障害の有無に関わらず、小学生から参加できる画期的な大会「オール陸上競技記録会2024」が3月23日から24日にかけて、東京・駒沢オリンピック公園総合運動場で行われた。陸上シーズン序盤で、あいにく両日とも微風ながら低温で、時折小雨もまじる気象コンディションとなり好記録連発とはならなかったが、選手はそれぞれのベストを尽くした。開催3回目となった今年は5月に神戸市で開かれる「世界パラ陸上競技選手権大会」(以下、神戸大会)の日本代表選考期間内最後の大会でもあった。神戸大会は日本パラ陸上競技連盟が規定するパリパラリンピック(以下、パリパラ)の選考大会の1つでもある(*)。今号では神戸大会からパリパラ日本代表入りを狙う選手たちのパフォーマンスに注目した。
知的障がい(T20)の男女1500mに出場した選手たちは「記録より勝負」に挑んだ。神戸大会の派遣標準記録突破者がすでに出場枠(男女各3)を越えていたため、オール陸上が最終選考レースに指定され、男女各3位以内が神戸大会代表選出の条件となったからだ。日本パラ陸連の奥松美恵子常務理事は、「T20の選手たちも自分でレースを組み立て、勝負する経験が必要」と選考レースの意義を話す。
男子はスタートから5選手が飛び出し、激しい先頭争いが繰り広げられた。終盤までもつれたレースは十川裕次が3分56秒14で優勝し、2位に赤井大樹、3位に岩田悠希と、東京パラとパリ大会代表だった3人が実力を示した。持ちタイムで最速だった赤井はコロナ罹患の影響で調整が遅れ、「今日は確実に3位以内に入ることだけを考えて走った。選考レースは初めてで緊張したが、よかった」と安堵した。競り合う経験は、「海外で戦っていくには必要だと思う」と振り返り、パリ大会で8位に終わった悔しさをバネに「神戸大会ではメダルを獲りたい」と目標を語った。
女子は新星、岡野華子が一人でレースを作り4分57秒37で優勝。自己ベスト(4分51秒54で)更新を目指し、「4分50秒を切りたかった」と悔しがったが、ここ1年ほどでの急成長ぶりに、「自分でも驚いている。目標をどんどん上げながら成長していきたい」と初パラも見据えながら意気込んだ。2位に藤原由奈、3位に山本萌子が入った。
昨年7月の「パリ世界パラ陸上選手権」もパリパラ選考大会だったが、惜しくも4位以内に入れず悔しい思いをし、神戸大会で再挑戦を期す選手も大勢、オール陸上に臨んでいた。
3度目のパラ出場を狙う右大腿義足(T63)の前川楓は走り幅跳びで4m31を、100mでは16秒51をマークした。ともに自己ベストには届かなかったが、「4m30は跳びたいと思っていたので、この寒さの中では100%が出せた」と明るい表情で語った。冬場は助走にもつながるランニングフォームの改善に試行錯誤したが、「ストライドの大きな走りを意識するようになって、いい感覚をつかめてきている。今はそれを大会で出すにはどうしたらいいかと考えながらやっている」と話し、「パリ(パラ)は出られるものだと思ってトレーニングをしている」。その切符を神戸でつかむつもりだ。
東京パラにつづく2回目のパラ出場を目指す左上肢障がい(T46)の石田駆は100mで11秒48に終わり、「悔しい結果になった。スタートはよかったが、そこからの切り替えがうまくいかず、後半は脚が回っていなかった。体が冷えていたのも一因かと思う」と反省を口にした。ただ、冬季練習で体幹を強化しフォーム改善に取り組んだといい、今季はこの日までに出場した2レースでは追い風参考ながら10秒台を出している。「神戸にピークを合わせ、どんな(気象)コンディションでもタイムを出せるように体を仕上げたい」と意気込んだ。
車いす(T54)男子の生馬知季も専門の100mに出場したが、記録は14秒60と自己ベスト(13秒67)には届かず、「気温が低く、ハンドリムがうまくつかめない感覚があった」とレースを振り返った。それでも、「この冬は動き作りや、効率的に推進力につなげるハンドリムを押す技術の向上に取り組み、その成果は出た」と前を向く。パリ大会ではユニバーサルリレーのアンカーとして金メダルに貢献したが、パリパラでは個人種目での躍進も目指している。
