5月18日から25日にかけて、ブラインドサッカー男子の国際公式戦、「IBSA ブラインドサッカーエリートカップ 2025 in うめきた」がJR大阪駅前のうめきた広場で行われた。「参加条件が世界ランキング8位以内」というハイレベルな大会として新設された大会で、日本(世界ランキング3位)、アルゼンチン(同1位)、タイ(同6位)、コロンビア(同8位)の4カ国が熱戦を繰り広げた。初代王者を目指した日本代表は決勝に進出したが、アルゼンチンに0-2で敗れ、準優勝だった。
日本は昨夏のパリパラリンピックでは1得点もできず悔しい8位に終わっていた。今大会は新戦力も加わり、次のロサンゼルス2028パラリンピックに向けた第1歩として初めて挑んだ国際大会だった。パリ大会から続投となった中川英治監督は準優勝という結果は厳しく評価もしつつ、内容についてはポジティブに受け止めた。
「準優勝は率直に悔しく、結果には満足していない。ただ、強度の高い試合のなかで、新しい選手や戦術を試せたのは良かった。課題も見えたので前向きにとらえている。ここがゴールではない。『次』に向かって、いいチームに仕上げていきたい」
今大会、日本はさまざまな展開の試合を経験した。1次リーグ初戦はシーソーゲームだった。相手は昨年のパリ大会初戦で0-1の苦杯をなめたコロンビアだ。今回は開始3分で先制されたが、同15分に後藤将起の1発で追いつく。後半13分に相手反則で得たPKを平林太一が決めて逆転。だが、終了間際に同点弾を喫し、2-2で引き分けた。勝ち切れなかったが、チームとしての進化は見せた。
第2戦もパリ大会で0-1で敗れたアルゼンチンだったが、今回は組織的な守備と後藤の2試合連続弾で1-0のリベンジに成功。1次リーグ最終戦はメンバーを替え引いて守るタイを攻めあぐねたが、試合終了間際に平林が得意のドリブルで崩してゴールし、1-0で勝利した。
1次リーグを勝ち点7で1位通過し、準決勝はタイと再戦。前日とは違いスタメンで固めたタイと激闘となった。前半5分に川村怜キャプテンがフリーキックから先制点を奪ってリードしたが、後半に追いつかれ、1-1でPK戦に突入した。1人目は平林、タイの選手ともシュートを決めたが、2人目はきっちり決めた後藤に対し、タイのシュートはGK神山昌士が左手で弾きだした。勢いづく日本は3人目の川村も相手ネットを揺らし、日本が3-1で勝利した。
決勝戦で再戦したアルゼンチンには連勝を目指したが、逆に守備の乱れもあって前半19分と後半2分に得点された。日本も追いすがったが、得点はならず、優勝を逃した。
結果を真摯に受け止め、得た経験を次に活かすことが重要だ。川村キャプテンは新チームについては、「ベテランの頼れる選手たちが引退して、正直、不安はあったが、それぞれ強みをもったフレッシュな選手が選ばれ、非常にいいチームだと感じている」。一方で、「競り合いで勝ち切れるような体づくりや強さも必要だし、ボールを拾う能力も高めなければ」とチームの課題も口にした。「今回、長く試合に出た選手がピッチに立って肌で体感した世界基準を持ち帰って、日々の練習のなかでしっかりパフォーマンスを発揮すること。そして、出場時間が短かった選手たちにも刺激を入れて、チーム力を高めていきたい」と力を込めた。
平林は通算2得点したが、決勝ではノーゴール。「たくさんの方が駆けつけてくれて、応援に応えたい気持ちがすごくあったので、すごく悔しい」と眉を寄せた。高速ドリブルからのシュートが持ち味の一つだが、アルゼンチンはプレッシャーも強く、「ボールを奪っても焦ってしまってスムーズなドリブルができなかった。ここの技術はこれからの課題」と反省を口にした。
実はパリ大会後に、数年来の痛みがあった右足首を手術した。リハビリ期間には、「左脚が強化できたし、ブラサカを外から見て、頭の中を整理する時間にもなった」という。本格復帰は3月で、今大会は「試合勘を戻す」ことも大きな目的だった
エースとしてゴールを期待されながら、パリ大会前から調子を崩し、「トンネルに入ってしまった部分があった。チャンスはつくっても決めきれず、メンタル的にも辛かった」。無得点に終わったパリ大会は、「もう絶望だった」と明かすが、今回の2ゴールで、「気持ち的にも楽になった。これから勢いに乗っていけるのではないか」と笑顔も見せた。
4月からは早稲田大学に進学し、地元の長野県から上京。平日の代表練習にも参加できるようになり、「練習時間が増えたのは大きい」。エースのさらなる進化が大いに期待される。
