6月12~20日の9日間にわたって、ブラジル・サンパウロでは車いすバスケットボールの男子U23世界選手権が行われた。男子U23日本代表は予選リーグを4位で突破したが、決勝トーナメントで3連敗。チーム目標としたメダルラウンドへの進出を3大会ぶりに逃し、8位に終わった。果たして、現地ではどんなことが起こっていたのか。戦いの裏側に迫る。
通算成績2勝6敗。日本はタイと南アフリカを除き、欧米のチームに6戦全敗を喫した。それも7、8位決定戦でのブラジル以外には、20点以上という大差での完敗だった。「メダルラウンド進出」という目標を掲げていた日本にとって、これは屈辱ともいえる結果だっただろう。
主力に体調不良者が出るなどしてプラン通りにいかなかったことも要因の一つだった。しかし大会を振り返ると、それ以上に日本には欠けていたものがあったように思えてならない。それは“武器”だ。「これだけはどこにも負けない。これで勝負するのだ」と自信をもって言えるものがなかったのだ。
例えば、U23世界選手権で日本がベスト4になった2017年にはオールコートのプレスディフェンスがあり、金メダルに輝いた22年にはスピードとトランジションの速さがあった。選手インタビューからも、その共通認識がチームを一つにしていたようにうかがえた。
今回の世代にも、そうしたチームが誇る武器はあった。昨年11月のU23アジアオセアニアチャンピオンシップ(U23AOC)で見せたハーフコートのディフェンスだ。大会期間中での細かな修正にも対応できる順応力も示し、チームには自信がみなぎっていた。
だが、今大会ではそれが通用しなかった。サイズのない日本が世界の強豪を相手にハーフコートのディフェンスでは太刀打ちできなかったのだ。そのため予選リーグの早い段階でハーフコートディフェンスに修正が加えられたが、一時的には機能したものの、欧米の選手たちにはそれを上回るシュート力があった。さらにハーフコートのほかに、2アップや3アップなど、フロントコートからプレッシャーをかけて相手の攻撃の時間を削るスタイルも準備してきており、最終的にはそれがメインとされた。しかし、武器とするまでには至らなかった。
結局、日本は勝ちにもっていく自分たちのスタイルを持てずにいた。そのため試合に敗れた時、チームがうまくいっていない時、選手たちには共通した拠りどころがなく、個々で葛藤するしかなかったのだろう。今回のメンバーは彼らの先輩たちをしのぐポテンシャルがある選手たちがそろっていた。チームの仲も非常に良かった。それでもコート上でのチーム力という部分ではどうしても弱く感じられ、昨年のU23AOCのような“闘う集団”になり切れていないように感じられて仕方なかった。
それは準備の段階で欧米との差が生じていたのかもしれない。世界の舞台で初めて指揮を執った中井健豪ヘッドコーチは「ビデオを見ただけではわからなかったものが現地に来てたくさんあった。世界を知らなかったなと感じている」と吐露しているが、この言葉にこそ、今大会の最大の課題、そして今後への収穫が詰まっている。世界を知らなければ、武器を生み出すことは不可能だからだ。コーチ陣も含めて世界に対する経験値をどう高めていくか。メンバーのうち半数の6人が残るだけに、4年後への期待は大きく、今大会を糧に計画的な強化が求められる。
前述した通り、今大会のメンバーは素質の高さではこれまでのU23に決して劣ってはいなかった。なかには大会期間中にヨーロッパのクラブチームからオファーがあったほどだ。特にチームの浮き沈みに影響することなく、しっかりと自らの実力を出し切ったのが、谷口拓磨(2.0)と小山大斗(3.5)だろう。
全試合に先発出場した谷口は、日本にとって大一番とされた予選リーグのアメリカ戦では40分間フル出場。その試合で国際大会初の2ケタ得点となる10得点を挙げると、決勝トーナメントのイタリア戦ではチーム最多の12得点をたたき出すなどして、課題として磨いてきたシュート力を遺憾なく発揮した。
「(昨年の)U23AOCではフリーでのシュートを外しすぎてしまって、それからシューティングにはより力を入れて練習してきました。その成果が今大会で数字となって表れてよかったです」と谷口。その言葉通り、半年間での成長はスタッツを見ても明らかだ。
