1月12日、タイ・バンコクで車いすバスケットボールのアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)が開幕。パリパラリンピック、世界最終予選の出場権をかけて男女ともに熱戦が繰り広げられている。
東京2020パラリンピックで銀メダル、22年には男子U23世界選手権で日本の車いすバスケ界にとって史上初となる金メダルに導いた京谷和幸ヘッドコーチ(HC)が率いる男子日本代表は、大会4日目、15日には世界選手権銅メダルのイランと対戦。65-74で敗れはしたものの、そこにはこれまでにはなかった大きな収穫があった。絶対に負けられない決勝トーナメントに向けてカギを握る一戦を振り返る。
5試合ある予選プールのちょうど中間地点、チームの今後を占う意味でも非常に重要とされたイラン戦で大きく躍進を遂げた選手がいた。東京パラリンピック後に台頭してきた丸山弘毅(2.5)だ。
昨年10月のアジアパラ競技大会で公式戦の代表デビューを果たした丸山が、ライバルとされる強豪国相手の試合で大事なスターティング5に名を連ねたのは初めてだ。きっかけは今大会初戦での赤石竜我(2.5)の負傷だが、決して単なる“代理”ではなく、訪れたチャンスをしっかりとものにした実力が買われての先発出場だった。それは、指揮官のこの言葉からも明らかだ。
「赤石に関しては昨日(予選プール第2戦の中国戦)も出場した通り、プレーできないことはない。ただやっぱり最も大事な決勝トーナメントに向けて決して無理はさせたくなかったので、今日は出さないと決めていました。そのなかで丸山だったわけですが、彼自身、昨日も良かったし、今一番乗っている選手。そんなホットな選手を使わない手はないということで起用しました」
その丸山のほかは、キャプテンの川原凜(1.5)、鳥海連志(2.5)、秋田啓(3.5)、髙柗義伸(4.0)というアジアパラからの不動のメンバーで臨んだ1Q、まず最初の指令が遂行された。モルテザ・アブディ(3.0)のリーチの長さを生かしたゴール下からの得点を防ぐことだ。言わずもがなアウトサイドからのシュート以上に確実性が高く、初戦では17得点、第2戦では20得点と、いずれもアブディがトップスコアラーとなり、チームを勢いづけていた。
そのアブディを徹底的にマークし、ほかの選手にアウトサイドを打たれても彼へのインサイドケアを最優先とした。そんな日本の強固なディフェンスにまったく対応することができなかったアブディは、結局一度もゴール下を制することができず、さらにはボールを持つことさえもほとんどできないまま、1Q残り2分で早くも交代。日本は最初のミッションを見事にクリアした。
さらにこの日、日本が見せた強さはディフェンスだけではなかった。1Qでまず先陣を切ったのは鳥海(2.5)だ。東京パラリンピック後、「自分が確率よく決めることで、さらに味方の得点シーンを作り出すことができる」と、自身の役割にポイントガードとしてのシュートを掲げ、アウトサイドシュートに磨きをかけてきた。「ガードの自分が信頼して託すくらいのシューターになる」という理想にはまだ到達していないとしながらも、フィールドゴール(FG)、フリースローともに50%の確率で決め、1Qの11得点中7得点を一人で叩き出した。
これには京谷HCも「鳥海がしっかりと得点を取ってくれたことで、相手のディフェンスも崩すことができたし、試合の入りとして非常にいいリズムを作り出してくれた」と称えた。1Qは11-15とリードを許したものの、日本は攻防にわたって手応えを感じたスタートを切っていた。
続く2Qでは、オフェンス力でイランを上回った。先頭に立って得点を挙げたのは、チーム最年長40歳の藤本怜央(4.5)、そして丸山だった。藤本は2本の3ポイントシュートを含めて4本すべてのシュートをネットに沈めて10得点。一方の丸山は、1Qのはじめは3本連続で外していたが、特に気にはなっていなかったと言い、「そのうち入るだろう」とオフェンスのことはほとんど頭にはなく、ディフェンスに集中していたという。
それが繊細なメンタルの持ち主である丸山には功を奏した。委縮することなく、しっかりとシュートを打ち続けることができたからだ。その結果、1Qで最初の1本を決めると、2Qでは5本中5本と、藤本同様に100%の確率で決めてみせた。
