2018年世界選手権で銀メダルを獲得した女子イギリスは東京で史上初のメダル獲得を狙う(撮影・X-1)
東京パラリンピックで悲願のメダル獲得を目指す女子イギリス代表。2018年世界選手権、19年ヨーロッパ選手権ではいずれも準優勝している強豪だ。現在、女王の座に君臨しているオランダに次ぐ実力を持つチームとして、東京では金メダルの有力候補に挙げられている。16年リオパラリンピックでは3位決定戦で敗れ、あと一歩のところでメダル獲得を逃した。しかし、その後は若手の成長に伴い、チームの勢いは増している。高さを武器とする欧米としては比較的小柄な選手が多い中、世界トップクラスのチームとなった要因をひも解く。
女王オランダを上回る選手層の厚さ
現在のイギリス代表チームの特徴の一つが、計画的な若手育成によるチーム強化の成果だろう。男子は17年のU23世界選手権を制した若手がA代表でも台頭し、18年世界選手権では初優勝を果たした。そして、女子はその流れがより顕著だ。15年のU25世界選手権で金メダルを獲得したメンバー12人のうち7人が、18年世界選手権での銀メダル獲得に貢献している。
前女子イギリス代表HCのマイルズ・トンプソン氏によれば、現在のチーム・ビルディングが本格的にスタートしたのは、14年だという。17歳から35歳までが参加資格を有するアカデミーで約20人がトレーニングを積み、激しい競争のなか、そこからA代表のメンバーが選抜されている。
リオパラリンピックではメダルを逃したものの、当時はチーム・ビルディングは3年目と道半ばで、10代の選手もいたほど若いチームだった。その状態でのメダルゲーム進出は大きな成果と言えたに違いない。現在もメンバーの大半が20代と若いが、それでもリオのメンバーが8人と経験値もある。
最大の難敵として立ちはだかるオランダに対しても、リオの3位決定戦では34-76と完敗したが、リオ以降は確実にその差を縮めている。特に19年のヨーロッパ選手権予選リーグでは、負けはしたものの52-61と1ケタ差だった。その試合、2Qの終盤に逆転されるまではリードしていたのはイギリスで、最大8点差を付けていた。後半も何度も同点にまで詰め寄る粘りを見せ、オランダを苦しめている。
リオ以降も公式戦でオランダには勝てずにいるイギリスだが、選手層の厚さではオランダを上回り、世界随一と言っても過言ではない。オランダは主力が固定され、特にハイポインターにおいてはマリスカ・バイエルとボー・クラーメルの2人にほぼ限られている。一方、イギリスはエイミー・コンロイがエース的存在だが、そのほかヘレン・フリーマンやジュード・ハマー、さらには持ち点3.5のロビン・ラヴも4点プレーヤーと遜色ないプレーをする。ハイポインターからローポインターまで選手の力が拮抗しているため、ラインナップがバラエティに富んでいるのが、イギリスの強みだ。
18歳で出場した08年北京から3大会連続でパラリンピックに出場しているベテランのヘレン・フリーマン(右/撮影・X-1)
チーム力と個人スキルを兼ね備えたタレント集団
イギリスに同世代の選手が多い北間優衣も、主力に若手が多く、層も厚いイギリスに警戒心を募らせる。
「ベンチメンバーの誰が出ても、スタメンの選手との力の差がなく、まったくチームのレベルが落ちないのがイギリスの強さ。若手が多い分、伸びしろもあるし、一方でパラリンピックや世界選手権での経験も持っている。すでに作り上げられた状態のオランダよりも、どこまで強くなるのか、という点ではイギリスの方が怖いなと感じています」
日本と比較すれば高さはあるものの、欧米では決して高くはないイギリスは、トランジションの速さ、フォーメーションの正確さ、そして一人ひとりのスキルの高さを強みとしている。コンロイが得点源ではあるものの、エース頼りではなく、どこからでもシュートを狙える力がある。
