世界の強豪たちが集う「世界トライアスロンパラシリーズ2024横浜」が5月11日、横浜市の山下公園周辺の特設コースで開催された。今夏のパリパラリンピック出場へのランキングポイント獲得対象レースでもあり、好天に恵まれた横浜の街を舞台に白熱のレースが展開された。
男女各6カテゴリーに分かれて競うエリートパラの部には世界各地から世界ランキング上位の計80選手がエントリーした。選手たちは山下公園沖の0.75kmを泳いだ後、自転車でみなとみらい地区など20kmを疾走。最後は山下公園周辺5kmを駆け抜け、同公園にフィニッシュする総距離25.75kmの過酷なコースで競った。
日本からは東京パラリンピック代表など計7選手(+ガイド2名)が出場。パリ大会をにらんでランキングアップに挑んだが、大舞台に向けて世界もギアをあげているなか、それぞれの現在地を知る結果となった。
手応え十分のフィニッシュとなったのは、女子PTS2(運動機能障がい)で3大会連続パラ出場を目指す秦由加子(キヤノンマーケティングジャパン・マーズフラッグ・ブリヂストン)だ。スイムを2番手で終えると、バイクもランも粘り、1時間19分5秒で3位に食い込んだ。
「狙っていたので、久々に横浜の表彰台に昇れることが率直に嬉しい。とくに強化してきたバイクに手応えがあった。後続との差が詰まらずに、そのままスイムで先行した形でいけた。ランもスタートからフィニッシュまで自分のペースで集中して走れた」
笑顔の理由は他にもある。東京パラ後、13歳のときに骨肉腫のため切断した右脚の大腿骨の先を削って筋肉で覆いなおす手術を受けた。おかげで、競技を始めた2013年以来ずっと悩まされていたランニング中の痛みが解消した。以前より練習量が増え、連続での大会出場も可能になり、なにより痛みの不安なくレースに臨めるようになったのだ。「横浜も前日からすごく楽しみで、今までこんなに楽しい気持ちでレースを迎えたことはなかった。ランでも全く痛みはなく、レース中も笑顔がでてしまうくらい楽しかった。大きな決断だったが、手術して本当によかった」
パリ出場ランキングではすでに圏内につけている。「そこを安心材料にしながら、今後は挑戦していくレースをしたい。パリで結果が出せるように、一つひとつのレースで手応えや課題を明確にして、パリでも表彰台に上がりたい」。笑顔がグッと引き締まった。
安堵の表情を見せたのは東京パラ代表の谷真海(サントリー)だ。3年ぶりの横浜大会で1時間15分3秒をマークし、女子PTS4(同)で5位に入った。東京大会後は次男の出産などで競技を離れていたが、今年になって本格復帰し、今回が3戦目だった。
「出し切れたかなというのと、横浜に帰ってこれたという嬉しさがある。1戦目、2戦目よりも前(の選手)が近づいているので、練習の手応えを感じた」
産後は焦らず、じっくりと心身を戻すことを優先。競技復帰からオリンピアンの庭田清美さんにも師事しながら高みを目指している。パリ大会は、「気持ちの片隅にはある。簡単な道ではないので、今は悪戦苦闘中。(3戦目で)ここまでこれたことに自分で驚いている」と胸の内を明かした。東京大会では自身のクラスだけでなく、ひとつ障がいの軽いクラスと混合での実施だったが、パリでは単独になったことで出場枠も増え、より戦える土俵となったこともパリ挑戦への後押しになった。「選手数が増えた嬉しさと、その中に入ってやってみたいなという気持ちがあった」
今後もポイント対象レース数試合にエントリー。「厳しいけど、食らいつきたい。最後まで粘ります」
東京パラ男子PTVI(視覚障がい)銅メダルの米岡聡(三井住友海上)は59分51秒で7位に終わった。「目標は6番以内だったが、力及ばずだった。スイムはうまく上がれたが、バイクで追いつかれ、ランでも粘り切れなかった」と悔しさをにじませた。
それでも収穫はあった。昨夏頃からペアを組み始めた寺澤光介ガイドとのコンビネーションの高まりだ。ペア5レース目を終えた寺澤ガイドは、「去年のレースはいろいろアクシデントもあったが、やりながらでないと分からないところもある。細かいところまで分かるようになった今年から工夫を入れ始め、3月のレースでは結構はまった。今は次の段階として、どういうレース展開にするかなど戦略を考え、自分たちの力を発揮するところまできている」とペアの進化を話す。
