パリの地で、ゴールボール日本代表「オリオンJAPAN」男子が最高の輝きを放った。パリ2024パラリンピック、競技8日目の9月5日夜(現地時間)、ゴールボール男子の決勝戦が行われ、日本(世界ランキング6位)がウクライナ(同8位)に延長戦の末、4-3で勝利。同競技の男子としては初となる金メダルを獲得した。
ゴールボールの日本勢はこれまで、2012年ロンドン大会の金メダル獲得など女子の活躍が目立っていた。一方、男子は開催国枠で出場した東京大会が初のパラリンピックで、このときは準々決勝で敗れて5位。女子は銅メダルだった。この悔しさをバネに、定評ある守備に加え、「世界で勝つための攻撃力」強化に努めた。2022年7月にはアジア・パシフィック選手権を初制覇。さらに昨年8月、イギリスで開かれた国際大会、IBSAワールドゲームズで初優勝し、自力でのパリ大会出場を決めるなど着実に力をつけた。今大会には、「金メダル獲得」を明確な目標として臨み、磨いてきたテクニックと緻密な戦略を、抜群のチームワークで遂行し、目標を達成したのだ。
ゴールボールのパリ大会は、男女別に、大陸別選手権王者など8カ国が出場。2プールに分かれ4チーム総当たり戦による予選リーグの順位によって準々決勝以降の組み合わせが決まる試合形式でメダルが争われた。
日本は予選リーグの初戦から苦戦した。相手は中国(同3位)で、東京大会準々決勝で4-7と敗れ、昨年のアジアパラ競技大会でも3-9と跳ね返されるなど長年の壁でもあった。接戦の末、6-7と惜敗。つづくウクライナにも8-9と連敗を喫した。しかし3戦目のエジプトには11-1のコールドで快勝し、予選リーグを1勝2敗の3位で終えた。ここから快進撃が始まる。
準々決勝の相手は別プールの2位で、東京大会銀メダルのアメリカ(同4位)だった。先制されたが逆転し、6-4で勝利。東京大会では超えられなかった準々決勝の壁を突破した。初の準決勝は再び、中国との対戦となった。予選では敗れていたが、オリオンJAPANは敗戦で得た課題を攻守にわたって見事に修正し、自信をもって試合に入った。序盤から連続得点でリードを奪うと、6人全員がコートに立ち、宿敵に13-5の大差をつけて、初の決勝へと駒を進めた。
決勝の相手もまた、予選で敗れたウクライナだったが、中国戦同様、ひるむことはなかった。日本はセンターに田口侑治、ライトに金子和也、レフトに宮食行次の攻撃的布陣でスタート。序盤は両チームとも堅い守備を見せたが、前半2分すぎ、金子が低いバウンドボールで先制。さらに宮食もグラウンダーで続き、日本が2点をリードする。だが、4分すぎにウクライナに1点を返され、その後、ペナルティスローも決められて、前半は2-2の同点で折り返した。
後半はセンターに萩原直輝が起用され、レフトに金子、ライトには前半終盤から入った佐野優人でスタート。後半3分すぎに佐野がグラウンダーでセンター左に勝ち越し点を決めるも、残り2分でまた、同点に追いつかれる。
試合は3-3で延長戦に入った。前後半各3分だが、どちらかが1点取れば試合終了となるゴールデンゴール方式だ。序盤は両チームとも緊迫した攻防の応酬だったが、前半1分半、佐野が放った低いバウンドボールが相手レフトの足をはじく。ボールがそのままゴールに吸い込まれると、静寂のコートは一気に歓喜に包まれた。
値千金の決勝点を決めた佐野は、金メダル獲得で、「ゴールボールのかっこよさを知ってもらって、ファンを作りたい」と力を込めた。
金メダルの快挙は3年間の地道な努力に根ざしたチーム強化のたまものだ。オリオンJAPANは年間200日にもわたる合宿をこなしてテクニックを磨き、寝食も共にするなかでチームの絆を深めた。
鈴入りの特製ボールはバスケットボール大で重さは1.25kgもある。選手は強く速いボールを投げるために、専門家の指導によるフィジカルトレーニングで肉体改造にも励んだ。例えば、エースの宮食は3年前の90kg台から「120㎏のバーベルまで挙がるようになり、ボールのパワーも伸びた。コンスタントに得点できる自信をつかんだことで、守備も安定した」と3年間の進化を強調する。
