9月7日にタイ・プーケットで開幕した車いすバスケットボール男子U23世界選手権。大会2日目の8日、男子U23日本代表は予選リーグ初戦でトルコと対戦し、69-54で快勝。最大11点差からの逆転勝ちで白星スタートを切った。
1年前の東京2020パラリンピックを彷彿させるかのように、鳥海連志が初戦から19得点、13リバウンド、12アシストとトリプルダブルを達成。同じく東京パラメンバーの髙柗義伸はチーム最高のフィールドゴール成功率54%、最多の26得点を叩き出した。そんなふうに日本が本来の実力を発揮できたのには、指揮官の期待に応えて救世主となった2人の“シックスマン”の存在があった。
第1Qの序盤、最初に主導権を握ったのはトルコだった。3人のビッグマンがインサイドでミスマッチの状態を作り出し、競り合うようにして次々と確率よくシュートを決めていった。一方の日本は、高柗のミドルシュート1本のみ。わずか3分半の間に、2-12と大きなビハインドを負った。
そんなチームの様子を見ながら、自分の出番が近づいていることを感じていたのが、古崎倫太朗だった。日本が4位入賞した前回大会はチーム最年少16歳での出場だった古崎。プレータイムは決して多くはなかったが、当時からシューターとしての評価は高く、この5年間でさらに自信をつけてきた。
実際、指導者たちからの評価も高い。「スタートの5人で、もし得点が伸びなかった場合は倫太朗というカードを切っていきます」と京谷和幸ヘッドコーチ(HC)が語るほど、アウトサイドに関しては今やチーム一のスコアラーとして全幅の信頼が寄せられるほどの存在となっている。藤井新悟アシスタントコーチも「オマエにはシックスマンとしての大事な役割があるからな」と古崎に伝えていたという。
そのため、第1Qの序盤で早くも京谷HCから呼ばれても、古崎には驚きは全くなかった。「試合を見ながら、この展開なら早い時間帯で自分が呼ばれるだろうなと。だから、いつでも行けるようにとしっかりと準備していました」
その古崎と共に交代を告げられたのが、伊藤明伸だ。スピードを生かしたプレーが高く評価され、今大会初めて代表12人入りを果たした現役大学生。その伊藤に京谷HCが託したのは、相手のビッグマンを止めることにあった。ミスマッチを狙う相手に対して、スピードが持ち味の伊藤のディフェンスは有効的だと踏んでいたからだ。さらにオフェンスではバックピック(相手をバックコートで止めてディフェンスへの参加を遅らせ、瞬間的にアウトナンバーの状況を作り出す戦術)や、味方のシュートシーンを作り出す役割にも期待が寄せられた。
この2人の投入が、試合の流れを一気に変えた。まず一つは、ディフェンスの変更にあった。序盤はハーフコートディフェンスをしいていた日本だったが、スピードに自信を持つ古崎と伊藤が入ったことによって得意のオールコートでのプレスディフェンスへと切り替えたのだ。
案の定、この日本の“十八番”にトルコは苦戦を強いられた。思うようにボール運びができず、一気に得点シーンが減少していった。一方、ディフェンスでリズムが良くなった日本は、代名詞でもあるトランジションバスケを展開し、オフェンスにもいい流れができ始めた。鳥海の3Pシュートを皮切りに、次々とゴールネットを揺らした日本は、最大11点差を5点差にして第1Qを終えた。
そして第2Qの序盤、一気に日本に流れを引き寄せたのが古崎だ。わずか1分間で3本連続でミドルシュートを決めてみせ、逆転に導いた。終盤にはトルコの猛追にあうも、ここは高柗が奮闘し、37-34とリードを死守して試合を折り返した。
試合を決定付けたのは、続く第3Qだった。要因は、トルコというチームのある特徴にあったと言っていいだろう。勢いに乗ると怖い相手だが、思うようにいかない時には苛立ちを露わにするというのが“お決まり”でもある。そんなトルコに対して、辛抱強く泥臭く戦うことが重要であることは、A代表が証明してきた。2018年世界選手権、東京2020パラリンピックで、日本はトルコに逆転勝ちしている。いずれも苛立ちからミスを連発して自滅したトルコに対し、日本は常に冷静に自分たちのバスケを遂行し続けたことよる勝利だった。
