4月17日から、車いすバスケットボール女子日本代表は大阪で開催される世界最終予選に臨む。最大の決戦に向けて、チームを大きく成長させたのが、1月にタイ・バンコクで開催されたアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)だ。決勝で中国に35-54で敗れ、準優勝。優勝チームに与えられるパリパラリンピックの切符を掴むことはできなかったものの、いくつもの苦しいチーム事情を抱えながら世界最終予選に望みをつなぎ、力強い一歩を踏み出したAOCの戦いをふり返る。
今大会の女子日本代表は、開幕前からアクシデントに見舞われた。もともと12人のメンバーに入っていた石川優衣(1.0)と大津美穂(2.5)がケガで欠場。大津が負傷したのは開幕直前だったこともあり、結局現地入りしたのは11人と1人少ないなか1週間で6試合を戦うという状況となった。
コート上の5人のクラス(持ち点)の合計が14.0点以内というルールがある車いすバスケでは1人でも欠けると戦略プランを大幅に変えなければならないことも多く、ラインナップのバリエーションも限定される。特に今回はスタートでの起用も多く、主軸とされたラインナップの一人であった大津の欠場の影響は、非常に大きいと見られた。さらに世界選手権で強固な守備力を見せていた成長著しい石川の欠場もまた、チームの痛手となっていたに違いない。
もちろん、大津や石川の代わりに入った選手も大きな戦力であったことは間違いない。ただクラスがわずかに違うだけでラインナップがまったく異なり、直接的な穴埋めとはならないというのがこの競技の特性であり、采配が難しい点でもある。さらにクラス分けの事情で、予選プール初戦は、戦略プランやラインナップに大幅の変更が余儀なくされた。
こうしたさまざまな事情を抱えたなか、中国とオーストラリアの3カ国で2試合ずつを行った予選プールで、日本は2勝2敗で2位通過した。しかし、決勝トーナメントに向けてチームには一抹の不安を残していたことも事実だった。
それは東京2020パラリンピックに続いて、昨年の世界選手権でも銀メダル、さらに10月のアジアパラ競技大会では他を圧倒して優勝し、勢いに乗る中国に連敗を喫したことではない。それ以上に不安要素を膨らませたのは、オーストラリア戦だった。結果的に連勝はしたものの、内容的には納得できるものではなかっただろう。これまで絶対的エースとして君臨してきたアンバー・メリットが昨年に現役を引退し、明らかに戦力ダウンしたオーストラリアに対し、いずれの試合でも後半に入ってからの逆転勝ち。つまり前半はリードされ、苦しい中で挽回するという展開だったのだ。
もちろん、後半に追い上げて勝ち切ること自体は決して悪くはない。粘り強さが身上でもある日本が得意とする展開でもある。また、最も大事な決勝トーナメントに向けて、主力のラインナップを温存できたということも言えただろう。ただ、高さがない日本が勝利を目指すうえでベースとなるはずのディフェンスに、中国戦も含め予選プールでは明らかに迷いが生じ、いつものようには統率がとれていなかったのだ。
岩野博ヘッドコーチ(HC)としては、パリ行きの切符を掴むことはもちろん、その後も見据えていたのだろう。予選ではさまざまな新しい戦法が試された。そのため現地入りしてから加えられ、さらには試合ごとに変わったという複雑なディフェンスのシステムに、選手たちは頭では理解しても、なかなか瞬時に判断してパフォーマンスにつなげることができずにいた。コート上で混乱が生じていたことは、傍目から見ても明らかだった。
ところが決勝トーナメントに入ると、チームは予選プールでの迷いが嘘であったかのように、連携のとれたディフェンスに戻っていた。特に決勝では、ディフェンスで中国をまさに翻弄していたのだ。それが世界2位の強豪から主導権を奪う“最高の20分間”を生み出す要因の一つとなっていた。
果たして、大会期間中の短い時間のなかで、チームはどのようにして本来の強いディフェンスを取り戻したのか。
