ブラインドサッカー男子日本代表がパリパラリンピック開幕まで約50日となった7月上旬、大阪市で4カ国対抗の国際大会「ダイセル ブラインドサッカージャパンカップ 2024 in 大阪」に臨んだ。結果は惜しくも2位だったが、大舞台に向けて貴重な実戦経験を積み重ねるとともに、大きな追い風を得た。
同大会は今年新設された同日本代表の国際強化試合で、2022年1月から中川英治監督が率いる「中川ジャパン」にとって国内では初の国際大会であり、パリパラへの壮行会も兼ねて7月4日から7日まで開かれた。
会場となったグランフロント大阪うめきた広場はJR大阪駅から徒歩3分で、1日15万人もが行き交うというオープンエリアにピッチを特設。試合は無料で観戦でき、会場正面の大階段は連日、多くの観客で埋まった。スピーディーで激しいプレーの連続にどよめきやため息がもれ、ゴールが決まったときには大歓声も上がり、パリパラ前最後の強化試合に挑んだ日本代表を力強く後押しした。
世界ランキング3位の日本は総当たり戦の予選ラウンドを1勝1敗1分け(勝ち点4)の2位で7日の決勝戦に駒を進めた。決勝戦の相手は3戦全勝(同9)の首位で勝ち抜けた、世界ランキング8位のモロッコだ。アフリカ選手権4連覇中の絶対王者で、東京パラでは銅メダルに輝いている強豪国のひとつだ。体格のよい選手が多く、フィジカルコンタクトの強さを生かした固い守備。テクニックにスピードもある二枚看板、ズハイール・スニスラ(#9)とアブデラザック・ハッタブ(#10)を軸にした攻撃力も高い。
日本は予選ではモロッコの守備の壁をこじ開けきれず、逆にスニスラの決勝弾で0-1と敗れていた。決勝戦では予選で見えた攻守の課題をどう修正するか注目されたが、日本は開始1分に鳥居健人が右ポスト直撃の強烈なシュートを放つなど序盤から積極的な攻撃を仕掛けていく。前半7分、相手ゴールから右寄り約10mの位置で得たフリーキックを、川村怜キャプテンが左に持ち込みゴールほぼ正面で左脚を振り抜き、鮮やかな先制弾を決めた。
しかし、前半終了間際、日本は一瞬のスキを突かれる。モロッコのゴールキーパーが前線に投げたボールが、走り込んでいたモハメッド・エル・アムシの足元に収まり、すばやいモーションから放たれたシュートは日本のゴール左隅に突き刺さった。
1-1で迎えた後半、日本は平林太一や後藤将起らが果敢にゴールを狙うも、追加点は奪えない。だが、前半は温存していたエース二人を投入したモロッコの猛攻にも守備の要、佐々木ロベルト泉や守護神佐藤大介らを軸に堅守で耐え抜いた。結局1-1のまま前後半が終わり、PK戦では既定の3人を終えて1-1でサドンデスに入ったが、モロッコの5人目が決め、日本は惜しくも2-3で敗れた。
大会後、中川英治監督は、「モロッコと2戦できたことは大きな収穫。彼らの動きとか戦術とか、スピード、強度にまず慣れることが大事だった」と振り返った。実は、モロッコはパリパラでもグループリーグで同組となることが決まっている。だが、今大会は2019年以来の対戦で、中川ジャパンとしては初めてだった。チームの特徴や戦術を間近に見る前哨戦であり、選手にとってもフィジカルの強度やスピード、手足の長さなどを肌で体感できる、またとない機会だったのだ。
昨年から日本代表入りしたばかりの後藤は、「モロッコはドリブルが少し特徴的だ。事前にスタッフからいろいろ情報をいただいていても、僕たちは見えないので、やってみないと分からない部分が多い。今回、直接試合ができたことはとても大きい」と収穫を口にした。後藤は4試合を通して闘志あふれる全力プレーを見せ、大会MIP賞を受賞した。
また、今大会の4試合を通して、高橋裕人や永盛楓人など代表歴の浅い選手にも比較的長いプレイタイムが与えられ、海外勢との貴重な実戦機会になった。中川監督も、「プレッシャーのある試合を若い選手も体験できたことは意味のある大会だった」と手応えを語った。
