夏季パラリンピックの人気競技、パラ・パワーリフティング。下肢に障がいがある選手が行なうベンチプレスで、男女とも体重別(各10階級)で行なわれる。バーを持ち上げて胸におろし、再び上げるまで、約3秒間。その一瞬にかける強靭な肉体と精神力が選手には求められる。
2016年のリオパラリンピックでは、男子最重量階級の107kg超級でイランの選手が「310kg」を挙げる快挙を成し遂げている。これは健常者と同様の条件下の世界記録を上回る記録で、超満員の会場は大いに盛り上がった。東京2020パラリンピックの競技会場は、有楽町の東京国際フォーラムで行なわれる。
今年7月には、東京2020パラリンピックに出場するために、出場が必須とされるIPC(国際パラリンピック委員会)指定大会のひとつ、世界選手権がカザフスタンで開催される。4月中旬には、その代表選考を兼ねた「チャレンジカップ京都」が、城陽市のサン・アビリティーズ城陽で開催され、派遣標準記録をクリアした男女各階級の上位2人まで、24人(ジュニア選手を含む)が代表メンバーに選出された。
すでに派遣標準記録を突破しているトップ選手は、3カ月後の世界選手権に照準を合わせているところ。ケガをしないためにも、彼らにとって「チャレンジカップ京都」はその仕上げの過程にある調整大会という側面もあったが、リオ代表の男子54kg級の西崎哲男(乃村工藝社)は142kg、インドネシア2018アジアパラ競技大会銅メダリストの同88kg級の大堂秀樹(SMBC日興証券)は今季世界ランク3位相当となる197kg、日本人初の「200キロリフター」である同107kg級の中辻克仁(日鉄環境プラントソリューションズ)は200.5kgを成功させ、それぞれ自身が持つ日本記録を更新して、非常に見ごたえのある大会となった。
今回の成績はIPC世界ランキングに反映される。ただし、東京2020パラリンピック出場の選考に直結するのは、この世界ランキングではなく、別に設けられた「東京パラリンピックランキング」の結果となる。ランキングレースは2017年の世界選手権メキシコ大会から始まり、2020年4月のワールドカップドバイ大会までが対象。今年の世界選手権のほか、9月の東京2020テストイベント(東京国際フォーラム)なども含まれる。
東京パラの出場枠は、海外選手も入れて各階級とも男子10名、女子8名。まずは、規定の大会に出場するなどの条件を満たした上で、東京パラリンピックランキングの男子8位以内、女子6位以内に入れば、東京パラ出場権を獲得できることから、今年の世界選手権ではひとつでも上の順位に食い込んでおきたいところだ。
国内におけるパラ・パワーリフティングを取り巻く環境は、この数年で大きな変化を見せている。2016年7月には、競技別強化拠点施設にサン・アビリティーズ城陽が選ばれ、隣接する附属リハビリテーション病院の医科学的サポートが実現。
現在は、東京のパラアリーナとともに練習・強化の拠点となり、これまで異なる場所で練習をしていた選手が、定期的に一同に会して合同合宿ができるようになった。体験会や発掘事業にも注力し、数年前は20数名だった日本パラ・パワーリフティング連盟(JPPF)登録選手は、現在80名ほどに。片手でおさまるほど少人数だった女子選手も、今大会は7階級に10人が出場するまで増加している。
また、日本人選手の強化面で欠かせない存在となっているのが、ジョン・エイモス氏だ。車いすに乗るイギリス人の世界的指導者で、2017年からコーチとして定期的に来日し、座学・実践を通して日本人選手にアドバイスを送ってきた。重さを競う競技という点では、健常者も障がい者も同じで、知識を共有できる部分もある。
しかし、パラ・パワーリフティングの選手の場合は片脚切断や機能障がいなど、障がいの種類や程度に応じてフォームが異なるため、選手の感覚を理解したうえでの指導が必要となる。元選手であるエイモス氏は、障がいがある選手一人ひとりの身体と個性を誰より理解し、綿密かつ合理的な指導を実践できるのだ。
目標達成のため綿密に練られた練習メニューは、場合によっては、「量より質」の観点から練習量を減らすケースも。エイモス氏が指導を始めた2年前、男子97kg級の馬島誠(日本オラクル)は、「これまで毎日ジムに通っていたので身体的には十分こなせるメニューだが、逆に気持ちの部分で鍛えられると感じる」と話していた。その後、馬島は一時期の停滞期を乗り越え、実力が一気に開花。2月の全日本では、160kgの自己ベストをマークし、世界選手権の標準記録もクリアしている。
同じく当初からエイモス氏の指導を受ける西崎は、これまで3回ある試技のうち、第1試技を失敗し、挽回していくパターンが多かった。だが「チャレンジカップ京都」では、すべての試技に成功し、さらには特別試技で日本新記録を樹立した。「ジョンがセコンドについてくれたことで、集中して試技に臨めた」と要因を語る。
また、中辻も2月の全日本で長年の課題だった「200kgの壁」をついに破り、さらに今大会、その記録を更新した。中辻の場合は、エイモス氏が試技の重量を決め、本人はその重量をあえて耳に入れず、ベンチ台に乗るスタイルだと言い、「彼は選手のことを本当によくわかっている。自分は目の前の重さを挙げるだけ」と全幅の信頼を寄せている。
女子41kg級の成毛美和(APRESIA Systems)は、全日本後にエイモス氏のメニューに取り組み始め、今大会は日本記録を更新するとともに、世界選手権の派遣標準記録を突破した。「まだこれからだけれど、自分の力が楽しみ」と笑顔を見せていた。
今年4月、エイモス氏はJPPF(日本パラ・パワーリフティング連盟)のヘッドコーチに正式に就任した。JPPFが重要と認めた国際大会に同行して采配を担当することになる。パワーリフティングは個人競技だが、実はチームスポーツであると言われ、コーチや仲間の存在があってこそ、初めて試合に臨めるからだ。まさに、“ひとつのチーム”として強くなろうとしている日本。パラリンピックへの一歩となる世界選手権で、どんなパフォーマンスを見せてくれるか、楽しみだ。
荒木美晴●取材・文・写真 text&photo by Araki Miharu