パラアイスホッケー日本代表が、大きな分岐点となるトーナメントに臨もうとしている。
平昌パラリンピック出場権をかけた最終予選が9日、スウェーデン・エステルスンドで開幕する。4月の世界選手権Aプール下位2チームのスウェーデンとドイツ、そして昨年11月の世界選手権Bプール上位3チームのチェコ、日本、スロバキアの5カ国が出場し、「3」枠を争う。文字通り、パラリンピックへの切符を獲得する“ラストチャンス”となる大会だ。平昌パラリンピックの参加枠は「8」で、カナダ、アメリカ、韓国、ノルウェー、イタリアがすでに出場権を獲得している。
最終予選は総当たりポイント制で行なわれる。ここで日本が3位までに入れば、銀メダルを獲得した2010年バンクーバー大会以来、2大会ぶりのパラリンピック出場となる。
日本のライバルチームを見てみると、チェコはソチ大会5位、スウェーデンは8位の実績がある。チェコは、競技中は座った状態とはいえ身長190cmを超えるGKバベンカをいかに攻略するかがポイントになる。パラリンピックで過去3つのメダルを獲得しているスウェーデンは、ここ数年世界ランキングを落としているが、世界選手権でベストGKに選出されたニルソンや、動きのよいカスペリを中心としたFW陣の勢いに要注意だ。また、ドイツは日本と同様にソチ大会出場を逃しており、平昌パラの切符獲得はいわば至上命令。日本とはしばしば「1点差」の混戦を演じるなど実力は拮抗している。スロバキアも急成長中で怖い相手だ。
今大会の直前にはチェコの国内リーグが開幕し、チェコとスロバキアの選手が参加。ノルウェーで開かれたテストマッチにはスウェーデン、ドイツが参戦しており、それぞれ実戦感覚を養ってから本番に臨んでくる。今大会は5分の3が出場権獲得と、確率でいえば悪くないが、日本にとっては厳しい戦いになるだろう。
日本はこの4年間、もがき苦しんできた。バンクーバー大会時も少数精鋭だったが、あれから7年が経った今も国内の競技人口はやはり約30名と少ない。競争原理が働きにくい環境で、世代交代も思うようには進まなかった。加えて、ソチ大会出場を逃したことで、海外勢との試合の機会が減少。陸続きで試合を組みやすいヨーロッパ勢と比べるとその数は圧倒的に少なく、国際マッチでしか吸収できない試合勘が不足していることは否めない。ただ、今年はチェコ遠征や、韓国とイタリアとの親善試合などを重ねてきており、その経験を本番に生かしたいところだ。
また、今回の最終予選は、競技人口が少ない日本にとって、“未来をかけた戦い”でもある。日本チームの平均年齢は41.5歳。もし今回、再びパラリンピックの出場を逃せば、国内での競技衰退は免れないという声もある。チームを牽引するキャプテンの須藤悟(北海道ベアーズ)は、「どうしても勝ち抜かなくてはいけない大会。腕を1本落とそうが、足をもう1本落とそうが、使命と覚悟を持って戦う」と、厳しい口調で意気込みを語る。
日本の試合スケジュールは、9日にドイツ戦。10日にスウェーデンと当たり、2日間のオフを挟んでスロバキア戦、最後にチェコ戦と続く。総当たりの今回、やはり鍵になるのが最初の2試合だ。ドイツもスウェーデンも、世界選手権Aプールで敗れたとはいえ、世界のトップとしのぎを削ってきたアドバンテージは大きい。後半にかけて調子を上げていくタイプの日本にとっては、このドイツ戦、スウェーデン戦でミスをせず、自分たちのプレーができれば光が見えてくる。ここで勝ち点を手にし、スロバキア戦への弾みをつけたい。
日本代表はすでに現地入りし、時差調整も兼ねて合宿を行なっている。実はこの練習には、以前から交流のある盟友・ノルウェーから招待した5選手が参加している。「ノルウェー側には、若くてスピードのある選手、頭のよい選手をそろえてほしいとリクエストした」と中北浩仁(こうじん)監督。対戦相手を想定した練習というよりも、日本が9日の初日にきっちり調子を合わせるための作戦だ。
大会前最後の国際試合となった8月のイタリア遠征では、3試合を行ない、初戦黒星、2試合目は同点からのゲームウイニングショット(GWS)で敗れ、3試合目は同じくGWSで勝利、という結果だった。プレータイムの多くをオフェンスゾーンで展開できており、それも踏まえ、須藤は「最終予選は、とにかく初戦の入り方と、早い段階での得点が鍵になる」と言い切る。
一時戦列を離れていた、バンクーバー大会準優勝メンバーのDF中村稔幸(長野サンダーバーズ)とFW上原大祐(東京アイスバーンズ)も最終予選に向けて代表に復帰。日本は得点力不足が課題であることから、上原の持ち前のホッケーセンスとシュート力に期待が集まる。ファーストセットで上原と組むエース・熊谷昌治(長野サンダーバーズ)は、「(上原が加わったことで)これまでのように僕が得点を取らなくては、という焦りが軽減され、気持ちのゆとりができる」と話している。
司令塔・高橋和廣(東京アイスバーンズ)のゲームコントロールにも注目したい。セカンドセットでは、これまでディフェンスを担ってきた三澤英司(北海道ベアーズ)をフォワードで起用することも、中北監督は明言している。三澤はもともとフォワード経験が豊富なユーティリティープレーヤーだ。三澤自身も「僕はフォワードがやりたかったので問題ない」と力強くコメントしており、調整合宿でベテランの吉川守(長野サンダーバーズ)、安中幹雄(東京アイスバーンズ)らとのコンビネーションに磨きをかけている。
今回の代表メンバー17名のうち、エースの熊谷を含め、約半数の8名がまだパラリンピックの舞台を経験していない。GKの望月和哉(長野サンダーバーズ)や、サードセットで存在感を見せつつあるFWの児玉直、南雲啓佑(ともに東京アイスバーンズ)ら、若手選手の奮起と成長にも期待したいところだ。
中北監督が取材の間にポロリとこぼした言葉が、印象深い。
「パラリンピックは本当に特別で、素晴らしい場所。なんとしても、(彼らをパラリンピックに)連れて行ってやりたいんだよね……」
背水の陣で挑む日本代表。この4年間、いやバンクーバーから7年間の思いのすべてを、スウェーデンでの6日間に注ぎ込む。
*本記事はweb Sportivaの掲載記事バックナンバーを配信したものです。
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荒木美晴●取材・文・写真 text&photo by Araki Miharu