214。これは、2023年10月に中国・杭州市で開催されたアジアパラ大会での中国の金メダル獲得数だ。自国開催であったことを差し引いても、2位のイランの47個、3位の日本の42個と比較すると、いかに中国のパラスポーツの強さが群を抜いているかがわかる。
その背景には、国家をあげてパラスポーツの強化を推進する中国の基本方針がある。中国障害者連盟広報部の王宏偉副部長は、大会開催中に開かれた記者会見で、こう話した。
「中国代表は東京パラリンピックで大きな勇気を見せ、5大会連続でメダル獲得数でトップになりました。北京冬季パラリンピックでも金メダル、総メダル数で1位になり、今回の(杭州)アジアパラ大会でも勢いを維持しています。スポーツは、中国の障害者の幸福を大いに促進しており、これは中国での人権の発展を鮮やかに反映しています」
杭州アジアパラ大会は、中国の政策大綱である第14次五カ年計画の中でも重要なものとして位置付けられ、特に公共サービス分野の質の改善に良い結果をもたらしたという。王氏によると、リハビリテーションを必要とする人へのカバー率は85%を超えた。農村部に住む710万人の障害者は、貧困から脱出することができた。障害者への基礎年金制度の補償率は90%以上、義務教育の就学率は95%を上回ったという。過去5年間で、大学には1万人以上の障害者が入学したともアピールした。
ただ、政治・経済の分野では、中国が公表する統計には常に疑問の目が向けられている。正しい統計であるかの確認は難しく、鵜呑みにはできない。その一方で、日本以上の格差社会である中国で、パラスポーツは障害者にとっての希望であることもたしかだ。
カヌー女子カヤックシングル200メートル(運動機能障害KL1)で優勝した謝毛三は、中国の農村部に生まれた。幼少期は歩くことができず、四つん這いで生活していた。アジアでは、障害を持っている人は「前世の行いが悪かった」と考える国も多い。謝毛三も、親戚や友達から見下されることが多かったという。
転機が訪れたのは2015年だ。中国国内でパラカヌーの選手を探していることを知り、29歳で代表チームに入った。年齢を重ねてからの挑戦だったが、2021年の東京パラリンピックで5位に入賞。そして、杭州アジアパラ大会で王者となり、次は今年開催のパリパラリンピックに照準を合わせている。
中国のパラスポーツの強さは、こういったところにある。選手層が薄い競技に、適性のありそうな人を探し、集中的なトレーニングをする。それが、組織的に運営されている。
筆者は、2017年に中国のパラスポーツ専門のトレーニングセンターである「広州市障害者スポーツセンター」を訪れたことがある。
広州市が所有するこの施設の敷地内にはテニスコートや体育館、400メートルトラックのある運動場、水泳競技の施設などが整備されている。日本でイメージすると、都道府県が所有している総合体育施設を思い浮かべてもらうといいだろう。
日本と異なるのは、一般人は利用できないことだ。まれに、オリンピックの中国代表チームが広州市に来た時に、練習施設として提供されるぐらいだという。ふだんは、高いレベルを目指すパラアスリートのみが使用できる専用施設だ。
中国の強さとしてよく指摘されるのは「軍隊方式」と呼ばれるほどの厳しく、徹底した練習だ。施設では、時には午前、午後、夜の三部練習もこなす。
その対価となるのが、メダルを獲得したときの報奨金だ。中国のあるパラリンピック関係者は、金メダリストには「数千万円の報奨金が支払われる。これだけの練習に耐えたのだから、当然の報酬だ」と話す。
「アメとムチ」だけではない。選手を支えるためのバックアップ態勢も充実している。広州市のパラリンピック関係者は、こう話す。
「施設には常駐の医師のほか、マッサージ師も選手の体のケアを手伝っている。特に食事には気をつかっており、もちろん選手の負担はなく、すべて無料です」
選手たちは、敷地内にある10階建てのオフィス兼宿舎で寝泊まりしている。取材に行った時は、選手だけで約200人、13歳の選手も入寮していた。宿舎から練習場までは徒歩で行ける距離で、毎月の給与も支給される。選手は競技にだけ集中できる環境だ。
トレーニングジムやビリヤード場などのレクリエーションコーナーもあり、車いすなどの高額なスポーツ用具も国や省が支給してくれる。
さらに、中国代表になるためのチームに入ると、より高度なトレーニングを受けることになる。中国体育代表団の勇志軍副事務局長は、こう説明する。
「中国の代表チームに加わるために、アスリートは大会に出ることでポイントを獲得し、最高の者が選ばれます。私たちは、中国の栄光を勝ち取るための平等な機会が与えられるよう、平等かつ公平な選考プロセスを備えています。このプロセスについて、アスリートから不満が出たことはありません。すべてのアスリートが幸福です。彼らは、国の名誉を得るための名誉と幸福を楽しんでいます」
日本と中国では、国の制度や文化が異なる。中国のシステムをそのまま日本に移行しても、うまくはいかないだろう。一方で、中国では幅広い層から選手を集め、選考に通ればトレーニングに専念できる環境が整えられている。練習場や遠征費用の確保で苦労することの多い日本の選手とは、スタートの時点から差がある。長い時間をかけて「パラスポーツ大国」を築いた中国との差を縮めるのは容易ではない。
写真/越智貴雄[カンパラプレス]・ 文/西岡千史