視覚に障がいのある柔道家が男女体重階級別に日本一を争う「第37回全日本視覚障害者柔道大会」が9月11日、柔道の聖地、講道館(東京・文京区)で開催された。大会はコロナ禍の影響により一昨年は中止、昨年は無観客での開催となったが、今年は3年ぶりに有観客で行われた。今年度の強化指定選手選考などにも関わる重要な大会で、全国から35選手がエントリーし、それぞれの戦いに挑んだ。
東京パラリンピックが終わり、視覚障害者柔道は今、過渡期にある。今年1月から国際ルールが一部改正され、少なくとも次のパリパラリンピックが開かれる2024年まで適用される。IBSA国際視覚障害者スポーツ連盟公認の国際大会はこの新ルールで行われるため、選手も指導者も新しいルールに対応しなくてはならない。
大きな改正の一つは「体重階級」で、これまでは男子7階級、女子6階級だったが、新ルールでは男女4階級ずつに減った。具体的には男子が60㎏級、73㎏級、90㎏級、90㎏超級に、女子は48㎏級、57㎏級、70㎏級、70㎏超級になる。今大会もこの新しい体重階級制で行われたが、階級変更を余儀なくされた選手も多く、それぞれ増量、または減量に取り組まねばならない。また1階級内の体重差も広がったため、対戦相手に応じた戦略などの対応も必要だ。
東京パラ男子66㎏級銅メダルの瀬戸勇次郎(福岡教育大)は73㎏級に上げるため、食事とトレーニングで増量に取り組んだ。この日はオール1本勝ちの3連勝で優勝したが、「まだ(73㎏級の)体が作れていない。(パリまでに)一日も早く仕上げないと」と危機感をにじませた。
5月に出場した国際大会では73㎏級で優勝し、「少し希望が持てた」というが、この先も前後の階級から移ってくる選手が増える可能性もあり、「(他の階級からも)メダリスト級が集まることになる。その中でどう戦っていくか考えなければ」と気を引き締め、得意の背負い投げだけでなく、技の幅も広げたいと話した。
男子90㎏級を制した北薗新光(アルケア)はリオ2016大会では73㎏級で、その後は81㎏級で戦ってきた。「90㎏級は以前も経験があるが、今日はまだ体重が足りてないないので苦労した」と振り返った。東京パラは選手村内で交通事故に巻き込まれて無念の欠場。それ以来となった今大会はすべて1本勝ちで優勝したが、今後の課題として、「体づくり、精神面の強化、勝負勘、(新しい)階級を深く研究すること」の4つを挙げた。
たとえ、従来の体重階級から変わらない選手も、他の階級から移ってくる選手への対応が必要だ。東京パラ女子70㎏級銅メダルの小川和紗(伊藤忠丸紅鉄鋼)もその一人。「自分の階級が残ったのはよかったが、スピードもパワーもつけたいし、技術も向上させたい」と、今は幅広い技の習得に取り組んでいるという。
同じく女子57㎏級代表の廣瀬順子(SMBC日興証券)はこれまで国内ではほぼ独壇場だったが、急にライバルが増えた。5月に行われた国際大会への選考試合では63㎏級から移ってきた工藤博子(シミックウエル)に敗れるという苦い経験もした。今大会でも工藤とはゴールデンスコアまでもつれる熱戦となったが、横四方固めで勝ち切り、寝技強化の成果を示した。
「体力は問題なかったので、焦って技をかけて返されないようにだけ意識した」と振り返った廣瀬。「(57㎏級に)選手が増えてしまい、できれば試合をしたくない。でも、プラスに考えれば、ライバルがいてくれることで自分が強くなれると思う」と、すでに前を向いている。
一方、2位に終わった工藤は、「もともと痩せやすいので、57㎏級は合っていると思う。順子さんは本気で戦っていけるライバル。お互いに切磋琢磨していける」と力強く語った。
他に、組手のルールも変更された。組んだ状態から試合を始める視覚障害者柔道にとって、これも影響必至だ。これまで引き手は上腕部の袖だけしかつかめなかったが、変更後は袖口を除き、腕ならどこをつかんでもよいルールに変更された。至近距離だった間合いから、前腕なら数10cmの違いとなる。
男女日本代表の高垣治監督は、「間合いが変わってくるので、戦略も変わる。映像分析などで対応し、戦術も確立させなければならない」と話す。階級の変更などルール改正の影響は大きく、選手それぞれの状況に合った対応が必要だが、できるだけポジティブにとらえ、強化につなげていきたい。
もう一つ、今大会では適用されなかったが、大きなルール変更がある。「国際クラス分け」で、これまでは視覚障がいの程度に関わらず、選手は体重階級別に試合を行っていたが、改正後はJ1(全盲:視力が0.0025より悪い)とJ2(弱視:両眼視で0.0032から0.05以内の視力、または視野直径60度以下)の2クラス制になる。つまり、男女4つの体重階級別にそれぞれJ1とJ2の部が実施されることになり、男女別に8個の金メダルが争われる。これまで戦ってきた相手とは異なる顔合わせも増えるので、対戦相手の研究や柔軟な対応力も求められてくるだろう。
新ルールを受けた選手強化について高垣監督は、体重階級ごとに選手数のばらつきがあるが、男子60㎏級J2など、「育成から上がってきた選手も加わり、少しずつ層の厚みも見えてきている。切磋琢磨できるところは選手を競わせる環境を我々が提示していきたい」と話した。
新ルールではさらに、国際大会に出場できる「最低障がい視覚基準」が視力0.1以下から0.05以下に、直径視野が40度未満から60度以下に変更された。同基準に該当しない選手は国際大会に出場できなくなる。
東京パラ男子90㎏級代表の廣瀬悠はその一人だが、障がいクラス別での実施がない今大会は90㎏超級で優勝し、貫録を示した。「(基準外は)ルールなので仕方ない。パラリンピックは3回出たので一区切りという思いもあり、ショックはない。だが、柔道は生涯、続けたい」と、今後も階級を上げて新たな目標に取り組むという。さらに、女子57㎏級の妻、廣瀬(順)のコーチとしてサポートも続ける。ライバルが増えた妻には、「国内で切磋琢磨して、レベルアップできる」とポジティブなエールを送り、コーチとして「他の選手を研究し、負けないようにしたい」と力を込めた。
なお、高垣監督は今後、「視覚障がい者が柔道をする環境を保障する場」としての全日本大会と、国際ルールに則って実施される代表選手選考会の“2本立て”での国内大会開催を視野に、普及と強化を図っていく考えを示した。
12月11日には日本初開催となるIBSA公認大会、「東京国際オープントーナメント」が講道館で開催される(有観客予定)。世界ランキングのポイント付与大会で、世界各国の強豪が出場予定だ。準備期間はそう長くないが、2年後のパリ大会に向けて弾みとなるような選手たちの活躍を期待したい。
文/星野恭子