4年に1度開催されるアジアのパラスポーツの祭典「アジアパラ競技大会」。前身の大会であるフェスピック(極東・南太平洋身体障害者スポーツ大会)は日本が発祥で、1975年の第1回大会は大分県別府市、1989年の第5回大会は神戸市で開催された。2010年に現在の名称になり、次回の第5回大会は2026年に愛知・名古屋を中心に開催される。
同時期に開催されるアジア大会とともに、この大会はオリンピック・パラリンピックのアジア版ともいえる。一方、オリンピック・パラリンピックには採用されていない競技もあり、見る人を楽しませる。
昨年に中国の杭州市を中心に開催されたアジア大会では、囲碁が3大会ぶりに正式競技として採用され、白熱の戦いを繰り広げた。芝野虎丸名人、一力遼棋聖、井山裕太王座ら最強の布陣で挑んだ団体戦では銅メダルを獲得。女子団体も同じく銅メダルを獲得した。
アジアパラ大会では、囲碁に加えてチェスも2018年から正式競技に採用されている。
アジアパラ大会のチェスのルールは、一般のチェスと同じ。ただ、使用されているボードには工夫がほどこされていて、マス目の真ん中に穴があいている。駒にも底に突起があるので、手でそれを触りながら確認し、次の一手を打つ。また、相手と自分の駒が区別できるように、頭の部分に突起がついているものと、ついていないものがある。持ち時間が少なくなってくると、徐々に手探りで駒を動かすスピードも高まっていく。両手の指をしなやかに駆使しながら駒の配置を決める動作は楽器を操る演奏者のようだ。
チェスの視覚障害で参加したアブドゥラシド・アリムカノフ選手は、1948年生まれの75歳(当時)。10代の頃にチェスを始め、現在もカザフスタンのチェス代表チームに名を連ねている。予選で対峙したのは、中国のワン・チーチェン選手だ。彼は2008年生まれの15歳(当時)。実に、歳の差60歳の対決となった。試合はワン選手が勝利したが、これほどの年齢差のある対決を見ることができるのも、頭脳を駆使したボードゲームの面白さだ。
ただ、気になることもあった。杭州大会のチェス競技には、13カ国80人がエントリーした。チェスはおもに東南アジアで人気が高く、囲碁や将棋以上に国際的な競技だ。ところが、チェスに出場した日本の選手はゼロ。理由としては、視覚障害者向けのチェスのボードが、日本国内ではほとんど流通していないからだという。2026年大会の愛知・名古屋大会でも、残念ながらチェスと囲碁は正式競技から外れる予定だ。
日本国内では、将棋は視覚障害者向けの全国大会があるほど盛んだ。将棋とチェスは親戚同士のようなゲームなので、日本でも潜在的なニーズはあるはずだ。プロ棋士の中にもチェス愛好者はいて、日本将棋連盟の羽生善治会長は、日本国内でもチェスの有数の実力者だ。元世界チャンピオンのカスパロフ氏と対戦した経験もある。近年では、青嶋未来六段が全日本チェス選手権で初優勝し、香港で開催された国際大会でも優勝した経験がある。ちなみに、日本人の中には「チェスは将棋と違って獲得した駒を再利用できないから、将棋より簡単なゲーム」と思っている人が多いが、それは事実ではない。次の一手を考える時の選択肢はたしかに将棋の方が多いが、ゲームとしての深さは質が異なるものだ。チェスには将棋とは違った面白さがあるということだ。
アジアパラ大会では、パラリンピックでは採用されていない囲碁やチェスといった頭脳ゲームを積極的に実施してきた歴史があっただけに、2026年の愛知・名古屋大会で競技から外れたことは残念である。日本でも、視覚障害者向けのボードゲームの選択肢が広がることを期待したい。
写真/越智貴雄[カンパラプレス]・ 文/西岡千史