スポーツライターすしこが、日本や世界を旅して車いすバスケットボールの魅力を伝えるシリーズ連載「すしこが行く!車いすバスケの旅」が再開!今回はチーム発足45年、北海道ブロックでは最古のクラブチームである札幌ノースウィンドをピックアップ。後編ではチームで唯一、日本代表として国際大会に出場している碓井琴音に注目。彼女が北海道を拠点にし続けている理由とは。さらにドイツ発祥の「バルシューレ」を用いたアカデミーについても紹介する。
前編で紹介した三田健斗(2.0)が日本代表を目標にするようになったのは、チームメイトの影響が大きい。女子日本代表候補の碓井琴音(4.5)だ。彼女が初めて日の丸を背負ったのは、2019年にタイで開催された女子U25世界選手権。南アフリカ戦では23得点でトップスコアラーとなるなど、6試合中3試合で2ケタ得点をマーク。同カテゴリーでは日本最高成績となるベスト4進出に大きく貢献した。
小学生の時にミニバスを始め、中学生の時にはバスケ部に所属するなど、ケガで障がいを負う以前からバスケ一筋だった碓井。高校3年で車いすバスケを始めると、大学2年の2017年からは強化指定選手として合宿に呼ばれるようになった。そしてついに昨年10月、中国で行われたアジアパラ競技大会で代表デビューを果たすと、今年4月に大阪で行われたパリパラリンピックへの世界最終予選にも出場。今後パラリンピック本戦に出場すれば、車いすバスケットボール女子日本代表では北海道ブロック初の快挙となる。
早くから期待を寄せられてきた碓井だが、ここまで順風満帆だったわけではなく、むしろ険しいいばらの道と言っても過言ではなかった。2019年に女子U25日本代表として活躍した後も“代表候補”ではあったものの、4年間は一度も12人の代表メンバーに選ばれなかった。さらに、2022年には競技中の転倒で、右肘を強打。診断の結果は「右肘内外側側副靭帯断裂」とされ、手術を余儀なくされた。昨年の代表デビューは、そんな大けがを乗り越えた先に手にしたものだったのだ。
「強化合宿に呼ばれ始めてから代表としてメンバー入りするまでに結構時間がかかってしまったのですが、その間、同い年の立岡(ほたる)選手など、代表で活躍している同世代の選手たちに自分も負けてられない、という思いでやってきました」と碓井は語る。
現在、女子日本代表は若手、中堅、ベテランがうまく融合し、バランスの取れたチームとなっている。しかし、ハイポインターと言われるクラス4.0、4.5の選手に限れば、固定メンバーの平均年齢は39歳。そんななか、碓井は待望の若手であり、台頭が待ち望まれてきた。さらに昨年度の女子次世代強化指定選手では4.0が2人と、次世代においても日本の女子はハイポインターの層が薄い。こうした現状からも、碓井の存在は非常に重要と言える。
それは、言動にも表れている。昨今は、女子選手もアスリート雇用で競技中心の生活を選択する選手も増え、碓井もアスリート雇用の可能性を広げようと関東への進出を考えた時期もあった。しかし、やはり地元に残ることを決意した。「北海道にいても日本代表になれる」という道を、後輩たちに示したいからだ。そのため、大学卒業後は公務員としてフルタイムで仕事をしながら競技活動を続けてきた。だが、やはりフルタイムでの仕事の傍ら、練習時間を確保することは容易ではなかった。そこで碓井は“今しかない”と一念発起。昨年デュアルキャリアを推進する企業に転職をし、道内に居を構えたまま、競技にも十分に時間を費やす環境を整えた。
昨年、アジアパラ、そして最終予選と、2つの大きな国際大会への出場は、充実した練習時間を確保できたことも大きいに違いない。いずれの大会もプレータイムは決して多くはなかったが、それでも徐々に夢を果たしている碓井の存在は、北海道ブロック、そして札幌ノースウィンドの選手たちにとって、誇りであり、目標だ。
さて、チームを指導する岩﨑圭介HC(2.0)は北海道ブロックの会長も務めており、普及にも注力している。その一つが、2022年8月から月に一度のペースで開催している「ノースチャレンジアカデミー」。障がいの有無に関係なく、一緒に楽しくスポーツの楽しさを学ぶことをコンセプトとしている。
同アカデミーには2つのクラスがある。ひとつは、将来車いすバスケ選手になることを目標とする小・中学生を対象に、競技用車いすの操作やドリブル、パス、シュートなど基本を学ぶ「車いすバスケットボールジュニアクラス」。もうひとつは未就学児から小学生を対象に、車いすに乗りボールなどを使って運動を楽しむ「バルシューレクラス」だ。バルシューレとは、ドイツで考案されたボールを用いた運動教室のこと。子どもたち一人ひとりの発達に即しながら、運動能力や挑戦する力、コミュニケーション力など“人間力”を養うことを目的とし、何より子どもたちが“楽しむ”ことを重視している。
日本ではまだ馴染みがなく、特に障がい児を対象とした例は皆無に等しいなか、岩﨑HCがバルシューレを採用したのには、こんな背景があった。車いすバスケの体験会などの際、小学生以下の幼い子どもは、せっかく来てくれても車いすバスケを楽しむことが技術的に難しいことが多かったという。しかし、幼少時代から体を動かす楽しさを伝えたいと考えていた岩﨑HCは、もっとうまくできる方法がないかを模索していたという。そんな時にSNSでブラインドサッカーのコーチを務めていた友人から紹介されたのが、バルシューレだった。
「調べてみると、たくさんの種類のボール遊びがあって、小さい子どもでも楽しくやれる。そして何よりいいなと思ったのは、子どもたちが楽しみながら運動することができ、そこに様々なスポーツで必要とされる能力を養えるよう考えられているところでした。バルシューレには特定の競技に特化するのではなく、オールラウンドを目指すことで、子どもたちの将来の選択肢を増やすという考え方がある。競技人口の少ないパラ競技にとってはジュニア育成を競技の垣根なく、一括で行う仕組み作りに活用できると感じたんです」
現在は、バルシューレを参考に車いすに乗ってできるプログラムを設け、日々試行錯誤しながら、アカデミーを開催している。
「ゆくゆくは視覚や聴覚に障がいのある子どもたちも受け入れたいと考えていますし、運営にもさまざまな競技の関係者に入ってもらって、参加した子どもたちにいろいろな選択肢が生まれ、世界を広げていくようなアカデミーにしたいです」と岩﨑HC。アカデミーへの参加は無料で受付は、札幌ノースウィンドのホームページから随時申込可能となっている。
さて、札幌ノースウィンドにとって大事な大会が夏に控えている。8月10~11日に地元の札幌市で行われる北海道ブロックの天皇杯1次予選だ。5大会ぶりとなる本戦出場を目標に、今年も全員で“DO MY BEST”の日々を送る。
写真・ 文/すしこ