アジアパラ競技大会の注目競技、車いすテニスで世界を席巻する日本勢の存在感は今回も健在だった。男子シングルスは国枝慎吾(ユニクロ)が金、眞田卓(凸版印刷)が銀、鈴木康平(AOI Pro.)が銅と、表彰台を独占。国枝と眞田はダブルスも制した。
また女子は上地結衣(エイベックス)が優勝し、大谷桃子(スポーツクロマティ)が3位に入った。ダブルスでは上地・田中愛美(ブリヂストンスポーツアリーナ)組が銅メダルを獲得。さらに、クァードクラスの菅野(すげの)浩二(リクルート)が諸石光照(岐阜車いすテニスクラブ)と組みダブルスで優勝、シングルスでは準優勝を果たした。
菅野が活躍したこのクァードは、上肢にも障がいがあるクラス。男女混合で行なわれ、握力が弱くラケットと手をテーピングで固定して戦う選手もいる。車いすの漕ぎ出しのスピードは出にくいが、相手の動きを予測してプレーする戦略や駆け引き、それを実現するショットの正確性が魅力だ。
今大会、第1シードの菅野は、シングルス2回戦から登場。台湾の選手にストレート勝ちをおさめると、10日の準決勝ではロンドン・リオパラリンピック代表で第4シードの川野将太(シーズアスリート)に6-3、6-3で勝利した。ボールスピードをコントロールできず、アウトが増えた第2セット序盤は、川野の世界トップクラスのスライスなどにも苦しみ、リードを許したが、ラケットを変えてボールを制御するなど冷静に切り替え、リズムを引き戻した。
川野と直近では、今年1月のオーストラリアの大会のコンソレーション(トーナメントの早い段階で敗れたプレーヤー同士が行なう試合。本戦や成績とは無関係)で対戦しているが、意外にも本戦で対戦するのは初めてのことだ。とはいえ、普段はともに練習する仲。互いのプレーを知っているだけにやりづらさはあったが、「川野選手はすごく強い。今回、互いにベストな状況で試合ができてよかったと思うし、価値ある勝利だと思います」と語る。
シングルス決勝では、韓国の選手に3-6、6-4、1-6で敗れたが、その要因について、「スタミナ負け」と菅野。「気温30度以上のなかでの試合は、東京パラでもきっと同じ条件になるので、意識して暑さ対策はしていたけれど、ジリジリとした暑さにやられてしまい、いつものパフォーマンスができなかった」と振り返った。
15歳の時、バイクの後部座席に乗っていて交通事故に遭い、頸椎を損傷。20歳で車いすテニスを始め、競技歴は17年になる。四肢に麻痺があり、汗をかきにくい。ただ、利き手の左手はテーピングを巻かなくてもよい程度の握力があるため、これまではクァードではなく、下肢障がいの選手が出場する国枝たちと同じ「男子」でプレーしていた。
「世界を意識したことはなくて、国内トップのベテラン選手たちと試合をしたいな、その結果、勝てたらうれしいな、というスタンスだったんです」
ただ、全国のトップ選手8人だけがエントリーできる日本マスターズには、いつか出場したいという希望は持ち続け、JWTAランキングは9位まで上げていた。2016年には上位選手の欠場による繰り上げで、その日本マスターズに初出場。予選敗退となったものの、目標を叶えて充足した気持ちになったという。
そこで、菅野にとっての転機が訪れる。この日本マスターズに出場していたリオ代表の齋田悟司選手に「クァードで東京を狙えばメダル候補になれるんじゃないか?」とアドバイスされたのだ。
「男子で通用しないからクァードに行くと考える人もいるだろう、でもチャンスがない人もいるんだから、やってみたら? ということも言ってもらいました。この時35歳。自分も東京を目指せるなら、クァードで頑張りたいと思ったんです」と、クラス転向を決めたきっかけを振り返る。
その後はクァード選手として一から実績を積むため、国内の大会に積極的にエントリー。その思いを所属先に伝えると、パラアスリートとしての活動に理解を示し、支援してくれることになり、背中を押された。当初はクァードならではの駆け引きや配球に戸惑いもあったが、男子のプレーで鍛えられたスピードや判断力などは、逆に生きると感じた。結果を求めるようになったなか迎えた昨年の日本マスターズで、クァードで初優勝を飾ったことは大きな自信になった。
今年行なわれたワールドチームカップ(世界国別選手権)で、テニス人生で初めて日本代表に選出された。だが、以前のように楽しんでテニスをしていた時にはなかった、“勝ち負けへのこだわり”が強すぎて空回りし、本来のプレーができずに苦い思い出が残った。
それ以降は、メンタルトレーニングにも取り組み、転向2年目の今季、6月のBNPパリバ・オープンで成果が表れた。準決勝で世界1位のデビッド・ワグナー(アメリカ)を、続く決勝でも世界3位のアンディ・ラプソーン(イギリス)を撃破したのだ。世界ランキングは4位まで浮上し、今やライバルから追いかけられる立場になった。
クラスは違うが、世界を主戦場に活躍する国枝や上地にも大きな刺激を受ける。その華麗なるプレーはもちろんのこと、一番参考にしたい部分は“試合に臨む姿勢”だという。
「国枝選手も上地選手も、試合に入る前のストレッチなどの準備にすごく時間をかけています。国枝選手は肘のケガがあって、それまで以上にケアの時間を大事にして復活していますし、僕も肩や肘を痛めていたので準備がいかに大切か気づかされました」
一つひとつ、成長の階段を上っていく菅野。来季の目標はグランドスラム出場だ。その大舞台に向かって、今大会で優勝し、アジアチャンピオンとして自信をつけておきたいところだったが、惜しくも逃した。ただ、アジアのレベルが高くなるなかでトーナメントの最後まで戦い切ったことは、大きな成果になったはずだ。
「今度は最後まで勝ち切れるように、ショットの精度を上げていきたい」
銀メダルを糧に、前へと進んでいくつもりだ。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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荒木美晴●取材・文 text by Araki Miharu 植原義晴●写真 photo by Uehara Yoshiharu