後藤もゴールにこだわりを持つ。「パリ大会で無得点に終わったことはチームとしてすごく問題があった。今回は次のロス大会に向けての1歩だと気合も入っていた」と話し、1次リーグで2ゴールを決めた。
「代表に選ばれてから得点を奪えない期間が長く、ずっと試行錯誤してきた中で、やっとここ数年で、点が取れるようになってきて嬉しい。ドリブルなどもトレーニングを積みながら、シュートの精度を上げていきたい」。目指す先はまだ高い。
「フレッシュなメンバー」の一人は31歳の齊藤悠希だ。小学校2年でサッカーを始めたが、視覚障害が進み、高校3年時にブラインドサッカーに転向した。弱視だったが、育成レベルで練習を積み、今大会で初めて国際クラス分けを受け、フル代表入りを果たした。
「日の丸を背負うことはサッカーを始めたときから憧れだった。責任感とワクワク感の混ざった気持ち」でピッチに立った。決勝での失点には、「僕が止めていれば…。あと1歩が出せなかった」と悔しさをにじませたが、「世界の強豪選手たちとマッチアップできて、それぞれの特徴を経験できて、ひとつ基準ができた。その基準で、国内でのトレーニングに臨めると思う。距離感や判断力など普段の練習から鍛えていきたい」。貴重な経験を今後に生かしていく。
東京2020大会代表GKの神山は今大会4試合でスタメン出場を果たし、存在感を放った。準決勝タイ戦でのPK戦ではビッグセーブも見せた。事前にタイのキッカーの情報は「全くなかった」と言い、GKコーチから「予測せずに、自分の反応を信じてやれ」と指示されたという。PK戦では相手の動きに瞬時に反応し、シュートコースを的確にとらえた。「一仕事できたという嬉しさがあった」
日本は過去、PK戦で苦杯をなめた試合がいくつかある。その一つが2023年アジアパラゲームズの3位決定戦で、奇しくもタイを相手にPK負けを喫したときのGKが神山だった。「その借りを返せたところは大きい」と笑顔を見せた。
一方、失点もあった今大会。選手へのコーチングも含め、神山はさらなる成長を誓う。日本代表のGKは長年務めてきた佐藤大介さんがパリ大会後に代表活動を引退。今大会は東京大会代表の神山とパリ大会代表の泉健也の二人がメンバー入りしていた。神山は佐藤さんについて、「大きな壁だった。そのバトンを我々二人にいただいたところ。互いに切磋琢磨しながら協力し、選手たちの夢実現のために戦っていきたい」と改めて覚悟を口にした。
もう一人、16歳の林健太もフル代表デビューを飾った。ブラインドサッカーは体験会で知り、小学1年から本格的に始めた。育成レベルの代表戦は経験していたが、今年3月、フル代表の強化指定選手入りを果たした。今大会、プレー時間は長くはなかったが、海外強豪チームを相手に貴重な経験を積んだ。強みは、「ドリブルからのシュート」だが、今大会は初めて経験するピッチや海外勢のプレッシャーに「対応しきれず、思うようなプレーができず悔しい。守備ができないと出場時間が伸びない。もっと磨いて、チームに貢献しなければ」と決意を新たにしていた。
日本が『次』に目指す直近のゴールは、来年開催予定のアジア選手権だ。ロサンゼルス大会の出場権が最短でつかめる「アジア王者」を、チーム一丸で獲りに行く。
なお、日本ブラインドサッカー協会(JBFA)は今大会終了後、併催した女子公式戦、「ワールドグランプリ」と合わせた「ブラインドサッカーウイークin うめきた」期間と前日練習を合わせた9日間(5月17日~25日)の観戦者数を62,835人、観戦者総数を173,306人と発表した。JBFAによれば、前者は試合や関連の公式イベント中に指定エリア(サイドフェンス周辺、うめきた広場大階段)で短時間でも立ち止まり観戦した人数で実測値、後者は前者に加え、試合や関連の公式イベント中に歩きながら一定の注意を向けたり、ほんのわずかに立ち止まった人(流動観戦者)を含む人数を一定の統計的手法で求めた推定値だという。会場は、JR大阪駅から近隣の商業施設やオフィスビルへと多くの歩行者が往来する位置にあり、「多くの歩行者に短時間でも観戦してもらう」ことも意図し、開催されていた。
中川監督は、「普段、パラスポーツに触れる機会はなかなかない。ものすごい成果だし、サッカーだけでなくて、パラスポーツ全体に意味のある大会ではないか」と手応えを口にした。
<大会結果>
優勝:アルゼンチン/準優勝:日本/3位:コロンビア/4位:タイ
<個人賞>
MVP:オズワルド・フェルナンデス(アルゼンチン)
ベストGK:神山昌士(日本)
得点王:オズワルド・フェルナンデス(アルゼンチン)=通算3得点
写真・吉村もと/文・星野恭子