ボッチャの競技力向上やファン拡大などを目的とした、2022ジャパンパラボッチャ競技大会が8月19日と20日にかけ、東京・駒沢オリンピック公園屋内球技場で開催された。コロナ禍の影響で3年ぶりの開催となった今年は感染症防止策を講じて有観客で行われた。2日間で550人以上の観客が、タイと韓国から招へいされた強豪選手たちと日本代表“火ノ玉ジャパン”の熱戦を見守った。
東京パラリンピックでメダル3個を獲得した“火ノ玉ジャパン”は、さらにいい成績を目指し、次の24年パリ大会へとスタートを切っている。全4つ(BC1~4)のクラス別に個人戦で競いあった今大会は、出場選手たちにとってハイレベルな戦いのなかで自身の現在地と今後の課題などを知る、貴重な機会となったようだ。
BC1男子では日本選手2名と韓国選手1名での総当たり戦で競われ、1勝で並んだ中村拓海とキム・ドジン(韓国)が最終戦で対戦した。第2エンドまでにキムが2点リードしたが、第3エンドで中村が好プレイで逆転。だが、第4エンドで1点を返し3-3の同点にしたキムがその勢いでタイブレークも制し優勝した。
東京パラでチーム戦銅メダルの中村は試合後、「悔しい。前半の(点を)取れるところで取り切れなかったことが敗因」と僅差の試合を振り返った。
第3エンドでの逆転は自らジャックボールを弾いて不利な状況を打開した好ショットがきっかけだった。「あんなショット、見たことない」という声も客席から聞こえたほどの妙技で、その後、連続してジャックボールに寄せ、一挙に3点を奪った。
「手前に邪魔なボールがあったので弾きにいったが、まさかジャックがあんなに飛ぶとは。(あとのショットも)強い気持ちで投げることができた」と振り返ったが、タイブレークは「後半でプランを変えてしまった。自信を持つことが大切。もっと精度を高めたい」と前を向いた。
自身初の日本代表戦だった長谷川岳は対キム戦で、タイブレークまでもつれる戦いで健闘。「緊張したが、楽しもうと思って試合に臨んだ。タイブレークも初めてだったが、最後まで楽しくできた」と世界への第一歩を刻んだ。
2選手が出場したBC1女子は1勝1敗で並んだが、2戦目を9-0で勝った遠藤裕実が得失点差でキム・ユナ(韓国)を下して優勝した。
ボッチャは東京パラまで個人戦は男女混合だったが、パリ大会からは男女別に実施される。パリで初出場を目指す遠藤は「いいパフォーマンスをして世界ランキングを上げ、チーム戦でも貢献したい」と目標を語った。
BC2は男女混合で行われ、世界ランキング1位のワラウト・センアンパ(タイ)が技も戦略も圧倒的な高さを見せつけ、梅村祐紀を14-0で、海老沢文子を8-0で完封し優勝した。ジャックボールを手前に置いたり、コート遠方に投げたり、相手ボールを豪快に弾いたりなど多彩なプレイで観客を魅了した。
センアンパは、「多くの観客が、タイの国旗を振って応援してくれてうれしかった。がっかりさせたくなくて全力でプレイした」と笑顔を見せ、ジャックボールを遠方に投げる戦略は「得意なプレイだけでなく、自ら難しいことにチャレンジし、より達成感を得ようと思った」と、向上心の高さも示した。
BC3男子は3選手が出場し、クォン・ジョンホ(韓国)が東京パラでペア銀メダルの高橋和樹を破って優勝した。初代表の高橋祥太は3位だったが、ジョンホに3-4と食い下がった。
BC3は障がいが最も重いクラスで、「ランプ」と呼ばれる滑り台のような補助具を使い、「ランプオペレーター(RO)」のサポートを受けてプレイする。ROはメダルも送られる選手であり、チームワークが欠かせない。
リオ大会から連続でパラ代表のベテラン、高橋は今春から心機一転、星豊ROとペアを組み、再スタートを切った。「パリで金メダル獲得を目指すにはまず、自分がボッチャを楽しむことが必要だし、何かを大きく変えないと成長につながらないと思った」とRO変更の理由を説明。
「10年以上の友人」という星ROは高橋の思いを受け止め、仕事を辞めて介助の資格も取得済だという。ボッチャ初心者ながら、「こんな面白い経験はない。賭けにのってみようと思った」と前向きだ。二人で臨んだ初の国際大会の内容は反省点も少なくないが、高橋は「この経験を次に向けてどうしていくか(二人で)話し、互いの力を合わせて結果につなげていきたい」と力を込めた。
BC3女子は東京パラで高橋らと組んだペア戦銀メダルの田中恵子がビョン・ジャヨン(韓国)を5 – 2 で、岩下穂香を5 – 3で退け、貫録を見せた。
