ブラインドサッカーのトップリーグLIGA.i (リーガアイ)2023の最終節となる第3節、全2試合が昨年12月17日、東京・墨田区のフクシ・エンタープライズ墨田フィールドで行われた。第2試合でfree bird mejirodaiがbuen cambio yokohamaに5-0で勝利して大会通算3戦全勝となり、LIGA.i初制覇を果たし、銀のシャーレと賞金30万円を手にした。
Free birdは強かった。日本代表強化指定選手を多数擁するなど選手層も厚く、攻守にわたってその力を見せつけた。2戦全勝で迎えたこの日は、前半2分に鳥居健人が先制すると、園部優月も同14分に追加点を挙げ、前半を2-0で折り返す。後半は1分で鳥居が3点目を決め、さらに同5分に園部が、同14分に永盛楓人がゴールを重ねた。守備でも相手にシュートチャンスをほぼ与えず、圧倒した。
この日、free birdのゲームキャプテンを務め、2得点と活躍した鳥居健人は初制覇の要因をこう話す。「去年は準優勝で、本当に悔しい思いをして、それが僕個人にもチームにもバネになった。去年以上に強い思いで初戦から臨み、自信をもって(優勝を)取りに行くつもりで戦っていた。優勝はそういう思いで頑張った結果です」
タイトル奪還への思いを胸に練習も充実したからだろう。鳥居は「個人のレベルが上がった。若手が力をつけ、ベテランも『もっと上を』とチーム内でお互いに向上心をもちながら、いい流れができている。目標とする、『全員が攻めて守れるチーム』に近づいている」と胸を張った。さらに、パリパラリンピックも控える来季の目標として「LIGA.i連覇」を挙げ、「国内大会がしっかりしていくからこそ、日本代表もさらに強くなっていくと思う。全力で挑み、チームとしても個人としても結果を出したい」と意気込んだ。
山本夏幹監督も、「後半3-0とリードした段階で勝負あったと思ったが、トップリーグでしっかり勝ち切ることにこだわった。去年2つ(のタイトルを)逃したので、我々がトップだと、ここできっちり見せつける試合を見せたかった」と話し、「今季は主力がケガで抜けることもあったが、若手がチャンスに変えて戦い、結果を出せたのはポジティブな成果」と選手層の厚みを勝因のひとつに挙げた。
大会個人賞でもfree birdの選手が総なめ。得点王は通算3得点の園部が、最優秀選手賞は永盛が、TANAKA Great Effort Awardはゴールキーパーの泉健也がそれぞれ受賞した。
第1試合では前回覇者のT.Wingsが意地を見せた。前半5分に山中優汰が、後半10分に菊島宙がゴールを決めてパペレシアルを完封。前節でfree birdに敗れており、大会連覇は逃したが、2位を死守した。
菊島充監督は勝因として、パペレシアルのエース、川村怜に集中してマークをつけ攻撃を封じた守備を挙げた。さらに先制ゴールの「山中がよかった。今すごく伸びている選手で、中盤でボールを持ってもなかなか離れず、相手とぶつかってもキープできることが一番の強み」と評した。
山中はLIGA.i自身初得点だった先制点について、「落ち着いてボールを持てていたので、自分の頭の中と合っていれば、一人交わしてゴールに入ったのかなと思う」と話し、「選手数が減ったというチーム事情もあり、『自分がやらなければ』という気持ちがこの1年すごく芽生えた」と今季の活躍を振り返った。
実は山中は視覚障害のない晴眼の選手だ。ブラインドサッカー(ブラサカ)は国際大会には全盲の選手しか出られないが、国内大会は「誰でも参加可能」というローカルルールで運営されている。山中以外にも多くの晴眼選手が活動している。
山中はさいたま市の介護専門学校生だった3年前、「障害について学びたい」と思い立ち、中学時代にサッカー部だったことから、同市拠点のT.Wingsに練習参加を申し入れたことがブラサカを始めるきっかけだったという。
「最初は難しくて何もできず、サッカーを始めた頃の気持ちを思い出した」が、練習によって上達を感じ「成長過程が分かりやすくて面白い」とハマった。見えずにプレーする怖さは「今でもある。でも、それではトップリーグではやっていけない。自分よりもはるかにレベルが高い選手と対峙するには気持ちで負けないことが大事」と力強い。
