神戸市で開催中のパラ陸上の世界選手権第6日は22日に行われ、男子走り幅跳び(義足・機能障害T64)決勝でマルクス・レーム(ドイツ)が8メートル30(追い風0.9メートル)を記録し、2011年のクライストチャーチ(ニュージーランド)大会から続く7連覇を達成した。レームが持つ世界記録は8m72で、一時はオリンピック出場を目指した時期もあった。それが近年は「素晴らしいロングジャンプを見たいなら、その場所はオリンピックではない」との発言を繰り返している。その真意とは──。
1回目の試技は7メートル95。この時点で優勝は決定的だった。義足のロングジャンパーで、レーム以外にこれ以上の記録を出した者はいないからだ。
こうなると集まった観客の注目はただ一つ。残りの跳躍で世界記録を更新し、さらには1991年に東京世界陸上でマイク・パウエル(米国)が記録した8メートル95を超えるジャンプを見せてくれるかだった。
日本に到着したのは2日前。欧州との時差に体がついていなかったためか、この日の前半のジャンプには納得がいかない様子だった。2回目の試技では踏み切りが合わず、3回目に7メートル76を跳んだ後は首をかしげた。しかし、体調が万全でなくても、修正能力を発揮するのが「絶対王者」の本領である。5回目には、1回目の記録を35センチ上回る8メートル30を叩き出し、観客を沸かせた。
レームは試合後、「今日は風が変わり続けて、助走を調整しなければならなくて難しかった」と振り返った。だが、その状況でも納得のいく記録が出せたことに「最高の気分だ。世界大会7連覇はアメージングだね」と喜んだ。
2021年の東京オリンピックで優勝したミルティアディス・テントグル(ギリシャ)の記録は8メートル41。レームの自己記録が8メートル72であることを考えると、オリンピックに出場すれば金メダルを獲得できる可能性がある。レーム自身も以前はオリンピックへの出場を希望した時期もあった。
「オリンピックの方が素晴らしいから出場したかったわけではないんだ。僕はパラアスリートで、それは素晴らしいこと。これからも変わることはない。でも、以前はこう考えていた。世界ではオリンピックを知っている人が多い。オリンピックというプラットフォームを使えば、パラリンピックというスポーツをよく知らない人たちへの宣伝になって、僕たちの競技を見せることができると思っていた」
しかし、義足選手のオリンピック出場は認められなかった。その一方で、レームはオリンピアンを超える記録を連発し、人々の期待も本人の目標も、前人未到の“9メートル超え”に次第に移っていった。マイク・パウエルの偉大な記録を超えることができたら、世界で大きなニュースになる。そうすれば、パラリンピックにもこれまで以上に注目が集まる。それが、新たな目標になった。
「人々が本物の素晴らしいジャンプを見たいのなら、あるいは(健常者と障害者に関係なく)本物のアスリートであるならば、オリンピックのみに行くべきではない。そのことを人々に伝えたいんだ」
レームはふだんは義肢装具士の仕事をしている。研究熱心で人望も厚く、多くのアスリートから尊敬されている。ライバル選手から頻繁にアドバイスを求められるが、そんな時は義足の調整方法やトレーニング方法を惜しげもなく伝える。選手としての経験、義肢装具士としての知見、ライバル選手からの意見も参考にしながら、義足メーカーのオズール社と一緒に義足を改良することにも余念がない。
「最高のブレード(競技用義足)を持っているからジャンプできるといつも思われているけど、それは事実ではないんだ。義足には何の秘密もない。より多くのアスリートが、より良いパフォーマンスを発揮すれば、この競技にもっと多くの注目を集めることができる。一人の選手が、他の選手よりも遠く跳んでいるだけでは意味がないんだ」
今夏のパリ・パラリンピックでも、絶対王者レームの脅威になる選手はまだ現れてはいない。もはや、人々が求めているのはパラ4連覇ですらないだろう。前人未到の9メートルジャンプで世界の人たちを驚かせるのか。それが、パリ大会最大の注目となる。
「その距離を跳ぶためには(天候や体調など)必要なものがたくさんある。 だから『パリで実現する』とは言いにくいし、とても難しい。 でも、それが僕の目標だ。シーズンを通じてトライし続けるよ」
写真/越智貴雄[カンパラプレス]・ 文/西岡千史