5月19日から24日にかけて、ブラインドサッカー女子の国際公式戦として新設された「IBSA女子ブラインドサッカーワールドグランプリ2025 in うめきた」が大阪市のグランスタ大阪・うめきた広場で行われ、4カ国が熱戦を繰り広げた。出場したのは日本(世界ランキング1位)のほか、イングランド(同4位)、アルゼンチン(同5位)、オーストラリア(国際大会初参加)。日本は総当たり戦の1次リーグから決勝トーナメントを勝ち進み、24日の決勝戦でアルゼンチンを撃破。初代チャンピオンの称号をつかみ、駆け付けた多くの観客とともに歓喜に沸いた。
決勝戦は雨が降るあいにくの条件だったが、両チームとも集中力高く戦い、前後半の40分間で一進一退の攻防が展開された。結局、0-0でPK戦に突入。1人目がゴール左に外したアルゼンチンに対し、日本は1番手の西山乃彩がゴール左下にきっちり決めた。2人目はともに得点ならず、アルゼンチン3人目を日本のGK藤田智陽がしっかり押さえ、日本が1-0で勝利した。
日本は2023年、世界一を狙った世界選手権の決勝でアルゼンチンに敗れて準優勝。以来、打倒アルゼンチンを掲げて強化に励み、女子では世界選手権に次ぐレベルの今大会でリベンジ成功を果たした。だが、それだけではない。
今大会、日本チームは“ギリギリの布陣”で臨んでいた。実は、大会ごとに直前に行われ、各選手の障害の内容や程度を判定する「クラス分け」で、チームのエース、菊島宙と守備の要、鈴木里佳の2名の視覚障害が、「参加規程範囲に該当せず」と判定され、出場できなくなった(*)。さらに、成長著しい田中一華も体調不良で出場を辞退。結果、フィールドプレーヤーは4名のみで「交代ができない」状況となり、2名のGKを加えた6人での戦いを強いられた。だが、猛暑も雨天もあった5試合を戦い抜いて頂点に立ち、チームとして貴重な経験と自信もつかんだのだ。
(*) クラス分けの判定結果は検査当日の体調や検査環境などが見え方に影響することもあるという。クラス分けは大会ごとに実施されるため、今後の大会出場については再度クラス分けを受検できる。
まさに、総力戦だった。1次リーグ初戦ではアルゼンチンに0-1で敗れたが、山本夏幹監督は、「状況が状況なので、僕らがやれる最大限をやった」と選手を称えた。2戦目のオーストラリアにはスコアレスドローだったが、3戦目のイングランド戦は島谷花菜にようやく1発が出て1-0で勝利した。1次リーグ2位(勝ち点4)で進んだ準決勝ではオーストラリアと再戦し、島谷の2発で快勝。アルゼンチンとの決勝はPK戦となったが、西山のゴールと藤田GKのセービングで勝ちきった。得点の陰では竹内真子が攻守にわたってピッチを駆け回り、走行距離ではおそらくチーム随一の献身ぶりを示し、大会直前に新主将に指名された若杉遥はゴール前で体を張り、大きな声でチームを鼓舞した。
山本監督は、「厳しい大会だったが、初代王者としてここに立てたのは選手たちのおかげ。感謝している」と語り、「僕たちは、『ワクワクするサッカーを見せよう』というビジョンで本気で準備してきた。今回の(限られた)メンバーでも、それが達成できた」と、感慨深げにうなずいた。
決勝戦のヒロイン、西山はチームの新戦力だ。先天性の弱視だが、サッカーは4歳から始めた。強豪校で活躍したが、視力の低下もあり、大学生になった2019年からフットサルに転向。大学卒業後にフットサルでスペインに留学していたが、「世界の舞台でしっかり活躍し、いろいろな人の目に留まる選手になりたい」という思いから今年1月に帰国してブラインドサッカーに挑戦。3月から日本代表に合流したばかりの24歳だ。
ブラインドサッカーはアイマスクを着け、完全に見えないなかでプレーする点が大きな特徴だ。西山は、「空間認知やボール認知はまだ難しいが、これまでのサッカー経験で培ったボールタッチやシュートは自分のストロングポイント。ボールが足元に入れば、自信がある」と力強い。
今大会が代表デビュー戦だったが、チーム事情もあって初戦から先発起用された。途中負傷のためピッチを出た時間帯もあったが、全試合、ほぼフル出場した。PK戦の1番手は「直前に監督から指示された」そうだが、前日のオーストラリア戦でPKを蹴り、外したものの感覚はつかんでいた。「力まずに、練習通りに行こうと覚悟を決めて蹴った」というシュートは狙い通り、ネットの左隅に突き刺さった。