多彩な攻撃も日本の強みだ。ウイング陣は単純に投げ合っているのでなく、さまざまなコースに精度よく投げ分け相手守備を左右にずらす。さらに、床を這うような高速グラウンダーや、バウンドの高さが異なる多様なバウンドボールを使い分け、ボールの高低差でも揺さぶるテクニックを持つ。速攻や移動攻撃、助走の方向とは逆側にボールを投げる通称“くの字”投げなども駆使し、相手守備をかく乱する。ボールの投げ手以外の選手も足音を立てて音でだますチームでのフェイクも特長だ。3選手が連係するフェイクの一つで、両サイドの選手が「X」を描くように走り、最後にセンターから投げ込む秘策、“オリックス”は準決勝で披露し、中国を慌てさせた。
代表選手6人にそれぞれ異なる持ち味があり、試合展開に応じて起用できる選手層も強みだ。世界でも稀有なサウスポーでエースの金子は強いリーダーシップをもつキャプテンでもある。今年4月の就任時には、「ぼくは絶対にこのチームを勝たせる。だから、勝つためのことを常に考えよう」とチームに呼びかけたそうだ。宮食はここぞの一発がある頼れるエースだ。攻守に安定感のある佐野に俊敏性の高い最年少、鳥居陽生。センターの田口と萩原は守備の寝方の向きが左右異なる。
さらに、東京大会後、もともとレフトだった金子がライトも挑戦し始め、今では二刀流となったことも大きい。聴こえ方も異なるし、簡単な挑戦ではない。守備力を考えると、レフトでは身体の左を下に、ライトでは右を下にして寝るほうが有利とされるため、金子は守備フォームの二刀流も身に着けた。金子自身は、「ライトでの国際経験はまだ少なく、正直、まだ怖い部分もある」と胸の内を明かすが、工藤力也ヘッドコーチ(HC)は二刀流の金子によって戦術の幅が広がったと喜ぶ。二枚エースの宮食と金子を左右に置く攻撃的なスタイルと、金子と佐野が入る攻守のバランスが取れたスタイルという「2つの引き出しができた。両方やることは大変だが、金子が努力してくれたおかげ」と話す。
6人の選手を相手や展開に応じて交代させながら起用し、攻撃の狙い処など緻密な戦略を授けたベンチワークも冴えていたが、その拠り所となったのは対戦相手に関する情報だ。オリオンJAPANでは、「映像分析班」と呼ばれる専門スタッフがいて、映像から得られる情報を分析して抽出したデータを活用している。日本選手のデータを強化に生かしたり、大会では対戦相手の過去の試合データに加え、その大会中も各試合の映像を撮影して即座に分析する。各チームの攻守の特徴などの情報は試合前のミーティングで選手やスタッフに共有され、戦略づくりの拠り所となっている。
とはいえ、工藤HCは選手の自主性を重視する。「スタッフは選手と同じ目線でアドバイスを加える程度。選手自らが考え行動できるチーム作りを目指してきて、それが完成した」と、金メダリストとなった選手たちを改めて称えていた。
愛称の「オリオンJAPAN」は夜空に輝くオリオン座に由来する。特徴的な3つ星がコート上の3選手に重なるのはもちろん、3つ星を囲むように並ぶ外側の4つの星がベンチで控える選手やコーチ陣、スタッフ、そして、サポーターなど選手たちのプレーに欠かせない人々を象徴している。金メダルは、「オリオンJAPAN」のそれぞれが役割を全うし、力を発揮した結晶なのだ。
金子キャプテンはしみじみと話した。「(今大会の)プレーを見て次世代の子がかっこいいとか、この舞台に出たいとか、そう思って入ってきてくれれば、さらなる底上げができてレベルアップできる。いい方向に進んでいくと思う。金メダルを獲ったことには、想像もつかない大きな意味が、もっともっとあると思う」
オリオンJAPANがこの先、どんなふうに輝きを増していくのか、楽しみにしたい。
【最終順位】
▼男子
金メダル:日本
銀メダル:ウクライナ
銅メダル:ブラジル
4位:中国
5位:イラン
6位:アメリカ
7位:フランス
8位:エジプト
▼女子
金メダル:トルコ
銀メダル:イスラエル
銅メダル:中国
4位:ブラジル
5位:カナダ
6位:日本
7位:韓国
8位:フランス
写真/吉村もと・ 文/星野恭子