4月10日から12日まで3日間の日程で、日本初開催となるパラ水泳の国際大会、「ワールドシリーズ」が静岡県富士水泳場(富士市)で行われ、21の国と地域から約230選手が熱戦を繰り広げた。日本選手にとっては9月にシンガポールで開かれる世界選手権の日本代表を選考する第1次選考会にも指定されており、派遣基準記録突破など、70選手あまりがそれぞれの目標に挑んだ。
ワールドシリーズは世界パラ水泳連盟(WPS)が2017年から主催しているシリーズ戦で、マークした記録が世界選手権やパラリンピックへの出場記録として認定されるなど重要な大会だ。世界各地で1年に8回程度開かれている。
なお、パラ水泳は運動機能障害や視覚障害、知的障害など多様な障害を対象としており、それぞれの障害の種類や程度に応じて「クラス」に分かれ、パラリンピックをはじめ多くの大会では基本的に「クラスごと」に競って順位を決める。一方、ワールドシリーズは「マルチクラス競技形式」という異なる競技形式で実施される点が特徴だ。これは、さまざまなクラスの選手が混合でレースを行い、順位は予めクラスごとに設定された特別な計算式、「WPSポイントシステム」を使って各選手の実際のタイムを「WPSポイント」に変換するもので、最も高いポイントの選手が1位となる。今大会も異なる障害クラスの選手が同じ土俵で競い合い、「刺激を受けた」という声が聞かれた。
この記事では、男子の競技の様子をレポートする。
知的障害クラス男子は4選手が、日本知的障害者水泳連盟(以下、知的水連)が設定した世界選手権への派遣基準記録(以下、派遣記録)を突破した。
まず、山口尚秀(SB14/四国ガス)が最も得意とする100m平泳ぎの予選で派遣記録をクリアすると、決勝では記録をさらに伸ばし、1分2秒64の世界新記録(SB14)で優勝した。自身が2年前に作った記録を0秒11上回った。予選からトップ通過の山口は決勝もスタートから飛ばし、50mをただ一人29秒台で折り返すと、さらにペースアップ。2位以下に5秒以上の差をつける貫録の泳ぎだった。
山口は、「国際大会で金メダルは(マンチェスター世界選手権以来)1年半ぶり」と喜んだ。連覇が期待されたパリ2024大会は開幕1カ月前に負傷、手術の影響により銅メダルだった。「世界記録は昨年のパリパラリンピックで出したかったが、まだまだ速くなれるという実感は十分ある」と手応えを口にした。
他に、200m個人メドレーと混合4x100mリレーでも金、100m背泳ぎでは銀を獲得しマルチスイマーぶりも発揮。「世界の競技レベルも上がっているので、それに対応できるようにしていきたい」と前を見据えた。
100m平泳ぎでは佐藤悠人(SB14/イトマンスイミングスクール向山校)も予選で1分9秒23をマークし、派遣記録を突破し、決勝では6位に入った。
また、100mバタフライ決勝では松田天空(S14/NECグリーンスイミングクラブ溝の口)が57秒75で優勝、2位には村上瞬也(同/同)が0秒08差で続いた。二人とも派遣基準もクリアした。
松田は、「一安心。レースとしては、感覚的にすごく良かった」と振り返り、400m自由形でも銅メダルを獲得した。最近は身体の自然な動きと出力のタイミングを合わせてスピードを上げる泳ぎを強化していると言い、世界選手権に向けてさらに高めていく。
なお、知的水連では、6月29日の第28回日本知的障害者選手権水泳競技大会(横浜市・横浜国際プール)を最終選考大会に指定しており、同大会後に今大会の結果と合わせて日本代表が決定される。谷口裕美子ハイパフォーマンスディレクターは山口の世界新を「素晴らしい」と評価し、全体的には「春の出だしとしてはこんなくらいでしょう」と6月の日本選手権への期待感を口にした。
身体・視覚障害の選手が所属する日本パラ水泳連盟(以下、パラ水連)では世界選手権に向け派遣基準記録AとB、U21選手を対象とする同A-U2、B-U21などを設定。パラリンピアンから若手まで幅広い選手が挑み、選考基準に則って今大会で男子は5名が第1次日本代表選手に決まった。