インタビューで選手たちが口々に述べたのは、決勝前夜の選手ミーティングだった。自信をつかんだ世界選手権の中国戦でのディフェンスを思い出そうと、8秒バイオレーションを奪ったシーンの映像を何度も繰り返し見ては頭と目に焼き付けたのだという。そうして迎えた翌日の決勝で見せたのは、まさに半年前の世界選手権を彷彿させる、一切の迷いがない攻めのディフェンスだった。
カウントした場合は横一列のラインを作りながら少しずつ下がっていくことで相手の攻撃時間を削るシャドウディフェンスをし、そしてスリーポイントラインからはトリプルスイッチのローテーションを回したハーフコートディフェンスに移る。
一方、ノンカウントの場合はマンツーマンディフェンスで強くコンタクトした後にシャドウに移り、そして最後はハーフコートディフェンスという3段階のシステムを採用。予選プールで選手たちに迷いを生じさせていたとされるゾーンプレスについて指揮官は「可能な場合は」としたといい、選手への意識づけを世界選手権に戻すことに成功した要因となった。
日本のディフェンスが中国に対して機能していたのには、4つの理由があったと推測される。1つは前述したように意識を共有し、しっかりと確立させたこと。そのために隙をつくらなかったことがまず挙げられる。
2つ目は、シャドウのラインを作ることで、中国にブレイクからの速攻やアウトナンバーでのオフェンスを許さなかったことだ。シャドウのラインをつくるうえでのポイントについて、網本麻里(4.5)はこう述べている。
「前日の選手ミーティングで出たのは、世界選手権では(中国のオフェンスの)先頭がどこかをちゃんとコールしてラインを引いていたよね、ということでした。でも今大会では新しいディフェンスシステムのこともあって、どこでラインを引くか迷いながらやっていたところもあった。だからもう一度しっかりとコールをして、その先頭を意識してシャドウのラインを作ろうと。それがしっかりとできたので、今日は中国のトランジションもすごく遅く感じていたくらいでした」
3つ目は、バックコートに戻ってからのハーフコートディフェンスでのトリプルスイッチのローテーションが機能していたことにある。両サイドの2対2の攻防から相手のペイントエリアへの侵入に対して、トップや逆サイドからヘルプにいくことで侵入を防ぎ、さらに手薄となった状態のサイドへもほかの選手がローテーションをして穴を埋め、相手が付け入る隙を作らなかったのだ。
特にハイポストを守るローポインターの動きがカギとなり、負担も大きいこのトリプルスイッチについて、キャプテンの北田はこう語っている。
「(萩野)真世、いず(財満いずみ)、(柳本)あまねが、本当に頑張ってくれた。3人が踏ん張ってくれたおかげであのディフェンスができました」
そして、最後は気持ちの面で中国に負けなかったことが最高のパフォーマンスを発揮することができた要因だったと北田は振り返る。
「世界選手権もやはり1Qでビハインドを負った状態からの追い上げだったので、出だしでリードするには中国からの圧を押し返すくらいの強い気持ちが必要。だから出だしの気持ちで絶対に負けないということを前日も今日の試合中もずっとチームに言い続けていました。やるべきことをやること、声を出すことをさぼらないこと、そして最後は気持ちだよ、と。その中でコート上の5人とベンチ、そして日本にいる(大津)美穂もあわせて気持ちが中国に勝っていたからこそ、前半は最高の20分間になったのだと思います」
敗れはしたものの、しっかりと爪痕を残した女子日本代表は、明日17日から大阪で開催される世界最終予選に臨む。8チーム中、上位4チームに入れば、パリへの扉が開かれる。女子日本代表にとって自力での出場権獲得は2008年北京大会以来だ。
「女子がパラリンピックに出場できない間は男子が繋いでくれました。だから今回は私たちが必ず切符を獲得して繋ぎます」と副キャプテンの萩野真世(1.5)。バンコクの地でパリへの幕が下ろされた男子日本代表の分も、世界最高峰の舞台への切符をつかみ取り、車いすバスケに灯された火を消さないーーそれが女子日本代表の使命でもある。
写真・文/斎藤寿子
写真・ 文/斎藤寿子