「(ゴールは)気持ちよかった。今大会はベストコンディションではなかったが、最後まで戦い抜けたことは自信になったし、ブラサカの面白さをいろいろ知れた」と手応えを語った西山。留学途中でブラインドサッカーを選んだことに、「後悔はない。挑戦は始まったばかり、これから成長していきたい」。伸びしろは計り知れない。
藤田GKも昨夏のGKトライアウトを経てチームに新加入し、今大会が公式戦初出場だった。「優勝は嬉しい。でも、自分のスローを前線に通して得点という目標は達成できず、悔しい」と自らに課す目標は高い。サッカーは小学校3年から始め、GKへの転向は中学2年。現在は日本体育大学の3年生で、女子サッカー部でも活躍中だ。
ブラインドサッカーのGKはサッカーとは異なるルールもあり、「選手へのコーチング」も重要な役割だが、ベテランGKの和地梨衣菜など、「いろいろな人にアドバイスをもらいながら、今は特訓中。『コーチング』という色で、自分を出していきたい」と前向きだ。
決勝のPK戦についてはアルゼンチンが前日の準決勝でも行っており、そのデータを参考に、「飛ぶ方向は決めていた」と勝負強さを発揮。さらなる進化が期待される。
2023年の世界選手権代表組もリベンジを目指し、磨いてきたそれぞれの持ち味をしっかりと発揮した。島谷はボールを持つとタテに突破してシュートにつなげるプレーが得意だ。大会序盤は大柄な海外選手に阻まれるシーンも多かったが、1試合ごとに挑戦と修正を重ねたという。「味方を信頼して少しずつやっていこう。ボールを大切に扱って攻撃の時間を長く持とう」と挑み続け、チーム最多の3得点につなげた。「思った通りのプレーができて、すごく嬉しかった」。今大会チーム最年少、16歳の躍進はチームの大きな財産だ。
若杉主将はゴールボールでパラリンピック出場経験もあり、今大会では精神的支柱としても若いチームを支えた。直前に3選手が離脱したのは大きな試練だったが、「覚悟を決めてやるしかない。それが、みんなの共通認識だった」。苦しい局面も、「ここを乗り越えれば、みんなで強くなれる」と言い合って辿り着いた頂点。「素直に嬉しいし、女子の国際大会を開催いただけたことは本当に幸せ。これをきっかけに、いろいろな方にブラサカ女子を知っていただきたい」と力を込めた。
実は、若杉自身は約1年前に左ひざに前十字靭帯断裂など重傷を負い、苦しいリハビリを経て今大会が復帰戦だった。「ギリギリだったが、『ここに立ちたい』という気持ちで、多くの人に協力してもらった。今回は自分のプレーには納得いかず、悔しいところもあるが、ハードワークできることが自分の強み。そういうプレーをもっと見せられるように練習を積み、次はチームに貢献したい」と自身の進化も誓った。
ピッチを駆け回った竹内は前キャプテン。昨年は同会場で開催された男子の大会を連日観戦に訪れ、「うらやましい」と話していたが、今年はその憧れのピッチに立った。「チームのために走れる幸せを感じた」と笑顔を見せ、「日本のブラサカができた」と胸を張った。
山本監督は2023年にアルゼンチンに負けた日以来、その悔しさを「1日も忘れたことはない」そうだ。今大会、アルゼンチンとの決勝戦前には、「世界一の下剋上をやってやろう」と声をかけ、選手を送り出したという。日本は世界ランキングこそ1位だが、世界王者のアルゼンチンに対してはあくまでも挑戦者だ。そんな指揮官の熱い思いに、選手たちは100%以上のプレーで応えた。
日本にとって次の公式戦は10月にインドで開かれる第2回世界選手権になる。今大会でつかんだ数々の経験と実績、自信を糧に、今度こそ「世界王者の称号」を取りに行く。
<大会最終結果>
優勝:日本/準優勝:アルゼンチン/3位 :オーストラリア/4位 :イングランド
<個人賞>
MVP:グラシア・ソーサ・バレネチェ(アルゼンチン)
ベストGK:藤田智陽(日本)
得点王:ジョアナ・アギラル(アルゼンチン)/通算5得点
写真・吉村もと/文・星野恭子