オリンピックの熱気の冷めやらぬパリ。東京2020大会から早3年、アスリートやチームの競技活動を支える企業の在り方は時代とともに変化している。なかでもパラスポーツへのサポートは過渡期、あるいは発展途上にあるだけに多様性に富み、資金面にとどまらず、競技団体や自治体との連携で地域・社会の課題解決に繋がる包括的なサポートへと幅を広げている。
車いすバスケットボールをはじめ複数競技のアスリート・団体をサポートする日本生命保険相互会社(以下、日本生命)もその一つ。東京2020大会後もパラスポーツを継続してサポートする理由と、バスケットボール界と一緒に取り組む共同事業「ALL BASKETBALL ACTION」が社会に与える影響について聞いた。
コートを滑るように動き回る競技用車いすのスピード感。ぶつかり合う車体の衝突音。闘志みなぎる選手たちが激しい攻防を繰り広げた先には華麗なシュートと観客の興奮が待つ。
ルールは障がいのレベルと車いすを使用する競技特性に合わせて規定されているが、コートやボールのサイズ、ゴールリングの高さ、ポジションは健常のバスケットボールと同じ。そのため車いすバスケットボールはパラスポーツを見慣れない人も、ごく自然に試合に入り込める、パラスポーツの入り口にはもってこいの競技だ。
「競技用車いすの操作を覚えれば、障がいの有無にかかわらず誰もが一緒にプレーできる。」こうした特長に価値を見出し、健常のバスケットボールと車いすバスケットボール両方をサポートし続けるのがメインパートナーの日本生命である。
「バスケットボールは障がいの有無や年齢、性別を問わず気軽に楽しめるスポーツです。それを物語っているのが日本バスケットボール協会(JBA)の掲げる『オールバスケで日本を元気に!』というスローガン。2017年から日本車いすバスケットボール連盟(JWBF)をサポートしてきた我々はその理念に共感し、2019年4月からJBA、2021年3月からはB.LEAGUE(Bリーグ=ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ)のサポートも始めました。そしてバスケットボールを通じ、より広い取り組みができないかとJBAに働きかけを行い、『ALL BASKETBALL ACTION』(オール・バスケットボール・アクション)を立ち上げ、2022年8月にJBAとJWBFとの共同事業としてスタートしました。
縦割りと言われる日本のスポーツ組織にあって、オリンピック競技とパラリンピック競技の垣根を越えたサポートを形にし、新風を吹き込んだ日本生命。その経緯を説明する同社執行役員でチーフサステナビリティオフィサー兼主計部長の鹿島紳一郎さんは、「企業と競技団体が相互連携・融合する新しい形をつくれたのではないかと思う」と続ける。
ALL BASKETBALL ACTIONは、予定より1年遅れで開かれた東京2020オリンピック・パラリンピックの機運を消さないよう、バスケットボール界と力を合わせて取り組んでいるプロジェクトだ。
東京2020大会は新型コロナウイルス感染拡大の影響であいにく無観客開催ではあったが、各種メディアの報道や大会に向けたさまざまな活動によってアスリートの活躍とスポーツの意義が日本中に伝えられた。とりわけパラスポーツの認知度は大会前よりも向上した。
しかし、大会が終わるとその流れも下降線に。
日本パラスポーツ協会(JPSA)が行ったパラスポーツの認知度調査によれば、東京パラリンピック前の2021年7月には「パラスポーツを知っている(理解している)」「聞いたことがある」と回答した人が69.3%だったのが、9月の大会後には79.4%に上昇。それが2022年7月には72.4%に下がったというデータもある。
「本来、東京2020大会はピークではなく、きっかけ」と言う鹿島さん。そのベースにはスポーツを通じて地域・社会の課題解決に貢献できるという考えがある。
「当社は、「相互扶助」「共存共栄」といった「支え合い」の理念を大切にしています。スポーツのサポートにあたっても、こうした「支え合い」の大切さを伝えていくため、スポーツの取り組みのスローガン『Play, Support.〜さあ、支えることを始めよう。〜』を掲げています。 スポーツは、多くの人々に楽しさや夢・感動を与える力があると考えているので、アスリートの試合の勝ち負けやメダルの色、記録などの結果ばかりでなく、目標に向かうアスリートの姿勢やその過程に目を向け、サポートしていくこと、また、当社所属のアスリートや競技団体と連携した取り組みを展開していくことが、地域・社会の課題解決に資する取り組みにつながっていくのではないかと考えています」
ALL BASKETBALL ACTIONの取り組みには3つの柱がある。
1つ目は、子どもたちに夢や目標を持つことの大切さをバスケットボール選手が伝える「DREAM HOOP PROJECT」(ドリーム・フープ・プロジェクト=夢授業)。
2つ目は、B.LEAGUEなどと一緒に取り組む地域密着型の「CONNECT LOCAL PROJECT」(コネクト・ローカル・プロジェクト)。
そして3つ目はJBA、JWBF、B.LEAGUEの大会会場で、それぞれのカテゴリーの選手が相互にファンを巻き込みバスケットボール界全体を盛り上げていく活動だ。
まずDREAM HOOP PROJECTは、バスケットボール選手が講師となって全国各地の中学校へ出向き、バスケットボール教室や自分たちの体験をもとに、選手が生徒に夢や目標を持つ大切さを伝えることで、子どもたちが将来について考えるきっかけ作りをしている。
事業を企画したサステナビリティ経営推進部調査役の杉山江美さんは、関わってみなければ分からなかった子どもたちの反応と教員が抱える教育現場の課題の双方を感じている職員の一人だ。
「先生方の悩みとして、テストの成績で順位付けされ学力が“見える化”すると、『自分はこれくらいの高校に行って普通にサラリーマンになって……』みたいな守りの人生を想像し、挑戦することを諦めてしまう子どもが多いというお話を聞きました。でも、そこにアスリートがやって来て、躓きながらも人生を選択してきた経験談を語ると、子どもたちの中に『夢をみつけるために好きなことに広くアンテナを張っていこうと思った』 とか『夢は一つじゃなくていいし、途中で変わってもいいんだ』というような気づきが生まれたと聞いています」
特に東京パラリンピックで銀メダルを獲得した車いすバスケットボール選手たちがプレーする姿を間近で見ることや授業で選手から話を聞くことは、 閉塞感のある子どもたちの心を動かすという。
「希望ある未来を描くお手伝いが出来たのかなと思うと嬉しいですね」と杉山さん。
杉山さんと同じ部署で働くスポーツプロモーション担当部長の真鍋秀一さんも、DREAM HOOP PROJECTの効果を実感している。ある中学校で、アスリートが来ると知った不登校の生徒が、その日は登校したそうだ。
「スポーツやスポーツ選手の力ってすごいですよね」と真鍋さん。「特に地方ではトップアスリートと触れ合う機会が少ないため、社会課題の1つでもある子どもの“体験格差”を減らす一助になれば」と話す。
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写真/越智貴雄[カンパラプレス]・ 文/高樹ミナ