同じく2度目のパラを狙うT54女子の村岡桃佳もオール陸上では沖縄合宿帰りで気温の違いに苦しみ、100mで16秒68と伸び悩んだ。2月のドバイ遠征で得た課題からフォームの修正などに着手し、「少しずつかみあってきて、スピードにつなげられるようになってきたが、100mになるとあっという間に終わってしまう」と、まだ試行錯誤中だ。「パリパラは、『出場したい』でなく、『出場してやるぞ』という思いで取り組んでいる」と強い意志を示した一方で、「最近は結果や記録を求めがちだったと走りながら感じたので、陸上競技を楽しみながら取り組みたい」と気持ちを新たにしていた。
神戸から、パラ初出場を狙う選手たちも多い。車いす(T34)の小野寺萌恵は地元の岩手県に比べ、「もっと暖かいと思ったし、小雨で滑りやすくて難しかった」と専門の100mは19秒62にとどまったが、専門外の1500mでは4分42秒38をマークし、従来の日本記録を12秒以上も塗りかえる地力を発揮した。神戸に向けて、「体調を良くし、いいパフォーマンスをしたい」とさらなる進化を誓う。
右大腿義足(T63)の近藤元はメイン種目の走り幅跳びで5m85を跳び、「シーズン初戦でこの気温で、これくらい跳べれば、まずまず」と安堵の表情。実は3月上旬の練習中に健足の左脚アキレス腱などを痛め、一時は歩けない期間もあったが、ようやく全力で走れるほど回復したという。冬季はフィジカル強化に励み、「エンジンを大きくして基礎動作を固めてきた。暖かくなればもっと調子は上がると思う。脚の様子も見ながら、スピードも磨いていきたい。今年は(神戸)世界選手権と(パリ)パラリンピックがあるので、そこで爆発させたい」と目標を思い描いた。
昨夏のパリ大会出場は逃したが、神戸でパリパラへのチャンスをつかもうと冬季練習に励んだ選手もいる。右下腿義足(T64)の井谷俊介はメインとする200mで23秒55を、100mでは11秒93を記録した。「重点的にやってきた200mとしてはシーズン初戦だったが、この時期ではいいタイム。内容でも重心の位置など、去年よりもレベルの高い部分で悩んでいて、いい手応えを感じている」と充実感をにじませた。「冬季はいろいろな人の助言のおかげで質の高い練習ができた」と感謝し、「暖かくなれば調子もさらに上がるし、神戸では200mで金、最低でも銀を獲れるようにやっていきたい」と意気込む。
知的障がい(T20)女子砲丸投げの有望株、堀玲那も冬場はフィジカル強化に励み、「とくに下半身が強くなったので、投げにつなげていきたい」と話したが、この日は自己ベスト(12m47)に届かない11m80に終わって険しい表情。それでも、「強みはパワーとメンタル。あとは技術面がカバーできれば戦えると思う。前だけを見て進みたい」と言葉に力を込めた。
オール陸上の結果も踏まえ、日本パラ陸上競技連盟は3月28日、神戸大会の日本代表選手66名(男子40、女子26)を発表、上記で紹介した選手たちも皆、代表に名を連ねた。世界選手権の選手団としては過去最多となった選手たちはパリパラ出場も見据えながら、自己の限界に挑む。
なお、第11回世界選手権となる神戸大会は東アジアでは初開催で、5月17日から25日まで神戸市のユニバー記念競技場で行われる。観戦チケットも好評発売中だ。
(*:国際パラリンピック委員会はパリパラ出場枠の一部を、昨年7月のパリ世界選手権(以下、パリ大会)の4位以内と、神戸大会の2位以内の選手の所属する国・地域に与えると発表している(ただし、1選手1枠まで)。これを受け、日本パラ陸連でも両大会で出場枠を得た選手を日本代表推薦選手として選考し、日本パラリンピック委員会に推薦する方針を発表している)
写真/小川和行 ・文/星野恭子