視覚障がい者を対象とするパラリンピック特有の球技、ゴールボール。3人1組でセンターラインを挟んで2チームが向き合い、鈴入りの特製ボールを相手ゴールに向かって投げ合って得点を競う。選手は目隠し(アイシェード)をして視覚を完全に遮断しているので、頼りにするのは、「音」のみ。日本では、2012年ロンドンパラリンピックで女子代表が、日本史上初の団体球技金メダルを獲得して注目されている。
4年に一度の、ゴールボールの世界チャンピオンを決める世界選手権大会が、6月上旬(3日~8日)、スウェーデンのマルメで開催された。男女それぞれ3位までに入ると、2020年東京パラリンピックへの出場権が与えられる大会でもあり、強豪国がしのぎを削った。
16カ国が出場した男子の部はリオパラリンピック銅メダルのブラジルが大会2連覇を飾り、2位にはドイツ、3位にはベルギーが入った。
一方、12カ国参加の女子は、ロシアが優勝し、2位トルコ、3位ブラジルとなった。
日本も男女ともに出場。20年の東京パラは開催国枠での出場が決まっているが、「世界の中の現在地」を知る格好の機会だった。16年リオパラリンピック5位となり、20年大会で金メダル奪還を目指している女子は、2組に分かれた予選リーグを3勝1敗1分で準々決勝に進出。だが、カナダに延長戦の末、2-3で敗れて5位。目標とした表彰台を逃し、市川喬一ヘッドコーチ(HC)は、「4強には入れると思ったが……。攻撃力は上がっているので、守備をもう一度、立て直したい」と悔しさをにじませた。
男子も力を試す意味でも、「自力」のパラリンピック初出場を勝ち取ろうという意気込みで今大会のメダル獲得を目指したが、厳しい結果となった。予選リーグはチェコ(11-9)、カナダ(11-6)、エジプト(10-0)に3連勝したものの、リオ銅メダルで現世界ランク1位のブラジル(5-9)、イラン(8-11)、ドイツ(4-7)と連敗。そして、リオ銀メダルのアメリカにコールド負け(3-13)を喫して3勝4敗の5位となり、上位4位までが進める決勝トーナメントを逃がし、最終9位に終わった。
それでも過去最高順位ではあったが、池田貴HCは、「悔しい。もっと(上に)いけたと思う。それだけの力はついている」と無念さを口にし、「勝負どころの守備力」を課題に挙げた。
男子の試合は豪快な投げ合いで点の取り合いになることもよくあり、二桁得点も少なくない。それだけに、安定した守備力を兼ね備えたチームでなければ勝つことは難しい。ゴールボールには、守備側がボールに触れてから10秒以内に相手コートに投げ返すというルールがあり、ボールをしっかりキャッチできないと、余裕をもった攻撃を組み立てられないからだ。
試合を左右する守備の要が、「センター」だ。3人の真ん中に位置し、ボール音や足音を手がかりに相手ボールがどこから来るかをすばやく察知して守備の陣形を統率する。また、相手の弱点を見極め、守備の壁をこじ開けるために攻撃を組み立てるゲームメイクも担う。
川嶋悠太(アシックスジャパン)はここ数年、男子日本代表で不動のセンターを務めている。ボールの位置を察知することを「サーチ」というが、彼は研ぎ澄まされた聴力と感性によるサーチ力で、相手ボールの位置を瞬時に把握すると、「右」「中」などとウイングに指示を出し、3人で連係し守備の壁をつくる。高さ1.3m、横幅27mのゴールを小柄な日本チームが守り切るにはどこに壁をつくるか、その精度が重要だ。
「壁の位置をボールに合わせて動かして守りながら、攻撃ではウイングのよさを引き出せる戦略を意識している」と川嶋。
池田HCは彼の長所として、優れたサーチ力を挙げる。「相手の攻撃の特徴を短時間で把握し、両ウイングへの的確な指示が出せる。攻守両面でチームの指令塔」と絶対の信頼を寄せる。
1994年生まれの川嶋は、小学4年の時に網膜色素変性症を発症し、視力は下がり、視野も狭まった。現在の見え方は横長のドーナツのような状態だという。野球少年だった彼は、盲学校でゴールボールに出会う。持ち前の運動能力ですぐに頭角を現し、2013年にはユースの国際大会で金メダル獲得に貢献。その後はトップチームに上がり、今では主力として欠かせないひとりとなった。
16年3月に筑波大学附属視覚特別支援学校を卒業後、4月にアシックスジャパンにヘルスキーパーとして入社。学生時代よりも練習に集中できる環境となり、「結果で恩返ししたい」と意気込む。
身長160cmと小柄なため、海外勢のパワーに力負けしないよう筋力や体力トレーニングにも精力的に取り組む。最近は「手先や足先だけでもボールを押し返す力」や「1試合フル出場しても疲労しない体力」がついてきた実感があるという。
また、センターとしての成長に欠かせないのは、速い、伸びる、弾むなど、さまざまな「質」のボールをたくさん受ける経験だ。国内で仲間たちのボールを受けるだけでは球種が限られるため、昨年から自主的に海外武者修行も始めている。
3月にはアジア王者の中国に1週間滞在。11月にはリオパラリンピック金メダルのリトアニアチームの門も叩いた。長身でパワーのある選手たちのボールは、「スピードやバウンドの高さ、手元で伸びてくる感覚など、日本国内では受けられない、中国とも違う種類だった。狙ったコースへの正確性や大事な場面でしっかり決める精神力など見習うべきものも多く、貴重な2週間だった」と振り返る。
そうした経験はセンターとしての対応力の幅を確実に広げて、手応えもあったなかで迎えたのが今回の世界選手権だった。
だからこそ、「予選敗退という結果は悔しい。初戦から3勝できたことは自信になったが、まだまだ課題が多かった」と川嶋。例えば、決勝トーナメントがかかったアメリカ戦での大敗について、「僕も、チームもかなり緊張していたが、アメリカからは(勝利への)強い気迫が感じられた。大事な試合でパフォーマンスをしっかり発揮するメンタルも身につける必要がある」
また、今大会は3戦目で突き指をしてしまい、大事をとって次戦の後半はベンチに下がったことも、「ひとりで乗り切る覚悟でトレーニングをしてきたのに」と、悔やむ。「手応えのあった部分は伸ばし、課題は克服したい。今後も機会があれば、海外にも出ていくし、どんな努力だってしたい。信頼されるセンターとして、もっと強くなる」
男子のボールは、トップ選手になると時速70kmにも達し、投げ出しから守備に届くまで最速0.5秒ほどと速い。また、多彩なバウンドボールが世界の主流になるなど、守備がますます難しくなるなか、2020年にパラリンピック初出場で世界を驚かしたい男子日本チームにとって、センター川嶋の進化は不可欠だ。
今大会で味わった悔しさを、さらなる成長への糧にする。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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星野恭子●取材・文 text by Hoshino Kyoko photo by JAPAN GOALBALL ASSOCIATION ICHIKAWA RYO