米岡も、「二人のコンビネーションを磨いていけば、もっとタイムを削れるところも出てくると思う。しっかり1秒を削り出し、ひとつでも上の順位で(パリ出場への)ポイントを稼げるようにしたい」と、次戦以降を見据えた。
横浜での苦い経験を糧にすることを誓った選手たちもいる。男子PTS4(運動機能障がい)で東京パラ銀メダルの宇田秀生(NTT東日本・NTT西日本)はランの途中で脱水や低ナトリウム症などにより棄権した。治療後、報道陣の前に立った宇田は、「スイムからきつかった。気づいたら(スタッフに)抱えられていた。詳しい状況は覚えてないが、スタート前はいつも通りで心身ともにいい準備をしたつもりだった。とにかく、いいレースができなかったのが悔しい」と振り返った。
今季は例年とは違って冬季練習期間を長くとった。「ベースを大きくして高強度や速いスピードに耐えうる強い体をつくるトレーニングに取り組もうと意識してやってきた」と言い、今大会が初戦だった。国内大会でポイントを確実に取るという思惑は外れたが、「急成長はないが、バイクもランもスイムもタイムはよくなっているので自分の成長は感じられている。やってきたことに間違いはないと確信があるので、切り替えて(パリ)本番までコツコツやっていきたい」。
無意識での途中棄権は初めてだったが、「コンディション(調整)という部分も改めて感じたし、そういうところももっと突き詰めてやっていけたら、いいレースをできる確率が上がるのではないかと思う」とうなずいた。
男子PTWC(車いす)東京パラ代表の木村潤平(Challenge Active Foundation・サンフラワー・A)は大会連覇を狙ったが、1時間5分2秒で7位に終わった。得意なスイム中にウエットスーツに想定外のトラブルが発生しタイムを大きくロス。強化してきたというバイクでも落車するなど挽回できなかった。
「悔しいというか、残念。予定していたレース展開ができなかった。こんなトラブルは初めて。今日は僕の日ではなかった」と振り返ったが、冬季練習によって苦手だったランにも「世界で戦えるところまできたのではないか」と手応えを感じられているという。「今日のことを糧にパリに向けてベストを尽くしたい」
PTS5(運動機能障がい)の佐藤圭一(セールスフォース・ジャパン)は1時間4分17秒の8位だった。ノルディックスキーとの二刀流でも知られ、3月末頃までスキー大会を転戦し、今大会に向けては急ピッチでの調整となった。「少し体が重かった。今できるパフォーマンスは出せたが、海外との実力差があり、パリへの道は厳しい。僕よりも強い次世代の選手を育てていきたい。それが正直な思い」。夏冬合わせてパラ5大会出場のベテランは競技の未来も見据える。
現在、パラトライアスロンの国際大会の出場枠は少なく、パラリンピックでも各クラス最大10枠、今大会のような世界シリーズ戦は8枠前後だ。ランキングポイントを稼ごうにも、「スタートリストに乗るのも厳しい。(世界ランキング)トップ10に入れる選手を作るのが日本の課題」と話す。合宿など国内の練習環境は整ってきているが、海外転戦など競技費用捻出の負担も大きい。「自分は経験があるのでいいが、若い選手にはそういう面からサポートが必要だ」と指摘する。
「僕の目標は、パリも目指してはいるが、今年(10月)の世界選手権で日本の出場枠を取ること。(次は)僕の代わりに若い選手に経験を積ませてあげたい。レベルが高い舞台を経験して、パラに行ってほしい」。夏冬二刀流もつづけながら、若手育成にも取り組んでいく。
なお、パラトライアスロンのパリパラ出場枠は、選考評価対象期間中(2023年7月1日~今年7月1日)に世界選手権や世界シリーズ戦での順位に応じて得られるポイントによる世界ランキングで、各クラス上位9位までの選手に割り当てられる(女子PTS3クラスは5位まで)。ただし、各国最大2枠の制限があり、超えた場合は次点の選手に割り当てられる。その他、バイパルタイト(招待枠)もあるが、かなり少ない。
横浜からパリへ。それぞれの現在地から、前進しつづける。
写真/吉村もと ・ 文/星野恭子