2022年北京冬季パラリンピック開幕まで15カ月を切り、その前年となる重要なシーズンが始まった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で予選大会などの日程変更や中止が相次ぎ、状況は不透明だが、国内では12月5日から6日にかけて、パラアイスホッケーのクラブチーム日本一決定戦「2020年国内クラブ選手権大会」が長野県岡谷市のやまびこスケートの森アイスアリーナで開催された。
パラアイスホッケーは、1チーム6名(GK含む)など一般のアイスホッケーのルールに準じて行われるが、大きな違いはスケートの刃が2枚ついた専用のそり(スレッジ)に乗り、両手に握った特製のスティックで漕ぎ、パックを操る点だ。漕ぐときはスティックの一方の先についたギザギザの金属(ピック)で氷をかき、パックを操るときは器用に持ち替え、もう一方の先についたブレードを使ってパックを運び、パスを出したり、シュートを打つ。パラリンピックでは主に下肢に障がいのある選手を対象とするが、国内ルールでは健常者も出場できる。
今年、参加したのは長野サンダーバーズ、東京アイスバーンズ、ロスパーダ関西、東海アイスアークスの4チームで、6日に行われた決勝戦では長野が東京を5-1で破り、大会3連覇を飾った。5日に行われた予選で長野は東海を12-0で、東京は関西を3-1で下していた。
決勝戦は第1ピリオド(P)の6分、東京がパワープレーからDF石井英明のシュートで先制するも、ここから長野が反撃に転じる。DF熊谷昌治が7分、11分に2得点を挙げて勢いに乗ると、第2Pの序盤にも加点し、熊谷はハットトリックをマーク。さらに、FWの森マルコスが第2、3Pに2点を挙げて突き放した。
長野はパラリンピアンや日本代表強化指定選手が多数所属する強豪チームだ。前日の予選で上がった「ハンドリングの甘さ」という課題を修正し、決勝では多彩なパスワークとチームワークで得点を重ねた。追撃の起点となった熊谷は「先制されて、逆にスイッチが入った」と振り返り、5得点すべてにアシストを記録したDF吉川守主将は、「昨日は(パック)ハンドリングが悪く、ポロポロしていたので、今日はアップメニューを変えたのが功を奏した。立ち上がりから、皆が良く動いてくれた」とチームを評価した。
敗れた東京は今大会、ケガなどで主力数名を欠いた苦しい布陣に、新加入で初出場のメンバーも多く、リズムをつかみきれなかった。DF石川雄大主将(代行)は、「プレッシャーが弱く、攻められなかった。悔しい」と無念さをにじませた。
3位決定戦は創部3年目の関西が同2年目の東海を11-0で退けた。大勝の立役者はFW伊藤樹だ。この試合ではドリブルから一人持ち込んでのシュートなど8得点1アシスト。また予選の東京戦でも先制点を挙げる活躍を見せた。まだ、15歳の中学3年生。8歳で事故に遭って車いす生活になり、パラアイスホッケーを始めたが、事故以前はアイスホッケー歴が4年あり、“氷上での競技歴”は9年。持ち味は「パックドリブル」で、課題は「スピードとフィジカル。押されてもパックキープできるようになりたい。センターとしてゲームメークし、周りの選手を活かせる選手になりたい」と目を輝かせた。
東海は昨年、関西との合同チームでの出場だったが、今年は単独チームとして初出場を果たした。DF那須智彦は、「走り負けという、課題もみえたが、チームとしてはいい経験ができた」と前を向いた。
ゲームスーパーバイザーを務めた、現日本代表の信田憲司監督は大会終了後、「どのチームもレベルが上がり、感動するプレーも多かった。今後が非常に楽しみになった」と総括した。例えば、長野は「しっかりとブレードにいくパスが多く、動きもクロスしてパス交換しながらゴールに向かうチームプレーに感心した」とし、新加入の選手も多く、主力も抜けていた東京については、「(新)メンバーは発展途上。(欠場した主力など)フルに揃うと、今後、(長野、東京の)2チームの戦いは楽しみ」と期待を寄せた。関西については、「伊藤がかなりいいプレーをした。得点もでき、守りの意識も高い。(新加入の)小田島(修)など、これから楽しみなチーム」とし、東海は、「コミュニケーションを良く取り、勝とうとしている。創部から1年。成長のスピードは4チームで一番高いと感じる」と評価した。
■厚みを増した選手層。可能性に期待
今大会では若手や新加入選手の存在感も印象的だった。そのうち7名は、日本スポーツ協会が主催し、2017年からスタートしたアスリート発掘事業、「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト(J-STAR PROJECT)の3期生だ。
信田監督は、「これまでパラアイスホッケーの弱点は競技人口が少なく、競争原理が働いていなかったこと」とし、日本パラアイスホッケー協会の努力もあり、J-STARプロジェクトで「選手を集めてくれたことが、ベテランにもいい刺激となった。成長のスピードが上がった要因の一つには皆の競い合いが大きなポイント」とその効果を話した。
例えば、同3期生の一人、東京のFW金子幹央は競技歴1年ながら、この競技では機敏性などで有利とされる両脚切断の選手で、「当たりの強さ」が光った。3年ほど前に通勤途中の事故で障がいを負った44歳。義足歩行に向けた体幹強化を目指し、同プロジェクトに挑戦してホッケーと出合った。過去に本格的なスポーツ経験はないというが、建築業で培った体力や、「両切という特徴を生かして、(日本)代表の中に食い込みたい」と意気込む。
3位決定戦で得点し、J-STAR選手の得点第1号となった関西のFW小田島修も脚を切断する前はラグビー選手だったそうで、義足でパラ陸上にも挑戦したが引退。5年ぶりに「何かに打ち込みたい」と挑戦欲が湧き、プロジェクトに応募して道が開けた。「支えてくださる方への感謝を忘れずに、これからも努力したい」と真摯に語った。
信田監督も、「金子は体にしっかり当てられると、ベテランでも嫌がる」と話し、小田島についても、「(代表合宿では)パックの扱いに苦労していたが、この試合では修正し、しっかりレシーブしてから次のプレーに移ることができていた」と成長を評価した。
パラリンピック5大会出場のベテラン、吉川は、「J-STARの選手は最初からレベルが高く、すぐに氷に乗れる選手が多い」と話し、「まずは走り込み、しっかり前に進むことを学んでほしい」とアドバイス。平昌大会代表の熊谷は「若手から学ぶところもある」と歓迎する。例えば、思い切りふりぬくだけでなく、器用にメリハリを利かせた柔軟性あるパスやシュートなどは参考になるそうで、逆に先輩として「伝えられることは伝えて行きたい」と、チーム一丸の進化を誓っていた。
国内クラブのチーム力の充実は、そのまま日本代表の強化にもつながっていく。日本は全敗で予選敗退した2018年平昌大会の悔しさを、次の北京大会で晴らすことを目指している。コロナ禍により、出場権につながる世界選手権の開催も見えない状況だが、今年1月のイタリア遠征では勝利こそなかったものの、イタリアやノルウエーなど強豪相手に1点差の戦いもできたという。信田監督は、「(強化は)順調に来ていたが、世界と戦ってどのレベルにきているのか。選手の成長を見ていると、何としてもチャレンジさせてあげたいという気持ち」ともどかしそうな表情で話した。
今大会は選手発掘や地道な強化の手ごたえも感じられた。ベテランと新人がそれぞれの良さを持ち寄り、相乗効果による、さらなる進化に期待したい。
星野恭子●取材・文 text by Hoshino Kyoko 吉村もと●写真 photo by Yoshimura Moto
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