春の東京・品川で、きれいな桜とともにブラインドサッカー各国代表が魅せた。3月21日(水・祝)から25日(日)までの5日間、品川区立天王洲公園にて開催された「IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2018」。
前日までは、みぞれ混じりの天気だったものの、25日の決勝は花開く暖かな晴天に恵まれた。対戦したのはグループBを2勝、8得点無失点と圧倒的な強さで勝ち抜いた世界ランク2位のアルゼンチンと、グループAを1勝1敗ながら得失点差で勝ち抜けた世界ランク12位のイングランド。一進一退の攻防が続く試合展開に会場も大きく湧いたが、0−0のままタイムアップとなる。PK戦を制したのはアルゼンチン代表だった。そのユニフォームの胸には、同国サッカーA代表と同じAFAのエンブレムが輝いていた。
3位には、ロシアを1−0で下したトルコが入った。チャンスと見るや、シンプルかつ大胆な縦パスを相手陣内中央、ゴール前に送り込むプレーが実に痛快なチームだった。
そんな強豪が集まる中で、2年後の2020年東京パラリンピックでのメダル獲得を視野に大会に臨んだ日本代表も、鮮烈な印象を残した。
21日の初戦イングランド戦で、エースの黒田智成が素晴らしい2ゴールを決め、2−1と幸先のいいスタートを切る。23日のトルコ戦は“引き分け以上で決勝進出”が決まる優位な条件のもとで臨んだ。しかし、そのトルコ戦はアクシデントや試合途中の天候、コートのコンディション変化に泣かされた。
試合開始早々の接触プレーで黒田が耳を負傷。それでも優位に試合を進める日本だったが、ケガの影響から黒田が途中でピッチを退くと、流れは徐々にトルコに。試合途中から雨足が強まってくると、パスワークに乱れが出始める。0−2とリードを許したまま、反撃及ばず試合終了。グループAはイングランド、トルコ、日本が1勝1敗で並んだが、総得点の差で日本は24日のフランスとの5位決定戦に進むこととなった。
トルコ戦で負傷した黒田は左耳鼓膜穿孔(せんこう)で、全治4週間という重傷の診断を受けた。穿孔とは、体の器官の一部に穴が空くこと。聴覚だけの問題ではない。激しい接触プレーで、体を真っすぐに保つ三半規管にも支障をきたしていた。
24日の5位決定戦、フランス戦前のウォーミングアップの際、常にボールをその身から離さずチームを鼓舞し続けた黒田の存在に、日本代表は一層奮い立った。高い位置で絡め取ったボールを保持し、世界ランク14位のフランスにほぼボールを触らせない。前線3人、川村怜(りょう)、佐々木ロベルト泉、加藤健人のドリブルとパスワークで相手を翻弄し、強者の足を止めた。
前半9分、攻撃に切り替わった瞬間にGK佐藤大介がゴールスローで託したボールを、右サイドで川村が受けた。DFを回転ドリブルでかわし、そのままゴール前に侵入。
ブラインドサッカー独特の音が鳴るサッカーボールを「シャンシャンシャン」と軽快に鳴らす。1拍目はドリブルで中央に切れ込み、2拍目で左足を振った。3拍目、シュートは前方のDF2人の間、GKの右脇下を抜き、ゴールネットを揺らした。射抜くというより、コースを狙って置きにいくシュートだった。
川村のゴールは日本が練習から繰り返してきた形だった。ゴール前に詰めていた加藤も含め、狙い澄まして決めた「シャンシャンシャン」と奏でるゴールまでの動きを、まるで儀式のように大切に執り行なった。
川村はそのゴールをこう振り返る。
「日本代表がこれまで積み重ねてきた日本のサッカー、貪欲にゴールを狙っていく形はできたと思います。あの1点は冷静に、練習通りに決められました」
このゴールが決勝点となり、日本代表は2勝1敗、5位で大会を終えた。右手でガッツポーズをつくった川村は、高田敏志監督の元に駆け寄り喜びを分かち合うと、そのまま黒田の元に駆け寄った。フェンスを挟み、コート内外でよろこび合う2人の日本代表エースの姿は、最も美しい大会ハイライトシーンのひとつとなった。
大会最終戦、フランス戦20分ハーフの激闘を経ての1−0での勝利の瞬間、日本は全員でよろこびを爆発させた。2年後、東京パラリンピックでメダルを目指すチームが確かに品川の地で大きな一歩を踏み出した。
日本の背番号10を背負う川村は、アクサ生命保険株式会社に勤務し、Avanzareつくばでプレーしている。あんま・マッサージ・指圧師の資格を持ち、プレーでも人としても尊敬を集めるキャプテンは、同じ東京パラリンピックを見据える若い世代にとっても憧れの存在だ。ナショナルトレセンのメンバーとして大会の期間中強化試合に参加していたAvanzareのチームメイト森田翼も、川村を尊敬しているひとり。彼もまた夢に向かい、理学療法士になるべく現在、臨床試験に臨んでいる。
フランス戦後、川村は「(総得点差で決勝に進めなかったことは)僕たちが与えられている試練、経験をさせてもらっているんだということをチームで話しました。『今が自分たちが成長するチャンスだ』と。これまで取り組んできている攻撃的なサッカー、自分たちが主導権を握るサッカーをヨーロッパの強豪相手でも発揮できている、という実感はあります」と姿勢よく、自信に満ちた表情で語った。
大会5日間で延べ3094人もの観客が観戦に訪れ、ボランティアスタッフも延べ274人が参加した。ブラインドサッカー体験教室やフードコートも盛況で、花見がてらサッカーとスタジアムグルメを楽しむ家族連れ、カップルの姿も数多く見られた。新しい季節にふさわしい清々しい大会となった。
同大会は引き続き、今後2年間は同会場にて行なわれる予定だ。大会の映像も引き続き公式HP で楽しむことができる。優勝したアルゼンチンの魔法のようなプレー、そして日本代表の心技体揃った勇姿と妙技を堪能してほしい。視界を遮られている世界で繰り広げられる戦いだからこそ、それは決して大げさな表現ではない。ブラインドサッカー日本代表は、2020年東京パラリンピックでのメダルを、チームスタッフ一丸となって本気で獲りにいこうとしている。
プレーヤーとしても、ファンとしても最近サッカーから遠ざかっている方には、なおのことお薦めだ。このサッカーには、忘れかけたサッカーのあらゆる魅力と試合に勝つためのアイディアが詰まっている。
サッカーには大事な音がある。静寂を破りゴールネットが揺れる。その瞬間、仲間たちや、サポーターとともに腹の底からあげる歓喜の雄叫びは、何ものにも代えがたい。
選手は、その瞬間、その音を感じるためだけに今日も懲りずにボールを蹴る。何点取られても狩りに行く。味方のためにケガをしても前を向く。
ブラインドサッカー日本代表は、そういう格好いいチームだ。
「IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2018」
優勝:アルゼンチン
準優勝:イングランド
第3位:トルコ
第4位:ロシア
第5位:日本
第6位:フランス
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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井上俊樹●取材・文 text by Inoue Toshiki 高野洋●写真 photo by Takano Hiroshi