”である自分にはなれなかったという。「これまでずっとシュートが課題としてあるとわかっていながら、もしかしたら周りを使うというプレースタイルに逃げていた部分もあったのかなと。今は、しっかりと向き合おうと思っています」
華麗なプレーでファンを魅了してきた鳥海だが、規格外とも評される彼のパフォーマンスは、まだまだこんなものではないのだろう。果たしてAOCでは、どんな姿を見せてくれるのか。いずれにしても、日本の明暗を分ける重要なプレーヤーの一人であることは間違いない。
さて、チームは年明けにも最後の強化合宿を経て、本番に臨むことになる。「チームとしてAOCまでにやれることはすべてやったと思っています。今さらジタバタしても仕方ない。あとはやってきたことをやる。それだけです」と京谷HC。“負けられない戦い”の幕開けは、もうすぐだ。
写真・ 文/斎藤寿子