9月7~16日の10日間にわたって、タイ・プーケットで開催された男子U23世界選手権は日本の初優勝で幕を閉じた。日本の車いすバスケットボール界では史上初となる金メダル獲得という歴史的快挙を成し遂げた男子U23日本代表。しかも日本、トルコ、スペインと上位3カ国は予選ではいずれも同じグループAで、4勝1敗の三つ巴でトップ争いを繰り広げたチーム同士だ。日本が、いかに激闘の中を勝ち抜いてきたかがわかる。果たして、その強さはどこにあったのだろうか。今回は優勝に大きく貢献した主力選手それぞれにスポットをあてて、振り返ってみたい。
一人目は、やはり鳥海連志だろう。彼の存在なくして、今大会の快挙はなかったと言っても過言ではないほどの活躍ぶりだった。全8試合中2試合でトリプルダブル、6試合でダブルダブルを達成。得点とリバウンドは全試合で2ケタを誇った。特に大会ランキングトップタイとなった3Pシュートの総数(8本)は、彼に新たな武器が加わったことを示している。
ある試合では、前にスペースが空いていながら、彼は故意に3Pラインの手前でピタリと止まり、狙いすまして決めている。3Pシュートに対して、いかに大きな自信があったかがうかがい知れる印象的なシーンだった。しかし、今大会において彼は、シューターやリバウンダーである以上に、やるべき仕事があった。司令塔としてのゲームメイクだ。その一つの指標となったアシスト数で、彼は大会ランキングトップに輝いている。
「自分が得点することよりも、周りを得点させることでチームを勢いづかせることが自分の最大の役目」と語っていた鳥海。その言葉通り、彼のアンテナは常に味方のシュートチャンスを作り出すことにあった。その結果、アシスト王に輝いたことは鳥海にさらなる自信をもたらしたに違いない。
その鳥海以上にプレータイムが多かったのが、主力では唯一のハイポインターだった髙柗義伸だ。全8試合中6試合で40分間フル出場し、合計305分間のプレータイムは全チームにおける最長となった。それだけチームに欠かせない存在だったことは言うまでもない。
全8試合で2ケタ得点を挙げ、大会総得点(143)はチーム最多、大会ランキングでも4位タイに入る成績を残した。1試合平均17.9点は、まさにオフェンスの要であったことを示している。なかでも印象的だったのは、ゴール下以外にも、45度のミドルレンジから放つバンクショットだ。特に準決勝、決勝は高確率で決まり、これまでにない髙柗の新たな武器のように映った。もともとバンクショットは得意という髙柗は、こう語る。
「(ヘッドコーチの)京谷(和幸)さんには初戦から“外の45からのシュートを狙っていけよ”とは言われていたのですが、予選ではインサイドで勝負しようとするあまり、高さのある海外の洗礼を受けてしまいました。それで決勝トーナメントに入る際にもう一度京谷さんに言われたことに立ち返りました。決勝トーナメントの3試合では、それをやり続けたことが良い結果を生み出したのかなと思います」
2017年男子U23世界選手権、昨年の東京2020パラリンピックに続いて公式戦の国際大会は3回目の出場となった髙柗。しかし、過去2大会ではベンチを温めることが多く、主力としてプレーしたのは初めての経験だ。今大会を飛躍のきっかけとし、次はA代表で存在感を示すことが期待される。
全8試合中5試合で40分間フル出場し、鳥海と同じく髙柗に次ぐプレータイムとなったのが、赤石竜我だ。彼にとって、今大会はこれまでのイメージを覆す転機となったに違いない。赤石と言えば、日本が誇る守備の要。スピードと粘り強さで相手のオフェンスを封じるディフェンスは、「ディフェンスで世界に勝つ」を掲げる日本にとって大きな武器となっており、東京2020パラリンピックでも証明された。
もちろん今大会でも赤石のディフェンスは、チームの軸の一つとなった。しかし、その一方でディフェンスだけではないところもしっかりと見せた。シュート力だ。特に予選リーグ第2戦のフランス戦では京谷HCが「今日は何と言っても赤石のシュート」と最大の勝因に挙げたほどの活躍を披露。チーム最多の13得点を挙げ、勝利の立役者となった。
赤石は、続くカナダ戦で17得点、ブラジル戦でも13得点を挙げ、3試合連続でチーム最多を誇った。準決勝のスペイン戦でも13得点を挙げ、全8試合中4試合で2ケタ得点をマークした。また3Pシュートでは総数(6本)、1試合平均数(0.8本)がいずれも大会ランキング5位と大健闘した。過去の公式戦での最多は、19年アジアオセアニアチャンピオンシップス3位決定戦での9得点。この時、3Pは一本も打っていなかったことを考えれば、いかに彼が努力してシュート力を身に付けてきたかがわかる。シュートに対して意識が強くなり始めた19年、赤石はこう語っていた。
「本来、ディフェンスで評価されている選手ではありますが、それでもコートに出ればシュートを打つチャンスが僕にも必ずある。打つチャンスが少ないからこそ、しっかりと決め切る力が必要だと思っています」