パラリンピックは目指せないが、「晴眼選手のなかでトップレベルでありたい」と話し、チームメイトの元男子日本代表、加藤健人や現女子日本代表の菊島とともに「3人でチームを引っ張り、晴眼者ももっと巻き込んでいきたい」と意気込む。
今年は4月から社会人になり、チーム練習には「月1~2回、参加できればいいほう」で、3月には利き足の右ひざ半月板も損傷するなど練習不足だったと明かしたが、7月のLIGA.i開幕には「ギリギリ間に合った。2年間で積み重ねた基礎をしっかり出せるように」と強い気持ちで臨んでいた。「ブラサカは(障害の有無に限らず)誰でもできるスポーツであることが魅力。『目の前を意識する』のはブラサカも普通のサッカーも同じ。晴眼者は11人制のサッカーもフットサルもできるが、ブラサカも選択肢の一つになるよう、もっと魅力を伝えていきたい」と力を込める。
チームには今季、体験会参加をきっかけに大学生の晴眼選手2名が新加入した。山中は「伝えられることは伝えてチーム力向上を目指したい」と言い、菊島監督も「サッカー経験者だし若いので、(ブラサカに)慣れてくれれば」と期待を寄せ、「来年はまた、トップを取ります」と前を見据えた。
LIGA.iは昨年、「一つ先の新リーグ」として創設された。競技力や組織運営力など要件を満たしたチームだけが出場でき、今季は初年度と同じ4チームが参加。チーム事情がそれぞれ異なるなか目標設定し、日頃の練習成果を発揮する場となったが、国内のクラブチーム事情も垣間見せた。
たとえば、練習回数は「毎週末1〜2回」が大半で、「平日3回」というfree birdは異例という。また、選手数は全体的に少なく、T.Wingsやbuen cambioのように晴眼の選手を多数擁するチームも多い。「誰でもプレー可」というブラサカのユニバーサルな競技性を示す点ではあるが、仕事や所用などでチーム全員が集まらない日も多く、「試合形式の練習は難しい」という声も聞かれた。日本代表などの強化指定選手たちは合宿や遠征もあり、個人練習としてはプラスだが、クラブチームとしては人数が欠けてしまう。
練習場所の課題もある。free birdは筑波大学附属視覚特別支援学校の生徒やOB主体のチームなので同校施設が使え、パペレシアルは拠点とする品川区の学校施設などを利用できるという。だが、buen cambioは週末1回という練習場所は土のグラウンドが基本であり、齋藤悠希は「(芝のピッチ)とは環境が違う。たまにフットサルコートも使うが、費用がかかる」と話す。
もう一つ、練習環境の大きな課題は「サイドフェンス(壁)」だ。ブラサカの攻防に壁は重要で、意図的にボールをぶつけ、はね返りをプレーに生かしたり、壁際に追い込んでボールを奪ったりする。選手が壁に触ることで空間認知に役立てる側面もある。T.Wingsは昨季、選手たちで資金を出し合い、サイドフェンスを片面分だけだが購入したことで練習の質が上がったという。
だが、高価なことや、収納や移動などの課題もあり、自前の壁を持つチームは珍しく、「試合が唯一の壁を使ったプレー機会」というチームも少なくない。buen cambioの齋藤は、「壁の有無で(練習の質は)大きく違う」と話す。ロープを張ったり、ライン際にスタッフが立って声を出す「人壁(ヒトカベ)」を使ったりするが、「壁がないと1回ごとにボールが流れて練習が切れてしまうし、人壁では衝突してケガをさせないよう遠慮するので強度も上げにくい。練習にはいろいろ工夫が必要」と苦労を話す。
とはいえ、齋藤は「LIGA.iができて試合機会が増え、とくに強いチームと高レベルの試合ができるようになり、選手のモチベーションもあがった。もっと多くのチームにも挑戦してほしい。ブラインド選手を集めるのは難しく、うちも晴眼のスタメンが2人。他チームにとって目標にしやすいチームとして頑張る使命感を持っている。LIGA.iではまだ勝てていないが、来季また出られるなら、次こそは狙っていきたい」と意気込んだ。
なお、LIGA.iは基本的に有料開催されており、主催する日本ブラインドサッカー協会によれば、2季目最終節は全席有料開催の国内大会としては初めて前売り券での完売を記録したと言い、505人が熱戦を見守った。
来季はまた、どんなチームが観客を驚かせ、楽しませてくれるだろうか。連覇か返り咲き、あるいは新王者誕生や新チーム参戦もあるのか。興味は尽きない。
写真・ 文/星野恭子