例えば、持ち点4.0でガードのフリーマンはボールハンドリングが巧みで、クイックネスな動きで自らドライブしてシュートを打つ。また持ち点2.5のローリー・ウィリアムスはどの距離からでも正確にシュートを打つ力がある。そして持ち点1.0のシャーロット・ムーアもピック・アンド・ロールからのランニングシュートをほとんど外すことがない。
ローポインターにまで好シューターが揃っているからこそ、相手のディフェンスは困難を極める。しかも、北間によれば「ローポインターがシュートするということに、ローポインター自身にもハイポインターにもまったく迷いがない」。
ディフェンスも巧みなチェアスキルと、マークする相手を瞬時に替えるスイッチや、手薄となったところへのカバーリングなど、連携プレーに絶対的な自信を持つ。10代の頃から共にアカデミーでトレーニングしてきたためだろう。ディフェンス面でのプレーにも迷いがなく、一体感がある。
なかでも、北間が最も注目しているのが、持ち点2.5のジョイ・ヘイゼルデンだ。チームで最年少の22歳である彼女のプレーが、チームに良いバランスをもたらしていると見ている。
「ジョイ選手はボールをキープして自分でドライブすることも得意としていますが、さらにボールのないところでのプレーが本当に素晴らしい。例えば、ピック(相手の動きを止めるために車いすを寄せるプレー)のかけ方がとても巧く、相手を逃しません。さらに、ピックをかけた後のプレーの判断も的確なんです。カットインするにしても絶妙なタイミングでリリースするので、ディフェンスの隙間を縫ってレイアップシュートしにいくことができているんです。速攻の場面では、相手がもう少しで戻り切れるというところでパッとクロスピックしてきて、ディフェンスをはじき出し、一瞬のアウトナンバー(数的優位な状況)をつくってしまう。とにかく対戦していて、一番イヤだなと思う選手です」
ロンドンパラ以降に見られたスタイルの変化と若手の成長
北間が初めてイギリスと対戦したのは、初めて日本代表メンバーに選出された11年。日本もイギリスも、お互いに翌年のロンドンパラリンピックの大陸予選に向けてチーム・ビルディングも佳境を迎えていた時期だ。ヨーロッパ遠征に臨んだ日本はイギリスと対戦し、大接戦となった。40分では決着がつかずに、2度の延長戦の末に、日本が競り勝った。
北間の印象では、当時のイギリスはどちらかというと高さを使ったチームで、従来のヨーロッパのバスケをしていたという。ローポインターやミドルポインターはハイポインターを活かすプレーが主流で、得点源もほぼ固定されていた。しかし、自国開催となったロンドンパラリンピックでは7位と成績は振るわなかった。
それがきっかけだったかは定かではないが、誘因の一つとなったことは確かだろう。その後、イギリスは現在のようなトランジションの速いバスケへと本格的に舵を切ったように映る。そして若手育成を充実させ、長期的なチーム・ビルディングに着手したのだ。
北間がイギリスに対して変化を感じたのは、15年の女子U25世界選手権だ。前年から若手育成のプログラムをスタートさせていたイギリスは、すでにA代表入りしている選手がほとんどで、圧倒的な強さで優勝している。
女子U25日本代表の一人として出場した北間は、久しぶりにイギリスを見て、ロンドンの時とはまるで違うチームになっていることを感じ、驚いたという。
「一番の違いは、やはりスピードでした。高さを使いつつも、かつスピーディな展開のバスケをするようになっていました。ロンドンまでのチーム作りでも、もちろんスピードという部分は磨いてきていたとは思います。ただ、若手選手がどんどん出てきたロンドン以降により磨きがかかったなという印象がありました。スピードという点においても、やはりジョイ選手が台頭してきたのは大きいのかなと思います」
チーム最年少ながら攻守にわたって重要な役割を果たしているジョイ・ヘイゼルデン(撮影・X-1)
東京パラでの日英戦のみどころは“機動力合戦”
