4月21日、約1万1500人が出走した第34回かすみがうらマラソンを舞台に「国際ブラインドマラソン2024」が茨城県土浦市のJ:COMフィールド土浦周辺を発着とする42.195kmのコースで実施され、男子は東京パラリンピック銅メダルの堀越信司(NTT西日本)が2時間22分19秒で3連覇を、女子は同じく金メダルの道下美里(三井住友海上)が3時間4分44秒で2連覇を達成した。ともに、出場を目指しているパリパラリンピックにつながるマラソン世界ランキングを上げるタイムをマークし、パリ出場へと一歩前進した。
堀越はフィニッシュ後、「パリパラリンピック最終選考レースで、しっかり走らなければいけないレースだった。世界ランキング1位に上がることを目指して2時間23分切りを目標に準備してきたが、目標タイムで走れて、よかった。支えてくれた皆さんに感謝したい」と充実の表情で話した。レース内容的にも、「前半は抑えめで、あまり力を使わずに坂を上り、後半はしっかり粘って帰ってくることを意識した。パリにつながる内容だったと思う」と手応えを口にした。
実は、パリパラリンピックのマラソンでの日本の出場枠数はまだ確定していない。国際パラリンピック委員会では2022年10月1日から今年6月16日までの世界ランキングをもとにトラックやフィールド種目分と合わせて算出するとし、各国への配分枠数の通知は6月末頃としている。この規定を受け、日本ブラインドマラソン協会(JBMA)では日本国内の選考規定として選考対象期間を2022年10月1日から今年4月21日までとし、世界ランキング上位者から順に代表候補に推薦するといった内容を発表していた。つまり、より高いタイムを出してランキングを上げ、国内の選考レースを有利に進めるには今大会がラストチャンスだったのだ。
国内男子の選考順位1位につけている堀越は今大会直前時点での世界ランキングは5 位だったが、目標通り今大会で1位(2時間23分27秒)を上回るタイムをたたき出した。ただ、同日にモロッコでの大会でチュニジアの選手が2時間22分1秒をマークしたため、4月末時点の世界ランキングでは堀越は2位となっている。
堀越は2022年夏に右脚を故障して以来、なかなか復調しきらず、「気持ちと体の動きがリンクしない」悔しいレースが続いていたが、練習への取り組み方を見直したという。「タイムを追い求めすぎず、適正な強度を意識しながら自分のやるべきことに集中するよう心がけたことで、今回はしっかり調整でき、自信を持ってスタートラインに立てた」と振り返った。
自己ベスト(2時間21分21秒)に近いタイムでの快走に表情も明るく、出場がかなえば5度目となるパリパラリンピックに向け、「もう一度、メダルの感動を味わいたい。3位より2位、2位より1位がいい。金メダルを目指して、しっかりトレーニングしたい」と前を見据えた。
男子2位には国内の選考順位2位につけている熊谷豊(三井ダイレクト損保)が入った。タイムは2時間31分38秒で世界ランキングは上げられなかったが、昨年の故障から本格復帰できたのは今年に入ってからだったと言い、「急ピッチで詰めてきたなかで世界ランキングを見据え、スタートから果敢に攻めたハイペースでハーフすぎまでいけたので満足している」と振り返った。7位だった東京大会につづく2回目のパラ出場に向け、「あとは待つだけなので何とも言えないが、次のレースチャンスに向けてしっかり準備したい」と言葉に力を込めた。
視覚障がい者マラソンは東京パラ以降、アフリカ勢など新参入選手たちの台頭もあり世界の勢力図が変化しており、とくに女子はタイムの伸びが著しい。道下は昨年10月、ハーフマラソンで世界記録を樹立後に故障し、完治優先で練習を控え、大会にも出場していなかったことから、今大会直前の世界ランキングは8位まで落としていた。
今大会に向けて、ようやく2月初め頃からハイペースで調整したそうだが、「(痛みなど)不安要素なくレースに臨めた。最低限、世界ランキング5位以内を目指し、目標タイム(3時間5分以内)はクリアしたのでホッとしている」とうなずいた。4月末時点の世界ランキングで狙い通り、5位にランクされた。
「蒸し暑さもあって、後半にペースアップできなかったのは悔しい」とレースを振り返ったが、昨年同時期と比べると、「かなりいい調子にもってこれている。(パリ本番の)9月には十分上げられると思う」と話した。パリ出場は未定だが、「目指すは連覇。出場できれば、そこを目指して仲間たち皆でやっていきたい」と前を見据えた。
この日、後半の伴走を務めた志田淳ガイドは、「練習量は7、8割のこなし具合だったが、後半も粘ってくれた」と話し、起伏の多い前半を伴走した青山由佳ガイドは、「脚を使わないように、頭を使わないようにと心がけて走った。下り坂の走りがすごく上手になり、省エネの走りができた。道下選手の成長を感じた」と、復帰レースで自信を得た様子だった。
女子2位には近藤寛子(滋賀銀行)が入ったが、3時間21分58秒で国内の選考順位は5位に留まった。国内2位を狙って果敢に攻め、30㎞すぎまでは順調にペースを刻んだが、暑さもあって終盤に失速。「悔しい思いしかない。絶対にパリに行くんだと、全力を尽くしたけれど……」。2016年のリオ大会で5位入賞後、病気などもあって東京大会代表入りを逃したが、パリで2回目のパラ出場を目指していた。「ここまで頑張ってこられたのは皆さんの応援のおかげ。悔いのない競技生活だった。この年齢(57歳)でも世界で戦えるんだという思いでトレーニングしてきたし、やればできるということ伝えたくて精一杯やってきた。何らかの形でご恩返しができるよう、これからも私らしく走り続けていきたい」と毅然と話した。
女子の国内順位で2位につけている井内菜津美(みずほFG)は約5㎞地点で脚を痛めた影響からペースダウンしたため途中棄権した。5月17日に開幕する世界パラ陸上選手権神戸大会の1500m日本代表に初選出されており、「まずは、神戸でしっかり走れるよう調整したい。パリ代表に選ばれるかは分からないが、その前哨戦として国際大会を経験できるのはありがたい。マラソンの基礎となるスピードを1500mでしっかり鍛えたい」と意気込んだ。
JBMAの安田享平強化委員長は、「予想以上に暑くなり、タイムを狙うには厳しいレースになったが、堀越、道下がなんとか走ってくれた」と安堵した。
パリ出場はまだ不透明であり、「運を天に任せる状態」というが、安田氏によれば、パリ対策もすでに始めている。今年2月末から約1週間、パリ大会のマラソンコースを視察し、堀越や道下らもコースの一部を試走した。ほぼ石畳という硬く、凸凹した路面の悪さに加え、小刻みなアップダウンが続く難コースで、「東京パラのコースよりも厳しいが、逆に日本選手が付け入るスキはある」と安田氏は見る。タイムだけでなく脚力や粘り強さなど総合力が求められるコースだからだ。5月の連休明けから、国内の起伏の激しいコースなどで合宿を重ね、徹底した脚づくりと暑熱対策にも取り組み強化を図っていくという。
堀越は、「スピードよりもスタミナで持っていく方がいいのかなという印象。泥臭い練習をしっかりやっていきたい」と意気込み、道下も、「私には最強の伴走者がついているのでチームワークで戦いたい」と自信を見せた。出場を信じて目標はブラさず、しっかりと準備を進めるつもりだ。
なお、パリ大会のマラソンは大会最終日の9月8日、視覚障がい男女と車いす男女の計4つの金メダルが争われる。
写真・ 文/星野恭子