5月17日から25日まで神戸市で開催されたパラ陸上の世界選手権で、小野寺萌恵(21)が車いす女子100mで3位、同800m(いずれもT34=脳性まひ)で5位に入った。
小野寺は、2021年の日本パラ陸上選手権大会に高校2年生で初出場すると100m、400m、800mで優勝。近年、この種目の世界大会では欧米の選手が上位を独占することが多いなかで、小野寺は世界で戦えるアスリートとして期待されている。事実、800mの決勝では、最終コーナーを回った後のラストスパートでベルギーのジョイス・レフェーベルを抜き去る強さを見せた。小野寺はレース後、「自分の苦手なところを得意なところにつなぐ練習をしてきたので、そこは成長できたなと思う」と振り返った。
すでに国内では一つ抜けた強さを見せている。しかし、世界の壁はいまだ高くそびえたままだ。小野寺にとっても、神戸大会は悔しさばかりが残る結果だった。
100m決勝のタイムは19秒15。自己ベストの18秒46の更新はならず、優勝したハナ・コックロフト(英国)とは2秒26の差がついた。「スタートの練習を中心にやってきたのに、それがうまくいかなかったのが悔しかった」(小野寺)。コックロフトは800mでも1分52秒79の大会新記録で優勝。小野寺のタイムは2分17秒18だったので、ここでも24秒39の大差がついた。
コックロフトは2012年のロンドン・パラリンピックから3大会負けなしで7つの金メダルを獲得しているレジェンド的存在である。確かに小野寺以外の選手との力の差も大きい。一方で、近年の車いす競技では中国選手の台頭が続いている。今大会でも16歳のラン・ハンユーが、T34クラス100mと800mの2種目で銀を獲得した。800mではアジア新記録を樹立し、小野寺より若い選手が世界レベルの強さに近づいている。
「負けず嫌い」を自認する小野寺にとって、この結果は受け入れ難いものだったはずだ。16歳の選手に負けたことで、2位以上に与えられることになっていたパリ・パラリンピックの出場切符がこのレースで獲得できなかった。さらに「(パラ世界陸上は)日本では初めて開催された大会だったので悔しい」(小野寺)と、自国開催のアドバンテージを活かせなかった自分自身が許せなかった。
負けず嫌いな性格は、裏を返せば意識の高さでもある。小野寺は4歳の時に急性脳炎を発症し、両脚が自由に動かせなくなった。両腕にもまひが残る。中学2年生の時に陸上を始めると、母の尚子さんがコーチになってトレーニングを重ねた。岩手県紫波町在住で、町内に車いす陸上の練習場がないが、有名選手のフォームを動画で研究し、近隣の自治体にある陸上トラックまで移動して、練習をしている。
中国の選手の多くは、ナショナルトレーニングセンターに住みながら充実した環境でトレーニングをしている。小野寺とは環境面での違いは大きい。だが、感じた差はそれだけではなかった。小野寺によると「中国の選手は予選の時は(選手同士で)話をしていたのに、決勝では黙っていた」という。決勝を前に鬼気迫る様子で緊張感を高め、結果を出した中国の選手たち。大事なレースに挑む心構えの時点で負けていたことが、さらに悔しさを増幅させた。
「練習が足りない」。レース後に小野寺はこう繰り返した。今大会でのパリ・パラリンピックの出場確定はならなかったが、まだチャンスは残されている。何が足りず、何が必要なのか。「世界で戦える選手」になるための挑戦は続く。
写真/越智貴雄[カンパラプレス]・ 文/西岡千史