U23AOCでは全7試合で26得点、1試合平均は3.7点。フィールドゴール(FG)成功率は38分の12で31.6%だった。一方、今大会では8試合で52得点、1試合平均は6.5点。FG成功率も54分の25で46.3%までアップしている。AOCではどちらかというと「味方のシュートチャンスを作る側」だった谷口だが、今大会ではミドルポインターやハイポインターと変わらない得点源の一人だったことがうかがえる数字だ。U23日本代表の活動を通して、それまでにはなかった自覚と責任感の重みも知ったという谷口。だからこそ、最後のブラジル戦は自身の心に深く刻まれた。
48-49と1点ビハインドで迎えた4Q残り25秒、日本はタイムアウトを取り、フロントコートからの攻撃を選択。セットオフェンスからしっかりとシュートチャンスを作った。ところが、3度訪れた絶好のチャンスにネットを揺らすことができず、勝利を逃す結果となった。
その1本目こそが谷口のシュートだった。狙い通り裏に空いたスペースにアタックするという最高のシチュエーションだった。だが、あわてて突進してきた相手のディフェンスの衝撃に、谷口は転倒しながらのシュートとなった。しかも相手のプレーがファウルに取られず、フリースローを得ることもできなかったという不運もあった。
「(試合後に)動画で見返してもファウルだったとは思いました。でも、自分があそこで決めていたら、そんなの関係なかったわけで……。どんな場面・状況でも、しっかりと決め切る力というのが、この高いレベルでは必要なんだということを痛感しました」と谷口。飛躍した先に見つけた課題が、今後さらなる成長の原動力となる。
小山は、開幕前は「“シックスマン”としてチームの勝利に貢献したい」と語っていた。しかし途中出場した初戦でチーム最多得点を挙げると、第3戦以降は先発に抜擢。最終的にはゲームメイクの役割も担うチームの柱的存在として活躍した。持ち前のシュート力も遺憾なく発揮した小山は、8試合中4試合でチームのトップスコアラーとなり、大会を通してチーム最多の99得点をマークした。
自らを“小さな巨人”と称し、「高さがなくてもバスケットができることを証明したい」と語っていた小山。それでも、不安がなかったわけではなかった。「もしかしたらサイズの大きい海外選手には自分のプレーは通用せずに弱気になることもあるかもしれない」と覚悟していたのだ。しかし、実際は弱気になることはなかった。サイズのないことが、かえって利点にもなったからだ。
「海外勢はフィジカルが強い分、スピードに乗ってしまうとやっぱり厳しくなるなというのは感じました。でも、僕は体が軽い分、ゼロの状態からトップスピードにもっていくまでの時間が早い。そこは海外勢には負けないと思ったので、自信をもってカットインにいくことができました」
そうした強気のプレーの裏側には、小山の高い意識もあった。現地入り後、海外勢の巧さに驚嘆するチームメイトの声に耳を貸さないようにしていたのだ。「周りが“すごいな”とか“めちゃくちゃシュート入るよね”とかっていう話になった時、自分は遮断するようにしていました。同調すると、その言葉にのみこまれてしまうと思ったんです。だから聞かないようにして、心の中で“大丈夫、絶対いける。自分が一番得点を取ってやるんだ”と言い聞かせていました」
まさに大活躍だった小山だが、課題がなかったわけではない。なかでもターンオーバーの多さには反省しきりだ。全8試合で30という数字はチーム最多、さらに全チームのなかでも1試合平均3.8は7番目に多かったのだ。ただ途中からは攻撃の起点となり、よりボールを持つプレーが多かったことも関係しており、それだけチームの要になっていたということでもある。それでも、今後の課題として「本番で急な変更があっても対応できるように練習していきたい」と語る。
谷口と小山を含む6人は、今大会でU23のカテゴリーを“卒業”。彼らが今後目指すのはハイパフォーマンス強化指定に昇格し、パラリンピック出場を目指す日本代表候補となることだ。厳しい結果となった今大会を競技人生の糧にして這い上がっていく姿が見られることを期待したい。
写真・文/斎藤寿子