そんななか、東京パラリンピック以降、本格的にアウトサイドのシュートを磨いてきたという赤石。おそらくU23では、A代表も経験してきた自分もスコアラーになることが求められることがわかっていたのだろう。今大会ではその努力が実った結果となった。今後はA代表のステージで、どれだけシューターとして信頼され、ボールが回ってくる存在となれるのかが注目だ。持ち前のディフェンス力を落とすことなく、オフェンス力も身に付けることができれば、赤石の評価はさらに高まるはずだ。
今大会、鳥海、髙柗、赤石ら東京パラリンピックの銀メダルメンバーとともにスターティング5に名を連ねたのが、キャプテン宮本涼平、鳥海とともに副キャプテンを務めた塩田理史だ。
宮本は、今年度初めてA代表の強化指定選手にも選ばれており、2024年パリパラリンピックでの活躍が期待されている新人の一人でもある。U23には18年からメンバー入りし、国際マッチのメンバーから外れた苦い経験を経て、翌年には全試合に出場するほどにまで成長。今大会は優勝のカギを握った「フラットディフェンス」のキーマンの一人でもあった。
宮本は、必ずと言っていいほど、相手のビッグマンにとって一番の狙い目となった。クラス1.0のローポインターである宮本は、ミドルポインターやハイポインターにとってはシュートやカットインがしやすいミスマッチの状態となるからだ。しかし、宮本は彼らビッグマンに対して思うようなプレーをさせない見事なディフェンスで相手を苛立たせ、日本に流れを引き寄せる要素を作り出していた。
それは決して目立つプレーではなく、スタッツの数字にも表れない地味なプレーだったが、優勝に向けて非常に大きな効果をもたらした。彼が入ったラインナップに求められたフラットディフェンスが機能するためには、狙われやすいローポインターである宮本のプレーは重要な役割を担っていたからだ。初戦でわずか3分超だった宮本のプレータイムは、準決勝、決勝では30分超にまで増えていることからも、優勝のカギを握っていた一人だったことがわかる。
一方、塩田は実は前回も2017年U23日本代表メンバーだった一人。しかし、アジアオセアニア予選では貴重なシックスマンとして活躍した塩田だったが、個人的な事情で本戦に向けての選考会は辞退した。そんな彼にとって、初めての本戦となる今大会は5年越しに叶えた目標でもあった。
体の線が細かった5年前とは一転、筋力アップしたフィジカルはパワフルな海外勢相手にも決して負けていなかった。さらによりインサイドで勝負できるようにと車いすの高さも上げた塩田。今大会は、特にオフェンスで積極的にリバウンドに飛び込み、セカンドチャンスからの得点を生み出した。そのオフェンスリバウンドは、全8試合中3試合でチーム最多を誇り、総数でも髙柗の24、鳥海の23と遜色ない21を数えた。
さらに彼の強力なペイントアタックが赤石や鳥海のアウトサイドからのシュートシーンを作り出していたことも、日本のオフェンス力を引き上げていた。実は得点こそいずれも1ケタと目立たなかったものの、塩田は全試合で得点をマークしている。特筆すべきはフィールドゴール成功率の高さだ。予選リーグのカナダ戦では80%、決勝のトルコ戦では66.7%を誇るなど、5試合で50%以上の高確率を叩き出しているのだ。数少ないチャンスを確実にモノにした塩田の得点もまた、競り合いを制した重要なものとなっていたことは間違いない。
最大11点差を逆転し勝利を収めた初戦のトルコ戦をはじめ“シックスマン”としてチームのピンチを救ったのが、古崎倫太朗と伊藤明伸だ。古崎は短いプレータイムでもアウトサイドを中心に欲しいところで得点を決め、伊藤はスピードを生かしたディフェンスでプレス要員の一人として重宝された。
そして、そんな主力選手たちを支えたのが、ほとんどの時間をベンチで過ごしたメンバーたちだった。試合に出られない悔しさを胸にしまい、コート上の5人を鼓舞し続けた彼らの声が、チームにいい流れを引き寄せ、主力メンバーの気持ちを奮い立たせていたのだ。もちろん、ベンチメンバーにとっても今大会での経験は今後の競技人生にとって貴重な財産となるはずだ。予選リーグで完敗したスペインに準決勝で雪辱を果たし、トルコには2試合やっていずれも勝利を挙げるなど、目の前で繰り広げられた死闘を、彼らは目に焼き付けたに違いない。
さらに公式戦での国際大会は今大会が初めてという選手も多い中、海外での洗礼とも言うべき、トルコやイスラエルなど相手チームの大応援団が大歓声や大ブーイングを巻き起こして作り出す“アウェイ感”を経験したことは必ず役に立つことだろう。どんな状況においても冷静さを保ち、淡々とプレーする主力選手たちの姿から学ぶべきことは多かったのではなかっただろか。そして大会を通して、自分たちベンチメンバーが“チームのために”を考えた言動ができるかどうか、そんなプレー以外の部分がチームワークにいかに大切かを痛感したはずだ。
こうした12人全員の成長こそが、優勝という最高の結果をもたらした最大の要因となったに違いない。歴史的快挙を成し遂げた彼らが、次に目指すのはA代表のステージだ。U23とは比較にならないほどの激しい競争と高いレベルにあるA代表は、まさに生き馬の目を抜くほど厳しい世界だ。しかし、だからこそアスリートにとっては挑戦しがいがある。
2024年パリパラリンピックには、今大会のメンバーから何人が出場するのか。若き精鋭たちの台頭が期待される。
写真・文/斎藤寿子