下肢に障害がある選手によるベンチプレス競技、パラ・パワーリフティングの全日本選手権が3月1日から2日間にわたり、東京・八王子市の日本工学院八王子専門学校で開かれた。女子9階級、男子10階級が行われ、計32人がエントリー(うち女子1人が欠場)。加えて、今年は海外招待選手としてラオス、カンボジア、タイ、韓国から8人が参加した。
女子79㎏級の日本記録保持者である田中秩加香(京西電機)が今大会も魅せた。田中は、第1試技で95キロに成功。第2試技で98キロを挙げて自身が持つ日本記録を2キロ更新すると、第3試技で日本人女子選手初となる“大台”の100キロに成功した。視覚障害も抱える田中だが、いずれの試技も一切ブレることなくすべて白3つ判定のパーフェクトなパフォーマンス。特別試技の103キロには惜しくも失敗したが、最後まで存在感を放った。
田中は「ラックから外した時の重量感が軽かった」と100キロの成功試技を振り返り、「よく食べ、よく寝て、運動するというリズムを守ってきたことがパワーアップにつながってきたのかなと思う」と、笑顔を見せていた。自己ベストは103キロで、トレーニングでは106キロにも成功しているという田中。今年は110キロを目標に据え、歩みを進めていく。
女子55㎏級でも日本新記録が誕生した。中村光(日本BS放送)は、第1試技でスタートのコール前に試技を始めるミスで失敗。しかし、その後は気持ちを切り替え、第2試技で65キロを軽々と挙げると、第3試技で自身が持つ日本記録を2キロ上回る70キロに成功。さらに、特別試技で重量をさらに上積みし、72キロを持ち上げた。10月の世界選手権(エジプト)の派遣標準記録(77キロ)まで5キロに迫る。そのチャンスとなるのが6月末のチャレンジカップ京都で、中村は「ここで突破できるよう、しっかり練習に励みたい」と、力強く語った。
同階級の山本恵理(日本財団パラスポーツサポートセンター)はすべての試技に成功し、約2年ぶりの自己ベストとなる66キロをマーク。台上で力強いガッツポーズと笑顔を見せた。この階級をけん引してきた山本は、病気やケガなどで記録が伸びず苦しんだ時期があった。しかし、台頭してきた中村が自分の記録を超えていくなかで、「日本人でも70キロを挙げられるんだと気づかせてくれた。 “勝たなきゃいけない”という思い込みも取っ払うことができた」と振り返った山本。到達した新境地で自分なりの飛躍を目指していく。
また、女子61㎏級の桐生寛子が77キロを挙げて日本新記録を樹立した。桐生は昨年12月の記録会で非公認ながら自己ベストとなる80キロに成功しており、「それを上回れなくて悔しい」と振り返った。ただ、世界選手権の派遣標準記録はすでに突破済み。「世界選手権で85キロを挙げたい。しっかりと結果を残して日本に帰ってきたい」と語った。
男子49㎏級は、西崎哲男(乃村工藝社)が第2試技で140キロを挙げ、3年ぶりに自身が持つ日本記録を更新。さらに第3試技で142キロに成功し、10月の世界選手権派遣標準記録を突破した。昨年の8月からパラクライミングに挑戦しているという西崎。上腕のみの力で壁を登るクライミングで使う背中の筋力や体幹、身体の振りが、パワーリフティングでブリッジを作る際の安定感などに活きているそうで、「今日の試技でも背中部分が安定し、ラックから外した時点で軽く感じた」と、手ごたえを語る。同時に、バーを持つ手の少しずつ幅も広げるなど工夫もしており、世界選手権ではさらなる記録更新を誓っていた。
男子65㎏級では、奥山一輝(サイデン化学)が第2試技で159キロを挙げて3年3カ月ぶりに日本記録を塗り替えた。続く第3試技でも162キロに成功し、さらに記録を更新した。昨年12月の記録会では非公認ながら162キロを挙げていた奥山。胸の付け根を断裂する大怪我から復調するなかで、セオリーとは逆のタイミングで呼吸をしてみるなどの挑戦がハマったといい、その成功体験が今大会の結果にもつながった。「自分のなかの問題をひとつ打破できた」と奥山。世界選手権では「165キロ以上は狙いたい」と、言葉に力を込めた。
男子72㎏級は、樋口健太郎(コロンビアスポーツウェアジャパン)が美しい試技で188キロをマーク。2023年の杭州アジアパラ競技大会で自身が打ち立てた日本記録を2キロ上回った。特別試技は190キロを失敗したが、果敢なチャレンジに観客から大きな拍手が送られた。
そのほか、男子88㎏級の田中翔悟(三菱重工高砂製作所)は今大会日本人選手の最重量となる190キロに成功し、自己ベストを更新。特別試技で200キロに挑んだが、こちらは惜しくも挙上はならなかった。男子107㎏級の佐藤和人の記録は、180キロに留まった。唯一、日本から出場したパリ2024パラリンピックでは8位。今大会はそのパリ後初の公式戦となり190キロ以上を目標に掲げていたが、1週間ほど前に調子を落としてしまったという。「試合に臨む姿勢を慎重に調整していかなければ。パリの経験も活かしつつ、一度初心に戻って頑張っていきたい」と話し、前を向いた。
今大会は競技歴が浅い選手たちもエントリーを叶えた。元車いすバスケットボール選手の森繁真弓は昨年10月に初めてパラ・パワーリフティングの試合を観戦したことがきっかけで競技を始めた。全日本は今大会が初出場ながら、62キロ、64キロ、66キロとすべての試技に成功。自己ベストも更新するパフォーマンスで会場を沸かせた。
また、J-STARプロジェクト5期生の斉藤耕は、競技歴2年ながら昨年12月の記録会で全日本の参加標準記録を突破し、本大会に出場。初の大舞台ながら、男子97㎏級で143キロを挙げた。148キロの自己ベスト更新はならなかったが、「やるだけ伸びると感じていて、それが自信につながっている。(佐藤芳隆が持つ171キロの)日本記録を更新できるよう頑張りたい」と、力強く語った。
J-STARプロジェクト5期生で2度目の全日本出場となった女子50㎏級の柳原愛(アイ工務店)は、第1試技で56キロに成功。続いて58キロ、60キロに挑戦して挙げ切ったものの失敗判定となってしまった。「悔しいけれど、胸の止めなど精度が甘かったので克服していきたい」と話した。
また、競技歴3年の男子の日野雄貴(シンプレクス・ホールディングス)は前回大会の72㎏級から階級を上げて80㎏級に出場し、自己ベストとなる172キロに成功した。3人中、見事トップの成績をおさめ、「日本一を狙っていこうと思っていたので、しっかり遂行できて良かった」と、笑顔を見せた。
新人選手からベテラン選手まで、幅広い年代の選手がそろうパラ・パワーリフティング。年齢を重ねても、やればやるだけ記録が伸びると言われている世界だけに、世界選手権やロスパラリンピックに向けてさらなる飛躍が期待される。
写真/植原義晴・ 文/荒木美晴