毎年2月に開催されている「国際親善女子車いすバスケットボール大阪大会」(大阪カップ)では、イギリスが初参加した15年から6年連続で“日英戦”が実現している。19年は54-60と負けはしたものの、前半は日本のオールコートでのディフェンスが機能するなど、この半年前の世界選手権で銀メダルに輝いた強敵相手に善戦した。20年も2試合を行い、初戦は44-49と拮抗してみせた。
しかし、それでも日本が本来得意としているアーリー・オフェンスを容易にはさせてくれないのがイギリスだ。その要因は、やはりスピードにある。ストップ・アンド・ゴーの俊敏な動きに加えて、停止している状態からの一歩目の漕ぎ出しが速い。短い時間でスピードに乗ることができ、速いトランジションを可能としている。
そのため、日本がいいリバウンドを取って素早く攻めても、フロントコートにボールを運んだ際に速攻やアウトナンバーというオールコートでのオフェンスの形を作りきれない。イギリスの戻りが早く、最終的にはハーフコートでのオフェンスに切り替えざるを得ないからだ。
そして、単に切り替えが速いだけでなく、戻り方にもイギリスの強さがあると北間は言う。
「アウトナンバーを作ろうと、バックピック(相手にピックをかけて動きを止め、攻守への参加を遅らせる戦術)をかけようとしても、イギリスはそれになかなかかかってくれないんです。イギリス自体がよくバックピックをかけてくるので、おそらくチーム練習で繰り返しやっているんだと思うんですね。だからこそ、逆にバックピックからの逃れ方も熟知しているのだと思います。そのために戻られてしまって、ハーフコートで攻めるしかなくなってしまうんです」
一方、オフェンスでは好シューターが多いだけでなく、ボールをキープできる選手も多い。そのためローポインターやミドルポインターがアウトサイドでボールを保持できるため、ハイポインターは動きやすい。相手がオールコートのプレスディフェンスをしいてきた際には、全員が中継に入ってボールを運ぶことができるという利点もある。
「オフェンスもディフェンスも、ローポインターやミドルポインターが、ハイポインターと遜色ないプレーをする。チームの総力という点では、イギリスは世界トップ。私たち日本が目指しているのは、まさにそういうバスケです」
東京パラリンピックでは00年シドニー以来3度目のメダル獲得を目指す女子日本代表。もちろん、イギリスとの対戦は十分に考えられる。そのイギリス戦でのカギはどこにあるのだろうか。
「やろうとしているバスケは、日本もイギリスもほとんど同じだと思います。ただ、そのやろうとしていることに対する意識という部分で、今はイギリスの方が上。特に私たちローポインターの意識が大事かなと思います。ハイポインターを活かすプレーはもちろん重要ですが、それだけでなく、ローポインター自身ももっと自分でボールをキープするとか、チャンスの時はシュートを狙っていくとか、そういうプレーをどんどん増やしていかなければいけない。そしてハイポインターの選手もローポインターにボールを預けたり、シュートを打ってもらう。そういうことがお互いに迷うことなくできるくらいまでになれば、勝機はあります」
自らがボールを持ち、得点に絡むプレーでもチームに貢献したいと考えている北間優衣(撮影・X-1)
そのうえで、日英戦の一番のみどころは、“機動力合戦”だと踏んでいる。
「ともにトランジションの速さが強みのチーム同士だけに、スピーディな展開のバスケになることは間違いありません。そのなかで、いかに機動力を活かしてアウトナンバーの形を作ることができるか。40分間のうちに、相手よりもアウトナンバーをどれだけ多く作れるかが勝負のポイントになってくると思います。そのうえでフィニッシュの確率を上げられるかどうか。いずれにしても、同じタイプのチーム同士だけに、面白い試合が見られると思います」
40分間フルで出場することも少なくなく、現在の女子日本代表にとって不可欠なプレーヤーの一人、北間優衣。もちろん、同世代が多いイギリスに負けるつもりはない。献身的なプレーにとどまらず、チャンスがあれば自らが得点を狙う積極的なプレーでチームを勝利に導くつもりだ。
文/斎藤寿子