「久しぶりに観客のいる試合で、楽しく戦えた」とほほ笑んだ田中も今大会、新たな挑戦をしていた。これまでROは母の孝子さんが務めてきたが、初めて峠田佑志郎ROと組み、試合に臨んだ。峠田ROはこの春まで、高橋とペアを組んでいたが、高橋の意向を受けて、自身は「次世代選手のサポートをしたい」と、まずは以前からよく知る田中に声をかけたという。
日本では家族がROを務める選手が多いが、生活介助も含めて長時間を過ごすことになる。もし、他のROとも組む選択肢が増えれば、視野を広げることにもなるはずだ。田中も峠田ROとのプレイは気分転換にもなり、メリットを感じたという。峠田ROは「(田中と)ずっと組むかは分からない」と話したが、火ノ玉ジャパンとしても戦略の幅を広げる有意義な挑戦といえそうだ。
BC4は日本人男子2名が参加、内田峻介が東京パラ代表の古満渉に2戦2勝で優勝した。「自分のいいところが出せた。観客がいるほうがいいプレイができる」と達成感をにじませた。大阪体育大学のアダプテッドスポーツ部に所属し、いい指導と練習量を維持できていることが「成長につながっている。今後も勝ちにこだわってパリ大会出場を目指したい」と意気込みを口にした。
大会の最後にはエキシビジョンマッチとしてBC2優勝のセンアンパと東京パラBC2個人金メダルの杉村英孝が対戦。センアンパも東京パラのチーム戦(BC1/2)の金メダリストで、ボッチャの醍醐味がつまった見応えたっぷりの一戦となった。
第1エンド、最後の1球を残した杉村の前にはセンアンパの赤球3つに取り囲まれたジャックボールが。このままでは3点を奪われてしまう状況から、杉村が投げたボールは勢いよく転がって密集したボールの上に乗り上げ、ジャックボールにピタリ。苦しい場面で、「スギムライジング」とも呼ばれる得意技を決め、一気に形成を逆転した。1点を先行した杉村が第2エンドも好ショットを連発し、3-0とリードを広げた。
しかし、第3エンドはセンアンパがジャックボールをエンドライン近くまで投げる、ロングボールで勝負に出る。自身にとっても「挑戦のプレイ」と話していたが、センアンパは持ち前のコントロール力で自球を次々と約10m先のジャックボールに寄せていく。杉村も好ショットで食らいつくが、勝負どころで寄せきれず、逆に4点を奪われて逆転を許す。最終第4エンドは杉浦が得意のショートエリアで試合を進めたが、センアンパが安定したショットを重ねて1点を加え、5-3で杉村に勝利した。
高度な技の見せあいで息詰まる展開となったが、勝敗が決したあとは互いの健闘を称え合った。笑顔で拳を合わせた姿には観客から大きな拍手が送られた。
杉村は、スギムライジングを決めた場面について、「狙い通りにうまくいった。会場も盛り上がってくれたので、すごく良かった」と話したものの、「(試合)結果は悔しい。すごく収穫がある一戦だったが、課題は山積」と振り返った。
課題のひとつは、新たに使い始めたボールへの順応だ。東京パラまでは多様なメーカーのボールから選ぶことができ、ルールで決められた範囲内でサイズや重さなどをカスタマイズできたが、東京パラ後のルール変更により、世界ボッチャ連盟に認可されたメーカー製のライセンスボールしか使えなくなったのだ。ボールを使い慣れることは重要で、杉村は「今季はまだ選別の時期。いろいろ試しながら取り組んでいる」と話した。
センアンパに加え、タイのBC2にはもう一人、ワチャラポン・ボンサというリオ大会二冠の強豪がいる。杉村は、「二人の壁を越えていかないと、パリでのメダルは取れないと思っている。彼らは常にボッチャを楽しんでいる。真剣勝負のなかでも楽しむ気持ちはすごく大事だと思うので見習いたいし、今回の経験を、今後に控える国際大会につなげていきたい」と前を向いた。
東京パラ後に火ノ玉ジャパンの監督に就任した井上伸氏は、「若手から経験のある選手まで貴重な経験ができた」と話し、強化を進めている若手選手の戦いぶりについては「予想通りできた部分と、普段よりもパフォーマンスが低い部分が見られた」と評価をした。
女子の強化も進めている。ペアを組むROやアシスタントを変えてみるなど新しいチャレンジも行い、「固定観念にとらわれることなく、体制を変えることも必要。いろいろ試している段階」と話した。
久しぶりに観客に囲まれた大会で、それぞれがつかんだ自信や見つけた課題を糧に、火ノ玉ジャパンのさらなる進化に期待したい。
なお、試合の模様はアーカイブ動画で視聴できる。
大会1日目(8月19日):https://www.youtube.com/watch?v=_rrUgjxnCkI
大会2日目(8月20日):https://www.youtube.com/watch?v=5JuhIACaWgY
写真/吉村もと・文/星野恭子