パラ卓球(男子クラス7)の八木克勝にとって、昨年10月の杭州アジアパラ競技大会はキャリアの大きな分岐点となった。準決勝で東京2020パラリンピック金メダリストの閻碩(中国)を3-0で破って初勝利を挙げ、続く決勝でも東京パラの予選で土をつけられた廖克力(中国)をやはりストレートで下して優勝。本人曰く「出来すぎ」の内容で、パリ2024パラリンピックの代表内定を手にした。自らの手で掴みとった、2度目のパラリンピック行きの切符。今夏の本大会までにじっくりと調整とライバルの研究ができるとあって、「気持ちの余裕があるのは、東京大会とちょっと違うところかな」と話し、前を向く。
格上を撃破する快進撃。その要因のひとつが、東京パラ後にバックハンドを粒高ラバーからアンチラバーに変えたことだ。粒高ラバーはボールの衝撃を吸収し、相手のボールを逆回転や無回転で返せる特徴がある。一方のアンチラバーは、表面がツルツルしていて回転がかかりにくく、相手の回転を無効化する性能がある。その分、コントロールが難しく、ボールが飛ばないため、自分のものにするのに時間がかかるが、八木は試行錯誤しながら変化を追求し続け、自分のスタイルを構築した。
使う選手は少ないというアンチラバーを八木が選択する決意をした理由は、フットワークという武器があるからだ。八木は先天性両橈骨(とうこつ)欠損症で、生まれつき肘から先が短いが下肢障害はなく、鍛えた足腰と豊富な運動量を誇る。「飛ばないボールは腕で頑張って振っても飛ばないんです。対して、脚はより筋肉量が多いのでその力をボールに乗せて飛ばせるんです」と八木。ただ、それは力任せのものではなく、脚の爪先への重心のかけ方まで意識しながら、筋力を支える骨から地面の力を使っていくイメージだといい、古武術の身体操作なども参考にしているそうだ。自らそうした情報を積極的に収集し、トライアンドエラーを繰り返しながら自分の卓球に落とし込んでいく。「探求しながらやるのが好きなんですよね。それでダメなら別にいいやって思っているので。でも、今のところ勝ってるからいいのかなって」と八木は笑う。
今年3月、WTT(World Table Tennis)の最高峰に位置づけられるグランドスマッシュ大会のひとつで、健常の世界トップ選手が出場する「シンガポールスマッシュ」が開かれた。そこでパラ卓球のエキシビションマッチが実施されることになり、八木も招待選手として参加した。試合はクラス6と7のコンバインドで、健常と同じ会場、同じテーブルに組み込まれた。張本智和選手や伊藤美誠選手らのプレーを間近で見て刺激を受け、「すごく楽しかった。健常とパラの選手が一緒に戦っているという幸せを噛みしめながら立っていました」と振り返る。
今回はエキシビションのため、勝ち負けによって今後のポイントに影響するものではないが、招待された他の選手たちは、おそらくパリ大会でも戦うことになるであろうライバルたちだ。実際に試合をしてみて、杭州アジアパラで通用したバックハンドは「やはり研究されている」と感じたといい、「そりゃあそうだよね、と思いながらプレーしていました。彼らが僕のどこを狙ってくるのか、パリに向けて僕は何を変えなければいけないのかを確認できたので、そういう意味でもシンガポールに行って本当に良かったと思っています」と、力強く語る。
練習拠点は愛知県豊橋市。週5回のペースで、学生時代の同級生ら卓球仲間と練習に励む。時には、マスターズで優勝した60代の女性選手と打ちあうこともあるそうだ。練習メニューや体幹トレーニングの内容はすべて自分で決めている。「身体のことを勉強したということもあるけれど、体調と相談しながらやっています。僕の一番の目標は、大きな怪我をせずに引退すること。それは決して美学としてではなく、大事なことだと思っているので」
普段の食事はすべて自炊で、1日に1食か2食をとる。鶏むね肉やめかぶ、納豆、たまご、豆腐、野菜などは常備しており、出汁も自分でとって料理するそうだ。「これも、1日に1食からスタートして6食くらいまで食べてみて、どれが自分に合うのか試した結果、こうなりました。僕のなかでは空っぽにすることが大事で、食べない日のほうが絶好調ということもあります。周りからはいろいろ言われたりしますけれどね。もう5、6年は続けています」と八木。一方、海外の遠征先では「そこにあるものを食べる」といい、「嫌いなものもそんなにないし、身体をローカライズできちゃうんですよね。これ美味しいねっていいながら食べています」と笑う。ちなみに、睡眠時間は毎日7、8時間ほどで、飛行機でも熟睡できるタイプだという。選手としてあらゆる面にこだわりを持ちつつも、それ以外の生活を柔軟に営むことができるのも、八木の強さの秘訣なのかもしれない。
そんな八木に、卓球の魅力について聞くと、こう答えてくれた。
「卓球って、人生の縮図だと思ってるんです。ラケットもラバーも、みんな違うじゃないですか。カットマンだったり、ドライブ主戦型もいて。それを選ぶのは自分だから、すごく性格が出る競技なんですよね。とくにパラ卓球は、みんな自分の障害に合わせて本当にいろんなラバーを使って、いろんな戦い方をしています。つまり、自分の長所や短所を理解して、解決法を探して、プレーしている。それって取捨選択する人生と同じだなって。そこが面白いなって思います」
コロナ禍のため無観客で行われた東京パラから3年。パリ大会は有観客で実施されることについて、「それは本当に幸せなこと。観客がいるなかでプレーをすることを噛みしめながら試合ができるので、すごく楽しみです」と語る。本番までは海外遠征は控え、国内で調整を続ける予定だという。世界の頂点を目指して、自分らしく、我が道を進んでいく八木。2度目の大舞台でどんなプレーを見せてくれるのか、楽しみに待ちたい。
写真/丸山康平(SportsPressJP)・ 文/荒木美晴