そして、U23のカテゴリーもやはり同じだった。逆転できない苛立ちから、トルコのプレーは粗さが目立ち始め、ファウルを連発。2分もしないうちに、トルコのチームファウルは4つとなるほどの荒々しさだった。加えてターンオーバーも激増していた。リードしていた第1Qはわずか3だったのに対し、第3Q終了時点で16にまで増えていたのだ。いかに日本のプレスディフェンスが効果的だったかがわかる。
第3Qで55-42と2ケタ差をつけた日本は、第4Qでさらにリードを広げ、69-54。第1Qの序盤で古崎と伊藤のカードを切った京谷HCの勇断と、その期待にしっかりと応えた2人の活躍がもたらした勝利だった。
そして、もう一つの勝因は鳥海のプレーにあった。17歳でリオパラリンピックに出場し、その後数々の国際大会でプレーしてきた鳥海は、同世代では経験値も実力も頭一つ抜けている存在だ。なかでも東京2020パラリンピックでは銀メダル獲得に最も貢献した選手の一人として脚光を浴びた彼が、今大会で相手の厳しいマークにあうことは容易に予想できた。
だからこそ、相手の隙をつくように鳥海以外の選手の得点が伸びれば、日本は優位に戦うことができると考えられた。つまり、ボールを持つ時間が多い鳥海がディフェンスを引き寄せ、そのほかの選手たちのシュートシーンをいかに作り出せるかが、オフェンスのカギの一つになると予想された。
鳥海自身、「僕が点を取るということではなくて、周りにどう点を取らせていくかことが重要だと考えていた」という。その点、トリプルダブルを達成した3つの項目のうち、最も注目すべきはチーム最多の12を誇ったアシスト数にあったと言える。
そして、その数字はしっかりとシュートを決めた選手がいたという証でもある。その一人はチーム最多26得点を挙げた髙柗だ。ここ数年で急成長を遂げたハイポインターで、A代表の強化指定選手の中でも存在感が増してきている選手だ。今大会は彼なくして優勝はないと言っても過言ではなく、今後さらなる活躍が期待される。
もう一人は、初戦の勝利における最大の功労者である古崎だ。24分半のプレータイムにして、40分フル出場の髙柗、鳥海に続く12得点。この古崎の活躍がいかにチームにとって大きな意味を持つか、鳥海はこう語る。
「チーム全体で倫太朗のシュートを作り出し、それを彼がしっかりと決めていくと、チームは勢いに乗りますし、相手からすれば守る対象が僕や髙柗だけではないというのは、とても厄介です。そういう意味では、今日の倫太朗の活躍は、チームにとってかなり強い自信になったように思います」
もちろん、課題や不安材料がないわけではない。特に、失点を重ねたフラットディフェンスの質を大会期間中にどこまで高めていけるかは重要だろう。
「ハーフコートのディフェンスがダメだからと言って、毎回オールコートのプレスをやるとなれば、それだけで試合の強度が上がり、今後を戦ううえで厳しさが増す。その部分にしっかりと目を向けないといけないと思っています」と鳥海。勝利に酔いしれることなく、先を見据えているところに彼の経験値の高さがうかがい知れる。
とはいえ、どのチームも苦戦する初戦を勝利で飾れたことは非常に大きかった。京谷HCも「もう少し選手を多く出したかった」としながらも、「ただこの初戦は何よりも勝つことが大事だった」と述べている。しかも単に勝ったというだけでなく、11点差からの逆転勝利を挙げたことは、チームにいいイメージをもたらしたに違いない。
この試合の後、日本はフランス、カナダ、ブラジルを破り4連勝を飾った。その後スペインに敗れ、4勝1敗でスペイン、トルコと並び、直接対戦の得失点差で3位につけている。14日の準々決勝はイスラエルとの対戦が決まった。
史上初の金メダルに向けた戦いはここからだ。
写真・文/斎藤寿子