昨夏、パリ2024パラリンピックは史上2番目のチケット販売数を誇るなど華々しい成功を収めた。一方、国内では車いすバスケットボール男子日本代表が4年後に向けてスタートを切っていた。2024年5月に選考会が行われ、6月の男子ハイパフォーマンス強化指定の強化合宿から本格的に再始動となった。夏には2つの国際大会でパラリンピック出場国と対戦し、自分たちの“現在地”を図るなどしてチーム再建への道を模索。2024年は、パリの出場権を掴めなかったという厳しい現実から目をそむけずに向き合い続けた1年となった。そして今年は再び世界の舞台へと返り咲くための戦いがある。その大一番に向けて、京谷和幸ヘッドコーチが決断したものとは――。
今年11月に開催が予定されているのが、アジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)。2026年の世界選手権への予選でもある重要な大会だ。パリパラリンピックのほか、新型コロナウイルス感染症の影響を受けてAOCを途中棄権し、前回の世界選手権(2023年)に出場することができなかった男子日本代表にとって、来年の世界選手権は東京2020パラリンピック以来となる“世界一決定戦”となる。それだけに今年のAOCで、世界選手権の出場権を獲得するか否かは、今後を占う意味でも非常に重要となる。
そのAOCに向けてチームの再建を図ろうとしている京谷HCは、2025年の強化についてある決断を下した。
「合宿も割り切って人数を絞り、ある程度固定したメンバーでいきます。選手たちにも『強化指定だからといって必ず合宿に呼ぶとは限らない』という話をしました。そういうふうにしなければ、11月のAOCには間に合わないからです」
指揮官がその考えに至った背景には、昨夏に感じた世界との“差”があった。昨年6月に再始動した際、京谷HCがまず着手しようとしていたのはオフェンスだった。パリの出場を逃した1月のAOCではディフェンスには手応えを感じた一方で、オフェンスで得点力不足が露呈したからだった。なかでも京谷HCが課題として挙げたのが、「ペイントエリアへの意識の薄さと力不足」で、オフェンスの考え方といった根本から変えていくことで突破口を見出そうと考えていた。
しかし、夏に行われた2度の海外遠征でパリパラリンピックを直前に控えた強豪国との対戦で直面したのは「世界との得点力の差は明らかだった」という京谷HCの言葉からもわかる通り厳しい現実だった。「現在、日本は世界のなかで高い位置には全然いないと感じた」とキャプテンの川原凜。副キャプテンの鳥海連志も「いい感触はまったくなかった」と語る。
さらにパリパラリンピックのデータを分析した結果、「海外勢は(得点力が)東京パラリンピックより約10点分アップしていた」と京谷HCは語る。実際に現地で観戦した鳥海は「日本や自分自身との差は明らかに大きなものがあった」という。2024年は東京パラリンピックからの3年間で開いた世界との得点力の差を、まざまざと見せつけられた。そこで京谷HCは強化の柱を再びディフェンスにし、かつ全体にまんべんなくではなく、少ない人数にフォーカスした強化策に切り換えることを決断した。
「世界がオフェンス力を伸ばしてきているなかで、日本が武器とすべきなのはやはりディフェンスだなと。日本だからこその精度、緻密さをさらに追求し、その部分を向上させていくことが重要だと考えました。そのためにはある程度人数を絞り、コアなメンバーでやっていかないと質の高い連携やコンビネーションは生まれない。そこまでしなければ、もう世界には勝てません」
もちろん、2024年にオフェンスに重点を置いたことは決して無駄にはならない。「自分たちの得点を10上げるオフェンス力」と「相手の得点を10抑えるディフェンス力」。それらがそろって初めて、世界のトップに対しての勝機が見えてくるからだ。
「この1年でオフェンスやシュートへの意識づけは十分にしてきましたので、あとは個々でしっかりやってくれれば。でもディフェンスに関しては1人でもチームのルールに反することをすれば、そこから一気に崩壊してしまう。ほんのわずかな隙も許さない緻密さが求められる。そしてそれは日本にしかできないこと。そういう部分を磨いていきたいと思っています」
ただいずれにしても「5、6点以内の僅差で勝つゲームプランを想定している」と京谷HCは言う。つまり、激しい競り合いのなかで最後に勝利を奪い取るだけの強いフィジカルやメンタルも必要となる。メンバーを絞る狙いは、それにも直結する。「合宿に呼ぶメンバーを限定することによって、“負けるものか”という闘争心が自然と沸き上がってくるはず」と京谷HC。選手間の競争心を促すことによって、メンタルが磨かれ、日常のトレーニングへの意識も高まることが期待される。
そして、日本と言えば“トランジションバスケ”である。攻守の切り替えが速く、オールコートを使った展開の速いバスケで、高さのある海外勢と勝負してきた。そのスタイルは、ほんの2、3年前までは日本とアメリカの専売特許と言っても過言ではなかっただろう。だが「今では世界がそれに追随している」と京谷HCは言う。
「今はどこも高さを生かしてというよりも、どちらかというと展開を速くして、相手が整う前にシュートを打ち切るバスケをしている。だから攻める回数とシュート本数が増えていて、そのうえで決定力があるからこそ、これだけ得点力が上がっているのだと思います」
だからこそ、日本はこの部分においても質の向上が求められている。「小さい日本はさらに切り替えを速くしなければなりません。そのためには、判断のスピードアップが求められる。走るスピードはどうしたって限界があるわけで、あとはどれだけ判断するスピードを追求していけるかだと考えています」
11月のAOCまで、あと9か月。“緻密な戦略を遂行する精度の高いディフェンス”と“判断の速さで相手を上回るトランジション”を、どれだけ向上させられるかが、世界の舞台への扉のカギとなる。果たして、2025年は男子日本代表の“下剋上元年”となるか、注目の1年となる。
写真・ 文/斎藤寿子