ドイツ車いすバスケットボールのトップリーグ・ブンデスリーガ(1部)。今シーズン、その決勝ラウンドの舞台に臨んだのが、現在日本人唯一のプロプレーヤー香西(こうざい)宏昭だ。
彼が所属するRSVランディル(以下、ランディル)は、10チームがホーム&アウェーで対戦するリーグ戦で2位となり、上位4チームが進出するプレーオフを勝ち抜いて、“頂上決戦”へと駒を進めた。
相手は、リーグ1位の強豪RSB テューリンギア・ブルズ(以下、ブルズ)。昨シーズンと同じカードとなった。ランディルに移籍1年目の香西にとって、ブンデスリーガ5シーズン目で初めて臨むリーグファイナル。各国代表がしのぎを削り合う世界トップレベルの頂(いただき)が、目の前に迫っていた――。
両チームの対戦成績は、リーグ戦では1勝1敗。さらに、リーグの決勝ラウンド1週間前に行なわれた「ドイツカップ」(サッカーの天皇杯と同じようなオープントーナメント形式で行なわれる大会)の準決勝では、延長戦の末にランディルが1点差で勝利を挙げる大接戦を演じていた。それだけに、リーグの決勝ラウンドもまた、激戦が予想された。
ところが、4月14日にランディルのホームで行なわれた第1戦は、ブルズに46-81と大敗。ブルズは、前週のドイツカップでの敗戦を糧に、この1週間でしっかりと対策を立ててきていたのだろう。特にブルズのディフェンスが機能したことで、ランディルの攻撃はアウトサイド一辺倒となった。そして、そのミドルシュートも相手の厳しいマークのなかでタフショットが多く、なかなかスコアを伸ばすことができなかった。
香西はブルズに対して、前週のドイツカップまでとの違いをこう感じていたという。
「あくまでも個人的感想ですが、個々の能力が高い選手が集まっているだけに、これまでのブルズはどちらかというと、一人ひとりが好きなようにプレーしていたと思うんです。でも、それをきちんと組織的に戦略を立ててきたなという感じがしました」
こうして崖っぷちに立たされたランディルは21日、ファイナル第2戦目でブルズのホームへと乗り込んだ。
ランディルは第1戦で13個と多かったターンオーバーを最大の反省点に挙げ、パスカットを狙う相手に対し、パスの高さを修正したり、あるいはフェイクを交えてパスをするなどの対策を講じた。さらにディフェンスでは、高さのあるハイポインターや、カットインプレーが得意のシューターたちにインサイドを攻められないように修正をかけた。
負ければ、ブルズのリーグ優勝が決まってしまう大一番、ランディルはスタートで流れをつかもうと考えていた。だが、第1Qで主導権を握ったのは、またもブルズだった。
第1戦での勝利がブルズに勢いを与え、さらにホームでの試合ということも大きなアドバンテージとなっていたに違いない。結局、第1Qで19-6とブルズが大きくリードを奪った。
一方、第1Qで挙げたランディルの6得点はすべて香西のシュートから生まれたものだった。ここ最近の試合では特に高確率をマークしている右からのミドルシュートでチーム最初の得点を挙げると、今度は一度インサイドに入る動きを見せ、そこからパスアウトするフェイクで相手の一瞬の隙をついてドライブでゴール下に切り込む鮮やかなカットインプレーで得点。さらにもう1本ミドルシュートを決め、なかなかリズムに乗れないチームを鼓舞した。
しかし、第1Qでつかんだ流れを、ブルズは決して手放さない。スタメンだけでなく、途中交代したベンチメンバーたちも次々とシュートを決める。その様は、リーグ戦やドイツカップで最後の最後に香西に決められた1本のシュートで喫した“劇的敗戦”の悔しさを、ここぞとばかりに晴らしているようにも見えた。
結局、ランディルは52-85で敗れて連覇は逃してしまった。香西にとって、初めてのファイナルは悔しさが残る結果となったが、決して下を向いてはいない。
「試合には負けてしまいましたが、チームはHCも替わり、選手も入れ替わるなかで、昨年とはまったく違うバスケで準優勝に終われた。自分にとっても初めてのファイナルは、今後につながるいい経験になりました。一番の収穫はメンタル面。『ファイナルだから』と浮足立つこともなく、ふだんのリーグ戦と同じように落ち着いて試合に臨むことができたのは、よかったと思います」
実は、ランディルとブルズとの対戦は、これが最後ではない。ヨーロッパクラブチャンピオンを決めるEuro Cup Champions Leagueの決勝ラウンド「Final4」が、5月4、5日にある。予選、準決勝ラウンドを勝ち抜いてきたスペイン、イタリア、そしてランディルとブルズのドイツ2チーム、合わせて4チームでのトーナメントが行なわれる。その初戦で両チームはまたも対戦するのだ。“因縁の対決”ともいえる両チームにとって、今シーズン4度目の対戦は果たしてどんな結果となるのか。
そして、そのEuroを最後に、香西にとってランディルでの1年目が終わる。と同時に、日本代表候補としての本格的な活動がスタートする。
香西が今シーズン、強豪ランディルに移籍し、さらなる成長を求めたのは、「自分がこのままでは日本は勝てない」と感じていたからだ。エースとしての自覚に突き動かされ、選択した道だった。それだけに、彼がこれからどう日本を牽引していくのかが注目される。
ランディルでのシーズンを終えようとしている今、香西は、日本代表への思いをこう語っている。
「トランジションバスケを目指す日本のペース(攻守の切り替え)の速さは、いま自分がランディルでやっているバスケよりもずっと速い。それは、先日のヨーロッパ遠征で久々に代表チームに合流して、改めて感じました。ただ、バスケIQをさらに高める必要があると思っています。各国代表が集まるランディルの中にいると、バスケIQの高さと、その遂行力の高さを感じます。
自分も含めて、日本はまだまだ。今の自分がエースと言われているようでは、まだ日本は世界には勝てないと改めて痛感しました。でも、そのランディルでスタメンとして試合に出させてもらってきた中で得たものが自分にはたくさんある。そういったものを、これから日本代表チームの中で伝えいくことも、自分の役割だと思っています」
6月にはドイツ、カナダ、オーストラリアと世界の強豪たちを招いて東京で行なわれる「三菱電機WORLD CHALLENGE CUP 2018」があり、8月には今年最大の目標である世界選手権(ドイツ)が待ち受けている。さらに10月には、4年に一度のアジアパラ競技大会(インドネシア)もある。2020年に向けて、重要な大会が目白押しだ。
さらなる成長を求めて強豪ランディルで新たな一歩を踏み出した香西。よりレベルアップしたエースが日本に帰ってくるのは、もうすぐだ。
*本記事はweb Sportivaの2018年4月27日の掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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斎藤寿子●取材・文・写真 text&photo by Saito Hisako