5月3~5日、「World Para Swimming公認 2024ジャパンパラ水泳競技大会」が、横浜国際プール(神奈川県横浜市)で開催された。今大会にはパリ・パラリンピック水泳日本代表に内定した22名を含む、肢体不自由、視覚・聴覚・知的障がいの約250名のスイマーが集い、3日間にわたって力強い泳ぎを披露した。
大会直前の4月26日~5月2日には代表合宿が行われ、トレーニング・レースと位置づけて大会に臨む選手も多かったが、アジア新記録をはじめ、いくつもの記録が生まれる大会となった。
今大会で出場した3種目すべてで日本新記録をマークし、好調ぶりをアピールしたのはS11(全盲)クラスの石浦智美だ。初日の100メートル背泳ぎ・予選を1分17秒56の日本新記録でフィニッシュすると、2日目の100メートル自由形でも予選で1分09秒17と日本記録を更新した。
さらに、最終日に行われた石浦のメイン種目、50メートル自由形では29秒84と3日連続で日本新記録を塗り替えた。これは東京パラリンピックの記録でいうと4位、昨年の世界選手権では銀メダルに相当するタイムだ。
レース後のインタビューでは、苦しい胸の内を語った3月の代表選考会とは一転、明るい表情を見せた。選考会前に緑内障の薬の影響とみられる体調不良や睡眠障がいに悩まされ、パラリンピックの内定を獲得することができるのか、ギリギリのメンタルの中でつかみ取ったパリへの切符だった。医師と相談して薬を調整し、現在はトレーニングを順調に積めていると言う。「これまでは回転数でスピードをまかなうパワー型の泳ぎだったが、ひと掻きで進む距離が伸びてきた。回転数に任せなくても一定数で一定のテンポで泳ぎ続けられるので、省エネのようなイメージで泳ぐことができている」。それがタイムとして表れ、気持ちにも余裕を与えているようだ。
「毎日が発見の日々。とても楽しく水泳ができている。パリに向けてまだまだ課題はある、4か月でどれだけタイムを縮められるか、私自身も楽しみにしている」
石浦は3歳で水泳を始め、10歳のときからパラ水泳に励んだ。北京、ロンドン、リオの選考会では悔しい結果に終わり、4回目の挑戦で派遣基準記録を突破して東京パラリンピックの舞台に立った。若くして活躍する選手に比べると「私はだいぶ遅咲き」と笑う石浦。2度目となるパラリンピックでどんな泳ぎを見せるのか、胸が高鳴る。
いま、パラ水泳では同じ障がいクラス同士による「ライバル対決」が見どころのひとつになっている。なかでも今大会で熱いバトルを繰り広げたのは、S5(運動機能障がい)の日向 楓(中央大学)と田中映伍(東洋大学)の大学生スイマーだ。日向は16歳のとき、東京2020大会でパラリンピック初出場を果たした。一方の田中は、東京パラリンピック代表をかけた最終選考レースだった3年前の同大会に出場するも、当時は目立つ存在ではなかった。しかしその後にメキメキと頭角を現した田中は、次々と日向の持つ日本記録を塗り替え、日向のライバルとして注目されるようになった。そうして今年3月のパリ代表選考会で派遣基準記録を突破し、自身初となるパラリンピックへの切符を獲得した。
闘志を内に秘め、今大会で3種目にエントリーした両者。初日に行われた50メートル・バタフライでは、日向が予選で勝ち、決勝は田中が34秒60の大会新記録で泳ぎ優勝した。2日目の100メートル自由形。予選で田中が日本新記録をマークすると、決勝では日向がそのタイムを1秒以上も縮める1分18秒11で日本記録を更新してみせた。
今年4月に大学生となった日向は練習環境も変わった。これまでは25メートルプールで練習し飛び込みもできなかったが、現在はナショナルトレーニングセンターを拠点に、田中やベテランの鈴木孝幸と練習をともにする。陸上でのトレーニング施設も整ったなかで「環境のせいにはできない。あとは自分ががんばるだけ」と気を引き締める。田中は「意識し合いながら気を抜かずに練習に取り組めるのはありがたい」と相乗効果を口にする。
最終日の50メートル背泳ぎは、予選・決勝ともに田中に軍配があがり大会を終えた。日向は「100メートル自由形では自己ベストを大幅に更新して成長することができた。パリに向けて自分を磨いていきたい」と力を込めた。そして田中は「自信につながるようなタイムが出てよかった」と大会を振り返り、「パリは初めてのパラリンピックなのでまずは楽しんで、出場する全種目でベストを出したい」と目標を語った。
パリ・パラリンピック水泳日本代表のチームスローガンは「熱狂」。ミーティングで案を出し合い、木村敬一(S11・全盲)が発案したこの言葉に決まったという。
「今回のパラ競泳のチームには、東京パラリンピックを経験した選手が多くいる。無観客での開催となった東京パラリンピックは、会場の雰囲気とかいろいろなことが違った。パラリンピックは、もっともっと熱狂する場所なんだということをみんなに知ってほしかった。決して熱狂して競技をしようという話ではなく、会場が熱狂に包まれる感じだということが伝わればと思い提案した」。北京、ロンドン、リオ、東京のパラリンピック4大会に出場した木村は、「熱狂」に込めた意味をこのように説明した。
今回、日本代表に内定した22名のうち、パラリンピック初出場となる選手は5人。そして、東京2020大会が初めてのパラリンピックだった選手は14人と半数以上を占める。アテネから5大会を経験した鈴木孝幸(S4・運動機能障がい)は、満員の観衆の中で泳ぐ会場の雰囲気も含め、パラリンピックは「特別な大会」だと話す。そのうえで、「(若い選手には)すべてを全身で感じ取って楽しんでもらいたい。ただ、観客がいてもいなくても、自分がやるべきことは変わらない」と後輩にアドバイスを送った。
チーム最年少は、高校1年生の川渕大耀(S9・運動機能障がい)。15歳で迎える大舞台を前に「緊張している」と率直な心境を語る。
「4年に一度しかない大会でどれだけ戦えるのか、パフォーマンスを出し切れるのかという不安はある。でも、最後の最後は自分との勝負。自分がパリで戦うと決めた400メートル自由形ではしっかり結果を出したい。自分が次の世代として引っ張っていくんだという思いがあるので、パラリンピックに出るだけで終わるのではなく、決勝に残って少しでも先頭集団についていけるようにがんばっていきたい」。自身初のパラリンピックに向け、川渕は堂々と意気込みを語った。
人々が熱狂するパリの大舞台。その熱狂をさらにヒートアップさせる、パラスイマーたちの泳ぎに期待だ。
写真/SportsPressJP ・ 文/張 理恵