一方、チームの得点数は4試合で川村キャプテンによる2点に留まった。川村や平林は湿気によってシューズのグリップ力が高まり、普段よりもスムーズなドリブルがしにくかったと振り返りつつ、川村は、「チャンスを決めきれるような力をチームとしても身につけたい」と力を込めた。平林も、「4試合連続で無得点は代表に入ってからの最長記録。ふがいない」と話し、「マークされている感じもあるが、しっかり相手の出方とかも研究しつつ、自分を高めていかないといけない」とさらなる成長を誓った。
中川監督は攻撃の精度については残りの期間で「もっと高めたい」と課題としつつも、セットプレーなど攻撃のカードやPK戦については、「本番を楽しみにしていてほしい」とうなずいた。「今のチームは苦しいゲームで勝ち抜ける力がついていると実感している。準備してきたものを(試合に)しっかり出し、また調整して日々、一歩一歩成長できるチームにもっとしていきたい」と大舞台を見据えた。
今大会はパリパラ本番を想定したシミュレーションとしても機能した。例えば、会場は人の往来も多いオープンスペースに特設されたピッチで、周囲の音を完全には遮断しにくく、選手には「プレーに必要な音」を聞き取るのが難しい環境だった。だが、この逆境を中川監督はあえて、「パリでのシミュレーションになる」とプラスにとらえた。パリパラの会場は12,000人収容のエッフェル塔下につくられる特設ピッチであり、歓声や雑音の影響も大いに想定されるからだ。合宿ではあえて歓声や拍手の音などをスピーカーから流し、雑音のある環境でのトレーニングも始めているという。
川村は、「本番のパリではもっと緊張感もあるなか、苦戦すると思う。事前にこういった環境で試合ができるのはありがたい」と話し、平林は、「パリはもっとすごいと思う。その中で応援の声をプラスに変えるぐらいのつもりで戦いたい」と意気込んだ。
中川ジャパンの国内初お披露目となった今大会は家族やチームメイト、歴代代表チーム関係者など多くの「ブラサカファミリー」が見守った。また、あえてオープンエリアで開催することで、ブラインドサッカーという競技をお披露目する好機にもなった。実際、フラッと通りがかって脚を止めた「初観戦者」も多かった。最初はミニサッカーかフットサルかと思った人も少なくなく、実はブラインドサッカーの試合だと知って、「見えないなかで、すごい」といった率直な感想から、「ルールを知りたい」と大会プログラムを開く人や「試合終了まで見ていこう」と予定を変えた人。さらには、「パラリンピックも絶対に応援します」という熱い声援まで! ブラインドサッカーの新たなファンを開拓する有意義な大会にもなったのだ。
「みんなの想いが、強さになる」――日本ブラインドサッカー協会がパリパラに向けて新たに掲げるテーマだ。中川ジャパンはこれまで、パラリンピック自力出場、公式戦での中国撃破、世界ランキング史上最高の3位に……など、さまざまな「史上初」を打ち立ててきた。大阪で得た数々の手応えや自信、声援を強さに変えて、パリではパラリンピックのメダルという、さらなる「史上初」をつかみ取るつもりだ。
なお、パリパラは8月28日から9月8日まで開かれ、ブラインドサッカーは9月1日から7日まで、パリ市内のエッフェル塔スタジアムで行われる。日本はグループリーグでコロンビア、モロッコ、アルゼンチンと順に対戦し、表彰台を目指す。
<ダイセル ブラインドサッカージャパンカップ 2024 in 大阪: 最終結果>
順位
1位:モロッコ/2位:日本/3位:メキシコ/4位:マレーシア
個人賞
MVP:ズハイール・スニスラ選手(モロッコ)/MIP:後藤将起選手/大会得点王(2点):モハメッド・エル・アムシ選手、川村怜選手/ベストGK:ハリッド・ケルマディ選手(モロッコ)
写真/吉村もと・ 文/星野恭子