「パッションがあるからこそ走り続ける」車いすランナーマルセル・フグ
「スポーツ界のアカデミー賞」とも言われる「ローレウス世界スポーツ賞」。年に一度、世界のスポーツの各分野で活躍した個人および団体に贈られる栄誉ある同賞にノミネートされたのが、車いすランナーのマルセル・フグ選手(スイス)だ。東京2020パラリンピックでは800m、1500m、5000m、マラソンとエントリーした全種目で金メダルを獲得。さらに11月の大分国際車いすマラソンでは、22年ぶりに世界新記録を樹立するという偉業も成し遂げた。今や車いすランナー界の絶対的王者となったフグ選手に、2003年から彼を撮り続けている写真家・越智貴雄氏が独占インタビューした。
「日本でなら」と臨んだ東京パラリンピック。期待通りの結果となった会心のレース
── ローレウス世界スポーツ賞2022にノミネートされたお気持ちは、いかがですか?
非常に嬉しく思いますし、感謝しています。そして誇りでもあり、光栄に思っています。
── 東京パラリンピックで4つの金メダルを獲得し、1500mでは世界記録を2秒以上も更新しました。車いすランナーにとっては、これ以上ない結果だったと思います。オリンピックで言えば、ロンドン&リオ五輪の陸上で、それぞれ3つの金メダルを獲得したジャマイカのウサイン・ボルト選手のようです。そのような偉業を達成したフグ選手の、次の目標とは何なのでしょうか。
2021年は私にとって本当に素晴らしい1年となりました。キャリアの中でもベストなシーズンだったと思います。しかしシーズン後は、休養や次の目標、希望は何なのかを考える時間が必要でした。そこで考えた2つの目標があります。1つはトラック種目の5000mで世界新記録を更新すること。2つ目はマラソンのワールドメジャーシリーズで、今シーズンも再び 優勝することです。
── 高いモチベーションを維持することは難しいと思いますが、核となっているものは何なのでしょうか。
確かに2021年はいろいろと目標を達成し、結果を出すことができましたが、そのモチベーションをどうやってつなげていこうかということを自分でも模索した時期もありました。そこで思ったのは、新たな目標を設定するということが新たなモチベーションになるということ。そして競技に対する熱意が必要だということにも気づきました。というのは、コロナ禍でレースの中止が相次ぎ、大会参加のために渡航することができない中、自分はレースをすることが好きだということを感じていて、トレーニングすることが苦ではありませんでした。自分には、競技への熱意が強くあるということに改めて気付いたんです。それがモチベーションを保てている要因になっています。
── 走り続ける理由は、好きだということが一番にあるんですね。
そうですね。競技に対して熱意を持つこと、そして楽しむこと、どちらもなければ、毎日過酷なトレーニングし続けるということは難しいですし、レースに出てもなかなか成果を出すことができないと思います。
── 東京パラリンピックでフグ選手が使用したレーサーには、とても大きな衝撃を受けました。加速が早く、トラックの長距離やマラソンでの終盤になってもスピードが落ちませんでした。これまでのレーサーとは、どこがどのように違うものだったのでしょうか。
私の母国スイスで開発されたレーサーで、とてもいい結果を生み出してくれていると思います。いくつか調整してもらっていて、1つは座面の位置を少し下げて空気抵抗を小さくし、硬くしたこと によって、エネルギーを逃げないようにしました。そのために、特に坂の上り下りでも体力を省エネでき、スピードが落ちないんです。 東京パラリンピックでは1種目目の5000mで金メダルを取ったことによって、その後の競技への自信にもつながりましたし、モチベーションも上がりました。自分のフィジカルのコンディションもとてもいい状態で臨むことができていました。そういう条件が整っていたからこその結果だったと思います。
── 最後に、コロナ禍で開催された東京パラリンピックに出場しようと決意した思いと、実際にどんな大会だったか感想を聞かせてください。
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会が、選手が安心して競技できるようにいろいろと配慮し、開催できるようにと努力されていることが伝わっていましたので、東京へ行こうと思いました。私は、日本で開催されるレースに出場することがとても好きで、安心して競技ができる日本でなら世界新記録を出せるのではないかとも思っていましたので、実際に出場することができてとても嬉しかったですし、レースを楽しむことができました。コロナ禍という厳しい中、組織委員会が安心・安全な大会を開催してくださったことに本当に感謝しています。おかげで自分もいい結果を出すことができたので、非常に良い経験となりました。ありがとうございました。
写真・インタビュー/越智貴雄[カンパラプレス]・ 文/斎藤寿子