100m背泳ぎではパリ2024大会銀メダルの窪田幸太(S8/NTT ファイナンス)が予選で1分7秒26をマークし、派遣基準Aをクリアした。決勝では6番手(1分7秒47)のフィニッシュだったがWPSポイントにより、トップタイムで泳いだ山口(1分1秒68)らを抑えて優勝した。
ポイント制で行われた今大会は決勝に必ず残れるとは限らないため、窪田は「予選1本しかないという気持ちでいった。最低限、派遣タイムを切ることを狙っていたので良かった」と振り返った。好記録の要因として、「フォームが100mを通して安定していたこと」を挙げた。パリ大会後、上半身と下半身の動きのずれを感じ、今年に入ってから好調時の映像を参考にフォームの修正に取り組み、この日の金メダルにつなげた。
「最近の海外の大会では2番が続いていたので、世界選手権に向けてもいい弾みになった。予選から自己ベストを狙って行きたい」と話し、100m背泳ぎのスペシャリストとして、さらなる高みを目指すことを誓った。
パラ水連ではまた、パリ2024大会金メダリストが今大会、対象種目に出場すれば代表決定と規定しており、2名が決定した。一人は鈴木孝幸(SB3/GOLDWIN )で、50m平泳ぎで予選をトップ通過(52秒36)して、代表に決定。決勝ではさらに49秒49とタイムを伸ばして優勝も果たした。他に100m自由形でも銀を獲得し、健在ぶりを示した。代表入りを決めた世界選手権に向けて、「出るからにはメダルを獲りたい。ここから上げていく」と意気込んだ。
静岡県出身の鈴木は地元で初開催されたワールドシリーズについて、「海外選手と競い合える貴重な機会。(学校観戦など)大勢に応援にきてもらえたし、いい泳ぎも見せられてよかった。パラ水泳の普及や人気向上への一助になってくれれば」と期待を寄せた。
もう一人、木村敬一(S11/東京ガス)は対象種目の100mバタフライと50m自由形に出場し、代表に決定した。パリ2024大会後は休養を優先したと言い、本格始動は今年2月から。「十分なトレーニングができているとは言い切れないが、今持っている力はそのまま出たのかな」と自己評価。世界選手権に向け、まずはフィジカルを戻したうえで、技術的な部分に手を入れていく強化プランを話した。
パリ2024大会に初出場し、ロス2028大会で躍進を期す2選手も派遣基準A-U21を突破し、代表入りを決めた。一人は田中映伍(S5/東洋大学)で、50m背泳ぎ決勝は36秒68で、50mバタフライ決勝でも34秒76で泳ぎ、WPSポイントにより2冠に輝いた。
パリ後はそれほど休まず、トレーニングを続け、とくに予選と決勝の2本のレースをしっかりと泳ぎ切る持久力強化に励んできたという。今大会は200m個人メドレーでも自己新をマークし、「今までより、最後まで出し切ることができている」と、練習の効果を実感する機会にもなった。
もう一人は川渕大耀(S9/NECグリーンスイミングクラブ溝の口)で、メインとする400m自由形でU21の派遣基準Aをクリアし、代表入りを決めた。予選では前半を抑えすぎてA決勝進出を逃したが、ユース決勝には残った。気持ちを切り替え、後半にタイムを上げてエネルギーを使い切るレースプランで臨み、予選タイムを10秒以上上回る4分18秒16の快泳を見せ、トップタイムで金メダルも獲得した。
今大会は調子がなかなか上がらなかったが、仲間たちの「川渕なら大丈夫」の励ましが力になったと言う。世界選手権に向け、体力強化も含めて泳ぎ全体を底上げし、「世界の選手たちをビックリさせたい」と意気込んだ。
パラ水連の上垣匠強化プログラムリーダーは「若手の育成は大きな課題であり、U21の派遣A突破者が2名なのは寂しいと感じる」と辛口の所見。パラ水連では6月29日までを派遣Bの突破期限に設定しており、突破者のさらなる上積みを期待したい。上垣リーダーは一方で、「競争力の高いポイントレースではアスリートの強さが磨かれる。そういう機会を国内で開催できたことは速さだけでなく、強さにもつながる大会になった」と評した。
なお、ワールドシリーズは来年また、富士市での開催が決まっている。
写真:吉村もと/文:星野恭子