そして2Qの最後に待っていたのは、“藤本劇場”だった。残り12秒でイランのシュートが入り、スローインした時にはすでに残り5秒ほどしかなかったが、イランは一瞬、気が緩んだのだろう。ベンチからは指揮官が慌ててプレスの指示を出したが、バックコートに戻りかけていた選手たちは上がり切れずに中途半端なディフェンスとなった。これはトランジションを重視した現在の日本には見られないミスだろう。もし接戦での4Qであれば、命取りになっていたはずだ。
このイランの隙を日本が見逃すことはなかった。香西宏昭(3.5)からのスローインを鳥海が受け取り、ディフェンス3枚を引き寄せると、フリーの状態となった藤本にボールが託された。そして藤本が放った3ポイントシュートは、美しい弧を描いてリングへと向かい、ブザーと同時にネットを揺らした。これは決して奇跡のシュートではない。20年間という長い月日、藤本が積み重ねてきた確かなスキルによってなせる技だった。
2Qは22-19とイランのスコアを上回り、33-34と1点ビハインドで試合を折り返した。試合の前半、チームのFG成功率はイランが37%に対し、日本は48%。日本は攻防ともに確かな手応えを感じていたに違いない。そして、この時点では後半に強い日本に分があると思われた。
ところが、後半は予想とは違う方向に進み、結果は65-74と引き離されての敗戦となった。4Qに限って言えばスコアも18-15と上回るなど、イランを追い詰めており、終盤での強さは垣間見えた。
しかしこの試合で唯一、相手に流れを渡した時間帯があった。3Qの10分間だ。序盤に連続得点を許すと、中盤は競り合ったものの、ハーフコートに引いたディフェンスに切り換えた終盤に2本の3ポイントを含め、次々とシュートを決められて一気に引き離された。
この3Qの攻防で、京谷HCが最大の課題として指摘したのは序盤での連続失点だ。
「1Qと同じく、(ハーフタイム明けの)3Qの入りが全体の流れをつくる。そのなかでどっちが先に得点するかとなった時に、この試合ではイランだった。そこで悪い流れを作ってしまったことが最大の要因」
結果は9点ビハインドの敗戦。ただ、試合全体のFG成功率はイランの43%と変わらない42%。イランの得点に大きく影響していたと感じられた3ポイントシュートも、アテンプトは日本の約2倍だったものの、決めた本数はイランが6本、日本は5本と変わらなかった。逆に確率ではイランが33%だったのに対し、日本は50%と高確率で決めている。さらにフリースローの本数や確率、ターンオーバーの数もまったく同じだった。
この試合で改めて明らかとなったのは、実力はどちらが勝ってもおかしくはないほど拮抗しているということだ。だからこそ京谷HCが指摘した通り、1Qそして3Qのスタートが、勝敗を決定づける重要ポイントになり得るということが証明された一戦でもあった。
一方で東京パラリンピック後、最大の課題としてきたシュートの決定力という点で、大きな成果が得られた試合でもあった。東京パラリンピック以来の公式戦となったアジアパラでのイラン戦では不振に終わった鳥海が、40分フル出場したうえでFG成功率41%、チーム最多の19得点。さらに12リバウンド11アシストとして、トリプルダブルを達成し、大黒柱としての存在感を示した。
そして新たに加わった戦力として、丸山の活躍はチームにとっては何より大きい。FG成功率47%、鳥海に次ぐ16得点と躍動した。ディフェンスが課題とされ、その点では同じクラスの赤石にはまだ及ばない。だが、得点力という点では赤石のほか、チームメイトに大きな刺激を与える存在となったに違いない。
アジアパラ前から藤本と香西以外にも得点源となる選手の台頭を待ち望んでいた京谷HCも「決勝トーナメントに繋がる」と喜びを口にした。あとはベテラン勢と同じように、毎試合コンスタントに得点を挙げられるかが重要となる。
さて、予選プールは16日に第4戦を迎え、日本は地元タイに快勝。これで2勝2敗とし、17日には予選最終戦となる“日韓戦”に臨む。決勝トーナメント前の集大成の場でもあり、注目の一戦となる。果たしてパリへの道をどう切り開いていくのか。クライマックスの瞬間はもうすぐだ。
写真・ 文/斎藤寿子